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猫と僕

作者: 樹藍

 猫と出会い


 小学三年生の時だった。

 せっかちだった僕は、いつものように集団下校を煩わしく思い、小学校の塀をよじ登り、そして降りた。

 集団下校が始まり、見つかることを恐れて何年も往復した通学路を勇み足で歩く。

 その日はめずらしく友人と遊ぶ約束もせず、家に帰ったら何をしようか悩んでいた。

 やはり、ゲームにしようかな……と、思考している時に足元に何か『ふわふわ』した感触を感じた。

 何だろう? と思い足元を見ると、綺麗な白黒ハチワレの子猫が顔をこすり付けているところだった。

 ふと、目が合うと『にゃーん』と鳴いた。

 僕はしゃがみ、頭を撫でて可愛がった。

 数分撫で続けた後に、家に帰ろうと思いたったが、子猫は離れようとしなかった。

 抱きかかえれば逃げるだろう、と考え、実際に抱いたが子猫はなされるがままであった。

 愛くるしいその子猫を、ついには拉致し、連れて帰ってしまう。

 その晩、父母と話し合い、子猫は無事家族の一員となった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫と日常


 小学生の時、僕は毎日のように友人達と遊んでいた。

 カードゲームやテレビゲーム……インドアな遊びばかりであったけど内向的ではなかった。

 そんな僕が家に帰ってくると玄関の前に、子猫が待ち構えており『おかえり』と言ってくるのだった。

 家族の証言に拠ると、足音を聞きつけて猛スピードで玄関に向かうのだという。

 その懐かれっぷりに対応するかのように、僕自身も子猫にデレデレであった。

 お互いにそんな状態であったからだろうか、胡坐をかいている僕の上が子猫の定位置であった。

 移動しようとするときに困るであろうその状態を、僕は許容していた。

 それどころではない。

 どこに行くにしろ、鴨の子のように僕についてくる子猫は果てにはトイレや風呂にまで侵入してきた。

 そんな状況であったからだろうか、子猫は仰向けに寝る僕の胸の上で寝るようになった。

 さらに付け加えるならば、猫は僕の耳たぶを母猫の乳首と思ったのか、毎晩『チュパチュパ』と吸うのであった。

 はじめは、こそばゆかったが……人は慣れるもので、耳たぶを吸われながら僕は眠りにつくのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫と怪我


 子猫とは呼べなくなった猫が、怪我をした。

 小学四年生の時だった。

 目を覚まして、床にポツポツと散らばっている血を見たとき、僕は『親が鼻血でも出したのであろう』と踏んでいた。

 そして、何故かいつも僕が起きると後ろをついて歩く猫が見当たらなかった。

 微かな不安を胸に抱え込み、猫を探すとよたよたと寝室から歩いてきた。

 なんだ、ただの寝坊か、と胸を撫で下ろしたかったが首から赤い血をポタポタと垂らしているのを見て顔を真っ青にした。

 いまだに寝ていた母親を起こし、動物病院に送ってもらうことになった。

 母親は『小学校に行きなさい』と言ってきたが、人生で初めて反抗した。

 しかし、結局は登校する事になり、登校班の集合場所に向かった。

 そこで幼馴染に『ランドセルはどうした?』と聞かれ、初めてランドセルを背負わずに登校しようとしていたことに気づいた。

 幼馴染が様子をおかしく思い、いろいろと話しかけてきた。

 ダムが決壊するかのように、感情と涙がとめどなく溢れ出でた。

 幼馴染に吐き出したお陰だろうか、小学校に着いたときには泣き止んでいた。

 猫への心配で浮かない顔をしていた僕を友人達は遊びに誘ってくれたが、すべてを無碍にして僕は下校と共に家に猛スピードで帰った。

 怪我は軽い裂傷だということで、3日ほど入院してから猫は戻ってくるようだった。

 それを母親から聞いた僕は、安心しきってその場にへたり込んだ。

 しかし、夜になるころには再び心配になり、ベッドに入ってからは何度となく幻聴が聞こえた。

 猫が僕を呼んでいる声がどこから元もなく聞こえてきて、一度家から抜け出して周辺を探し回るほどだった。

 完全には心配が取れず、あくる日も集中力を欠いた状態であった。

 そしてさらに1日経ち、退院の日がやってきた。

 僕は一昨日と同じように下校のチャイムでスタートして、全力で家に帰った。

 そして、首の怪我を悪化させないようにエリザベスカラーを付けたエリマキニャンコを見つけて再び泣いた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫と不登校


