黒髪雪のちクリスマスの部屋にて
十二月二十四日。
富士見 佳苗と言えば、僕の学校で唯一の生徒会長で、美人で、男子生徒の憧れの的である。そして僕はこの高嶺の花とお付き合いさせていただいているわけなのだが、しかし彼女は学校での顔と、僕の前にいるときの顔が違う。
学校の顔と僕の前にいるときの顔。
しかしそれは決して裏表があるとかそういう意味ではなく、真実はただ単に周りの人間の錯覚だったりする。学校では美人で常識ある高嶺の花でたまに天然なところがある――と錯覚している。実質彼女が他人と深く話をしているところを見たことが、実はない。
僕は彼女と付き合い始めた辺り――いや、付き合うと決まった瞬間から思い知らされたのだった。
普段の彼女は周りの錯覚で形取られた虚像なのだと。
「ともくん、実は今わたし、履いてないんですよ――パ。ン。ツ」
前回、僕は彼女に彼女自身のパンツを僕が盗んだと疑いをかけられたことがある(それは佳苗さんの勘違い、もとい最初から履いてなかったということでで終わった)。
それ以来ノーパンに性的興奮を抱いているとかいないとか、ともかく、嵌ってらっしゃるらしい。
「そうですか……」
僕は未だ彼女の暴走を止めることはできていない。一生できないかもしれないけれど、それも一生彼女の隣にいればの話だ。
そういうわけで(どういうわけなのか僕にも見当がつかない)、今僕は彼女――佳苗さんの家にいる。
彼女の部屋は――元は清楚な部屋を無理やりデコレーションしてあった。というのも、部屋は、今日がクリスマスであるということを意識してか、キラキラした装飾で彩られていた(LEDの電光装飾を使ってくる辺り相当本気なようだ)。
その部屋で僕と佳苗さんは――ゲームをしていた。
「勇者と魔王の逆襲」というタイトルのRPGだ。
内容は、バカンスから帰ってきた魔王がいつの間にかニセ魔王に地位や城を乗っ取られており、憤った魔王が勇者と手を取り合いニセ魔王を倒すという支離滅裂極まりないシュールなストーリーだった。
プレイステーションで、二人でしかできないという、友達か彼女がいない人への嫌がらせのようなシステムがあり、二人の内どちらかが勇者、どちらかが魔王を操作することになっている。
魔王と勇者共に性別を変えられるが、男同士、女同士はできない仕様だった。
なので僕が男魔王で、佳苗さんが女勇者だ。
なにがあったのか、普通のカップルならば外へデートに出ているはずであろう日によりにもよって室内でゲームという、とても賢い選択とは思えないことをしているのに疑問を抱く。
「思ったんですが、なんで私とともくんは部屋にこもってゲームをしているのでしょう?」
「え? それをあなたが言いますか? 誘ってきたのはそっちじゃないですか」
「援助交際で孕ませてしまった男の言い訳にしか聞こえませんね……?」
「なんでそういう方向に持っていくんですか……」
中ボスを倒した辺り――ゲームを始めたのは午前十時で、現在午後三時。おやつの時間だった。
「ゲームをしている理由に答える前に、佳苗さんにいくつか質問します」
「ええ、どうぞ」
「ご家族はどちらへ? ――『今日は家に誰もいないの』という決め台詞を午前十時前に言ったのはあなたで、それをさらに追求するのも無粋ですが」
「姉は嫁いでこの家にはいないのだけれど、父と母、それに妹はクリスマスだということで旅行に出かけました。両親とも、クリスマス休暇なるものを使用して」
「……なぜ、旅行に行かなかったんですか?」
僕の問いに、佳苗さんはコントローラーを置いて僕に這い寄ってきて、言う。顔の距離は数センチといったところだ(因みに目も合っている)。
「ともくんの貞操を守るために決まっているじゃないですか」
「雰囲気的に消し飛びそうなんですけど」
「ふふふ、よくもまあ罠だとも思わず家族のいない彼女の家のあろうことか部屋に来れたものね――私が直々に相手をしてあげるわ!」
魔王口調でそう言う佳苗さん。半分酔ってるんじゃないかと思うくらいノリノリだった。
「……ま、今日は少し失望しました」
ともくんにはと、佳苗さんは下がり、ベッドに腰掛ける。
そして物理的にも精神的にも見下すようにして言う。
「『部屋でゲームなんてしないで外へ出ようよ』という台詞を期待していたんですよ? 私は。それなのに今や中ボスまで倒してしまう始末――」
「装飾が本気すぎて正直そんなことこれっぽっちも感じませんでしたよ。むしろ、本気であんたはゲームがしたいのか、と疑問に思いましたよ」
「…………」
「いや、それは失策、みたいな顔しないでください」
「勝負下着でいるのに」
「あれ? 履いてないって言ってませんでしたっけ?」
「まあ、ともくんったら女の子の前でなんてことを……やっぱりそういうのが好みなの? それでも一向に構わないけど。むしろ進んでするけど!」
「お願いですから自重してください」
描写的に――それは僕の望むところではない。
「……まあ、でも。僕と一日過ごしたいから、こんなに装飾を凝ってくれたんでしょうし――正直嬉しいですよ」
「…………そ、そう。そうなの。気づいてくれてたのね」
「ついでに付けた装飾をいい解釈で受け取ってもらえたから利用しようなんて態度に見えるんですが……」
伏線回収かと思ったじゃねえか。
「ギクリッ」
「擬音を声に出さないでいいですよ」
「つ、つい……ほら、楽しくって。夢中になっちゃって」
やってたらつい夢中になるあれか。わからないでもない。
「今日はいくらでも付き合いますよ」
「うん? これから一生でなくて?」
「言葉の綾じゃないですかね。それって」
「まだまだですね、私達は」
「ま、これからゆっくりやっていきましょうよ」
僕らはゲームを再開した。
エンディングは魔王と勇者が結ばれて、その子孫が僕らがプレイした物語を語り継ぐといった風に終わった。