愛しき殺意 7
人形遣いは禁断の地へと踏み込む。少女の記憶の中へと…
「え?」
射貫くような視線にグレイは思わずたじろいだ。
(杖の…あの少女の事だろうか?)
身構えて言葉を待つ。
「その箱の中身は何だい?」
身構えたのが可笑しかったのか、くすっと笑いながら尋ねるエァリエスの無邪気な視線にグレイはふぅっと息を吐出す。戯れに尋ねただけなのだろう。
(しかし…アレを見ても…いや)
戸惑いを剽げた態度に換えて応える。
「あ、いや。この箱の中は…生活の道具とかですが?」
グレイの応えにエァリエスは失笑した。
「嘘つけ。人形遣いがそんなに道具が必要な訳がないだろ?」
暫しの躊躇の後、グレイは覚悟を決めた。
「ははは。判ってましたか。コレの存在を…」
箱の中から綺麗な聖絹に包まれた塊を取り出した。
(思い出すだろうか…)
ゆっくりと包みを解くと…白銀の七字刃の金具。
金具は一見では判らぬ物だが武器を扱う者が見ればそれは薙刀の留金具だと判る。互いに締める七つ字の螺子が刃となっているのは珍しい。そして留金具と螺子刃には綺麗な金の象眼が飾られている。
「コレはアナタの『闇牙』と同じく、人に渡してくれと頼まれた物ですよ。判ります?」
何故か…頭に手をやりながらエァリエスは応える。
「ああ。薙刀の刃留金具だ。そのぐらい判る…さ」
(…判らないか)
グレイは落胆の息を自嘲の言葉へと換えて続けた。
「まぁ。コレも一応、刃物の類なんで聖絹越しでないと持てませんから。こうして箱の中に仕舞っている訳です。どうです? 持って見ますか?」
グレイに促されて手に取って見るとずしりと重い。細かい象眼が緩やかな呪紋を象っていたがそれは普通の武器に見られるような邪紋や呪紋ではなく白魔導師が持つ武器、棍や鈷杵、鈷鈴に描かれているという聖紋。
「これって不思議な…いいや、皮肉な品物…だね」
「そうですか?」
「人を刻む武器の一部なのに…聖紋だなんて…う」
「どうしました?」
「頭が…痛い…もう、いい。…仕舞って…くれ」
震える手で渡された留金具を箱に仕舞い、グレイは心配げに尋ねた。
「どうしたんです? 毒に酔いました? それとも持病ですか? 治療しましょうか?」
「ふ…ん。やだ…ね。オマエに『治療』されたら命が削られるからね。ふぅ」
悪言と共に深く息を吐き、少女は…やっと落ち着いた。
「癒りました?」
「ああ。どうやらアタシは白魔導師関係の物には拒絶反応するみたいだね」
グレイはその理由が判っていた。それが彼女の過去の記憶に起因する事も。
(記憶を封印されている? いや、やはり記憶を『鍵』としているようですね。難儀な…)
思いを別に飄々と応える。
「私も一応、白魔導師関係ですけどね?」
その言葉にエァリエスは無邪気に笑い声をあげた。
「きゃはははは。アンタは破戒僧。白魔導師よりもアタシに近い人形遣いじゃないか?」
「そう自分を卑下することはありませんよ」
真剣な面持ちで応えるグレイにエァリエスは笑いを止めた。
「人形遣いはこの世で最も穢れた存在なのですから。御判りでしょう?」
「…ごめん」
素直に頭を下げる少女の態度に…元白魔導師は自分の言葉の矛盾に気づいた。
「あ、いや。私の言っている事も矛盾してました。すみません」
素直に頭を下げるグレイ。
「え?」
「いやいや。お気づきになられなかったらいいんです」
「?」
人形遣いの言葉の矛盾に気づかず、少女は小首を傾げた。
「あ、あと一つだけお聞きしていいですか?」
似合わぬ真剣な面持ちでグレイは向き直った。
「なんだい?」
ゆっくりと息を深く吸ってからグレイは踏み込む。少女の記憶の中へと。敢えて…
「貴女の本名はなんですか?」
「…え?」
戸惑う少女。人形遣いは戸惑いを余所に更に踏み込んでいく。
「『エァリエス』というのは私の地方では『仮りの名前』という意味なんですよ。発音ではね。しかも貴女の名のスペルには別の意味があるんです」
「……や…メ…テ」
少女の顔が歪む。苦しみが浮かんでいくように……
「スペルに『否定』という語と『過去』という語が入っている。古のムーマ文字のスペルですけどね。その語を除くと、残るのは…」
「ヤメロ!」
突如としてエァリエスの両の瞳の色が血泥の様な深紅へと変り、修羅のごとき形相でグレイを睨みつける。
髪も立ち上がり瞬く間に別人へと変貌し…闇の剣をすらりと抜き構えた。
「出ましたね。憑物が」
不敵な笑みを浮かべてグレイはゆっくりと杖に手を伸ばす。その手を狙うかのように鋭く剣圧がエァリエスから放たれた。襲い来る闇の剣。その剣圧を杖で受け流すべく構えるグレイ…が、しかし次の瞬間、グレイは杖を放った。
「ナニッ!?」
素手で剣の刃を受ける。鎧の下の腕や胴体をも軽々と斬り刻む刃がグレイの腕を襲い…通り過ぎ…そしてグレイの腕は…何一つ傷ついてはいなかった。
「グ…キサマ…」
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは7/16話目です。
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