 何がきっかけだったかは分からない。

 中学一年生の時だった。

 僕は『学校』という施設に、なぜ行かねばならないのか疑問に思った。

 行く意味があるのだろうか? と。

 勉強だけは出来た僕には、授業は退屈であった。

 また、数年早く生まれただけの連中が威張り散らしてる部活動も気に入らなかった。

 結果として僕は、登校拒否――不登校となった。

 おそらく、注意すべき父親が単身赴任に行っていた事でストッパーがなくなったのだろう。

 僕の生活リズムは崩れ、深夜かけてアニメを見てインターネットをしてSNSをしていた。

 そして、朝日に『おやすみ』と声をかけて昼過ぎまで惰眠を貪るのであった。

 必然的に家に居る時間が長くなり、猫への依存も高まった。

 もはや分身と言っても過言ではない猫と自堕落な生活を中学二年生の秋まで続けた。

 後から聞いた話なのだが、親の監督不届きが原因で施設に送られる寸前だったという。

 ついに、父親の元に引き取られることとなった。

 向うではペット禁止と言われ、猫を保健所に連れて行くといわれた。

 そのとき初めて、不登校になった自分を呪った。

 父親に『学校にはもちろんいく。勉強もして高校、大学と進学する。心を入れ替える』と涙ながらに訴えた。

 そのお陰か分からないが、猫も無事に引っ越した。

 そして、遅れを取り戻そうと勉学に励み、中学三年生になった僕は、県内有数の進学校に進路を確定させた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫と海外旅行


 高校三年生の冬、指定校推薦により既に大学を決めていた僕に、父は言った。

『海外旅行に行くぞ』

 確かに、進路が確定した時点で、高校三年生は自由であった。

 そして父が長期休暇を取り、およそ二週間にも及ぶ海外旅行に行った。

 猫を置いていきたくはなかったが、父の説得により成田のペットホテルに預け、旅立った。

 はじめの数日は、海外旅行の衝撃によるものかは分からないが、猫の心配は寝る前に少しだけだった。

 しかし、慣れない食事や慣れない文化などに晒されて日本への思いと共に猫の心配も強くなっていった。

 日本への思いは、海外で日本食を食べるという珍妙な行動により緩和された。

 だが、猫への心配はひたすらに増すばかりだった。

 猫を一週間以上も一匹にするのは初めてだった。

(正確にはペットホテルの従業員が時間で見回るので完全に一匹ではないのだが)

 海外に滞在する時間が延びるほど、一日の猫への心配の割合も増していった。

 そしてついに、日本に帰国する日には一刻も早く猫に会いたい思いで埋まっていた。

 日本に帰国して、真っ先に向かったペットホテルでは、海外でのホテル代よりも遥かに高額なホテル代を払い、猫がチェックアウトしてきた。

 一匹置いていったことによる怒りだろうか、猫は数時間もの間、口を聞いてはくれず頭を悩ませた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫と僕


 大学に進学する際に、父は『お前から目を離すとまた不登校になる』と言い共に引っ越した。

 過保護だとは思ったが、実績がある僕は何も言えずに享受するしかなかった。

 そして、引っ越した先の部屋は狭く、スペースを確保するために僕はロフトベッドにした。

 しかし後に、後悔することとなった。


 何事も問題なく日々を過ごしていき、大学三回生の春になる。

 いつもならば、ロフトベッドの梯子を器用に上り、相変わらず人の胸の上に陣取り寝る猫が、梯子の下で待機しているのであった。

 どうしたのだろう? と観察していると猫は踵を返して部屋を出て行こうとした。――片足を微かに引きずりながら。

 それからは早かった。

 脛ほどの高さのソファにすら上れなくなり、果てには歩くことすら困難になった。

 何時までも元気で居てくれると信じていたのに、時は残酷に猫のみを老衰させていった。

 ソファに上がれないのに上がろうとする猫に手を貸し、ソファの上に乗せると、よぼよぼの足取りで僕の上に随分と軽くなった体でのしかかり、胸の上に陣取った。

 そして、夏。

 "僕"は死んだ。

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