愛しき殺意 8
闇の剣とは……
「驚く事はないでしょう? 前の持ち主サマ。その剣の事はよぉくご存じの筈」
相手の事を一切気にかけずに放った杖を拾い上げ、パタパタと片手で埃を払う。
「その剣の別名は『邪志の剣』。古から伝わる『聖魔刀見聞録』という奇文書に記されたとおり、『斬りたいと思う物、それを防ぐものが思っていた物である場合はゼリーの如く切断するが、それ以外の物は』…つまり、考えていた物でない場合…」
言葉を待たずに脳天に振り下ろされる闇の剣。
その剣を蹴り上げるように靴底で受ける。
「…このとおり。『全く切れないという天邪鬼な性質を持つ硬質化した幽体の刃の剣』ですよねぇ…」
杖を支えに別の足で蹴り上げる。体ごと樹の根元まで飛ばされる少女。
「要はアナタが斬りつける時にアナタが防がれると考えた物以外で受ければいいだけ。受ける物が思い描いた物ならばその背後に隠された物でさえ簡単に斬り刻む事ができるのですがねぇ…矛盾したモノです」
少女は素早く起き上がり、力のままに人形遣いの胴を横に薙ぎ払う。抜き胴の剣の刃を受けたモノは…一枚の紙。
グレイが懐から取り出した呪符だった。
「駄目ですよ。憑依霊となったアナタの予想の裏をかく事なぞ人形遣いの私には造作もない事。ここは一つ、おとなしくっ…」
刃を受けた呪符を素早く少女の額に張りつけ小さく呪文を唱える。
「…成仏してくださいな。ねぇ? 反逆の傭兵の一人、ギリアさん?」
「ギィヤャァアァァァァァぁぁぁ…」
叫び声と共に幽体が少女の身体から呪符と共に引き離され、呪符から伸びる細い光の鎖が幽体を縛り上げていく。
「やっぱりね。あ、そうそう。一つ聞きたいのですが…」
両手を拝むように擦り合わせながらグレイはギリアの幽体に聞いた。
「…アナタのお兄さんを殺したのは…アナタですよねぇ?」
幽体は苦しみながら身を捩る。瞬間瞬間に人間の顔、魔物の顔に変化しながら。そして…人間の顔の時、美しく凛々しい淑女の顔に戻った時、小さく頷いた。涙を振り撒きながら…右の頬の逆十字の傷から血を滲ませて…
「そうですか。殺して闇の剣を引き継ぎましたか…。つまり、アナタも呪いをかけられていたのですね。闇の一族ですか?」
次の瞬間、一際に醜い魔物の顔に戻り、幽体はグレイに襲いかかった。幽体の首を無気味に伸ばして。首がグレイに噛みつこうとした瞬間、グレイの両手から瞬光の球体が放たれ幽体を粉々に砕く。
「ふぅ。ま、魔物の考える事のほうがもっと簡単ですからねぇ…。でも…」
グレイは気絶している少女を起こし、上体を樹に預けた。
「これで…この子への呪いが解けていたら…いいのですが」
両手で顔を支え上げ、親指でそっと目蓋を小さく開ける。その瞳の色は…
「…駄目でしたか」
片方が深紅。片方が碧眼。何一つ変ってはいなかった。
「さて…二つの幽体の除霊にはなんとか成功しましたが…」
夕べのうちに一体、反逆の傭兵と呼ばれた剣士の一人である兄のギレイの除霊を終わらせていた。
「…随分と根が深いようですね。まぁ、魔王の復活を阻む訳ですから簡単ではないでしょうけど…」
『闇の剣が人の魂を吸い続け、刀身が死に満ちる時、魔王が復活する』
闇の古文書に幾つか記されていた魔王を復活させる方法の一つ。
「まぁ、闇の剣とやらがこの世に何本在るのかは知りませんが…」
古文書に記されたとおりならば、この少女や他の闇の剣を持つモノ達が殺戮に明け暮れ、魂を吸い続けた時に魔王が復活する。或いはこの少女や他の持ち主の魂が吸われる時に…魂が足りずに復活せずとも、少なくともその時が近づくのは確かだった。
絶対に避けるべきは…魔王の君臨。それが、過去の…少女との『約束』。
いや、それを別としても魔王の復活を見逃す事は出来なかった。
「いやはや…『闇の剣が光の杖の尼僧を刺し貫くとき、光は退き、魔王は君臨する』でしたっけか? …闇の伝承文のどこまで本当か知りませんけどね。しかし…」
目蓋を戻し、少女の無垢な顔を見つめる。
「しかし…白魔導師を辞めた私が…このような役目を演じる場面に出くわすとは…ねぇ。最初の一つの約束を果たすべく彷徨っていたのですが…」
自らの運命の疎ましさに自嘲する。
白魔導師という職自体に嫌気が差して辞めた自分が白魔導師の本懐といわれた魔王の出現の阻止に躍起になっている。
「皮肉な運命ですねぇ。まぁ…約束ですし。この子の運命に比べれば…。しかし、我ながら矛盾した約束をしてしまったモノです。さぁて…」
ゆっくりと自らの迷いを断ちきる為にも呪詛を祓う事を考え始める。とは言え…正直、幾つの呪詛を祓えばいいのか。
「この魔剣を封じ魔王の復活を阻止する方法…一番、簡単なのは私がこの剣の運命に従い…剣を『引き継ぐ』事でしょうか。少なくともこの剣に関する分だけは魔王の復活は遅くなるでしょう…けどね」
一瞬、頭を過ぎる『最も簡単な方法』を即座に否定する。
「しかし、それでは…あの子との約束も、この子との約束も果たせなくなります…よねぇ」
一つの約束を果たすために他の約束を反故にする。
「…駄目ですよねぇ」
考え倦ねる元白魔導師を…突然、地の底からの声が嘲笑う。
「ソウサ。オマエゴトキニ我ラノ願イヲ阻ム事ナゾ出来ヌ」
両の目をかっと見開き少女の顔が再び恐ろしい魔物へと変貌していく。
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは8/16話目です。
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