愛しき殺意 9
闇の剣に取り憑いている悪霊を…
両眼は血のような深紅。口調はまるで地の底から響くような低い声。
「また…出ましたか。今度はどなたです?」
「グッグッグツ。名ヲ知ラネバ除霊デキヌヨウナ未熟ナ白魔導師二我ラノ呪詛ガ阻マレル訳ナゾ在ルマイ。サッサト立チ去ルカ…」
「『さもなければ闇の剣に血を吸わせる手伝いをしろ』でしょう? 昨夜も聞きましたよ」
少女を樹に預けて、グレイは焚火跡を挟んだ反対側の樹にもたれて坐った。
「サスレバ、オマエノ命ヲ永遠ノ…」
「あぁ。別にいいですよ。私は。伊達に人形遣いをやっている訳ではありませんから。あなた方、魔族に魅入られた方とか…いえいえ、例え魔族からでも私は命を吸い取る事ができますから。どうぞ、御気になさらずに…それより暫く黙って戴けませんか? その闇の剣を封印する方法を…既に一つは思い付いてはいるのですが…他の方法を色々と考えているのですから」
苛立つのを隠すように樹にもたれて僧衣のフードを深く被って考える。表情以外の行動を取れない憑依した悪霊の話相手をしながら…
「…フフフフ。グゥワハハハハハ」
「楽しそうですね?」
「ダークファングヲ封印スル方法ナゾ無イ。例エ封印シテモ我ラノ仲間ガ解呪スル。立チ所二ナ! 貴様ノ如キ光の門番崩レニ如何ニカ出来ル代物デハ無イ グゥワハハハハ…」
「へぇ。そうですか。私は『光の門番崩れ』ですか」
ニヤリと笑ってグレイは杖を持って立ち上がった。
「やはり貴方は霊になっても間が抜けてますね」
「ナンダト? 取消セ! 今ノ言葉ヲ取消サヌカ!」
「その反応。その言い回し。御自分が誰かを語っているのと同じだという事にも気づいておられないので? エムル国の財務大臣、ザェイドさま?」
「ナ、…何故、判ッタ?」
「私とした会話ぐらい覚えておいてくださいよ。『光の門番崩れ』という罵倒はあの時のまんまですよ?」
「グ…」
悪霊は少女の身体をよたよたと操り、立ち上がらせ、闇の剣を手にし、構えた。
「貴方が闇に心を奪われていたとは…思いも寄りませんでしたよ。でも、これで合点がゆきましたよ。貴方が私の配した結界の外にワザワザ私兵を連れて出て行かれたのは…その剣に魂を捧げる為だったのですね? いやはや、闇の方々の考えることはどうしてそんなに直情的なのでしょうかね? 貴方の行動を理解できなかった私の不明を恥じるばかりです」
剣を構える相手を気にもせずにグレイは杖の手入れを始める。
「闇ノ神ヲ愚弄スルカ!」
「当然でしょう? 崩れたとはいえこれでも元は白魔導師なのですから」
「許サヌ!」
真っ正直に打ち込む闇の剣を木の杖で受けようと構えるグレイ。
「馬鹿メ。コノ剣ノ威力ヲ知ラヌノカ! ソンナ、タダノ木ノ枝ナゾ一刀両断二…」
がしっ
しかし、闇の剣は『ただの木の杖』を断ち切る事はなく、簡単に撥ね返された。
「ナニィ! ソンナ馬鹿ナ…」
「馬鹿は貴方です。仮にも魔術師が『ただの木の枝』を杖にして持ちますか? これでもちゃんと霊精で表面を固めてあるんですよ。いざという時の法力の蓄えとしてね!」
素早く懐から呪符を取り出し額に張りつける。
たちまち呪符から伸びる光の鎖が霊体を縛り上げていく。
「…ま、これも貴方が剣なぞ振るった事がないからこそ出来るのですけどね。仮にも剣術士の経験のある方ならば白魔導師が持つ杖の構造なんぞ御見通しでしょうから…ねぇ?」
「グ…グォオォォォォ…ダガ、我デ終ワリト思ウナ! 次二…」
「御遠慮申し上げます。貴方達の相手は疲れますから…という事で貴方は除霊致しませぬ。そうすれば彼女に過去を想い出させる必要もなくなりますからね。つまり『鍵』を封じさせてもらいますよ」
静かに人形遣いは念呪を練り始めた。
「ナ…ニ…?」
「御忘れで? 私との約束を違えた時は私の意のままに一つ適えて下さる筈…」
「グ…ハ…ハ…死後ニ…マデ…残ル…約束ナゾ…在リハセヌ」
「はははは。私は人形遣い。約束は死後であろうと無かろうと魂在る限り有効なのですよ。あぁ、そうそう。貴方の依頼を受けた御陰で私はこの子に逢う事が出来ました。それだけは感謝いたします。さて、謝辞を述べさせていただきましたから、これで何の借りもない。心おきなく貴方の魂を使わせていただきますよ」
一方的に謝辞を述べる間も念珠の型をゆっくりと手繰り右手に法力を集めていく。
「ヒ、卑怯ナ…」
「『卑怯』! 今の私には最高の誉め言葉を頂き、ありがとうございます」
左腕を胸に当て礼の形を取りながらも右手の指で悪霊の額に呪紋を刻み始めた。
「…貴方には『栓』になってもらいますよ。『鍵』を封印するための栓に。もう二度と彼女に…この剣に他の霊が取りつかないようにね」
「グギャアァ……ナ…ニ…ィ?」
「貴方達は剣の中に居られるのでしょう? 魂が吸い取られた状態で。まぁ、一度に一体ずつしか御出になられないようですので…貴方に栓になって頂ければ…煩わしい除霊に付き合う必要はないでしょう? ああ、御心配なく。いずれ私よりもっと法力の高い光の杖を持つ若き尼僧が貴方達を根こそぎ除霊して差し上げる事になるでしょうから…」
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは9/16話目です。
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