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愛しき殺意 6

 グレイの過去が少女の記憶を…

「記憶を…記憶を消したんです。我が師と一緒になってある術を使って。光の…あ、いや。ある法具に彼女が所持できた事を伝える為だそうですけど…単に我が師が憶えたての術を使いたかっただけなのかもしれません…が、今となってはどちらとも…」


 どくん…


 再びエァリエスの頭の中で何かが鼓動を始めた。


「…それで?」

「それで、我が師と意志が疎遠になりまして…ある高位術の鍛錬中に過ちを…意図的にね…間違えたんですよ。酷いでしょう? それで我が師は消えてなくなりました。文字どおり、消えたんですよ…永遠にね…それで追い出されて…」

「いや、アタシが…聞きたいのは…」

「なんです?」

 グレイは起き上がってエァリエスを見た。エァリエスは既に起き上がり両眼でグレイを見つめている。

(え?)

 彼女の眼が両方とも碧い瞳に変っていた。

 同時に…改めて直視した彼女の左顔の深い傷痕。

(…という事は。やはり、あの時の…。つまり片方が紅くなったのですね。傷は左なのに。傷が闇に染まるのを引き止めている…のでしょうねぇ)

「アタシが…聞きたいのは…」

「なんです?」

「その…少女の…な…」

 エァリエスは何かを言いかけて不意に頭を抱えて叫んだ。

「あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」

 そして…そのまま眠りについていった。


 泥沼に沈むかのように…

 何者かに気絶させられたように…


 走っていた。  駆けていた。

 押しつぶされそうな不安に急き立てられるように。

 木の上を。  梯子か何か…不安定な足場。

 足を取られそうになりながらも。

 駆けていた。

 前に微かに浮かぶ人影。


 二人…いや三人。

 大人が二人。  もう一人は小さな子供。

 女の子?

 三人が叫んでいた。  呼んでいた。

 その方に向かって走っていた。


 何故か後ろを振り向くと…長い棒…鈍く光る…杖?

 …を持った少女が虚ろな眼でこちらを見ている。全力で走りながら…気になって立ち止まってしまった。


 不意に足元が…消えてなくなった。

 暗闇の底に落ちていく。

 どこまでも落ちていく。


 衝撃が顔に。

 手を当てると流れ落ちる鮮血。

 血が広がり、沼となり、海となり、身体を沈めていく。

 なす術もなく沈んでいった…


4.除霊

「…助けて。助けて……ゃん。 …えっ?」

 綿布の中の少女は自らの声に気づき、跳ね起きる。

 焚火はあらかた消え、灰が淡い灼温を遺しているだけ。

 その陽炎の向うにいる筈のグレイは…いなくなっていた。

(もう…出かけたのか)

 朝霧の中。冷気が静寂を連れてエァリエスを一人、包み込んでいる。

 物言わぬ霧が心の中に染み込んでくる。

「…また一人か」

 小さな呟きが霧の中へと消えていく。


「おはようござ…うわっ!」

 不意に後ろで響いた声に反射的にソードブレーカーを抜き、突き出したエァリエスは声の主がグレイと気づき安堵の溜め息を小さくついた。

「まったく! 幽霊みたいなヤツだな」

「そりゃあ、人形遣いですから。あっと、ほら。岩殻葡萄の実を採ってきましたよ。あれ? 泣いていたんですか?」

 言われて目尻を拭うと濡れた感触。

「…ああ。欠伸だよ」

 その感触が…指先を濡らす感触の出来事が長い間、無かった事を無表情なままに思い出す。

「そうですか。それにしても冷えますね。まだ春は遠いようですねぇ」

「春…か…」

 季節を思う事も久しく無かった事をふと思う。

(いつから…そんな事も気にしなくなったんだろう?)

「さて、さっそく頂きましょう」

 どさっと背負っていた呪紋様の木の箱を降ろして中からボロボロの聖絹で作られた袋から岩殻葡萄の実を取り出して焚火跡の隣に広げた。

「うん。渋味がまだ残ってますが、結構いけますよ。酒は大丈夫ですか?」

 岩殻葡萄とは樹と間違えそうなツタ状多年草の実。古くから神への供物として用いられている。固い殻の中に酒のような果汁と柔らかい果肉が特徴。多く食べると毒。旅人の急場の飢えを防ぐ果実だった。

 無邪気に頬張るグレイを静かな面持ちで見つめながらエァリエスは尋ねた。

「昨日…夕べ聞きかけた事は何だったんだい?」

「えっ? …あぁ。アナタにその剣を預けたという…お婆さんの事なんですけどね」

「で、何?」

 一つずつゆっくりと岩殻葡萄の殻を砕き、実を噛み締めながらエァリエスは質問を促した。

「え。…いや、なに。その方の右の頬に傷は無かったのかなぁって…それだけなんですけどね」

「あったよ」

「え?」

「逆さ十字の傷が在った。斜めにね。『生者の証しだ』と言ってたけど…それだけかい?」

「え。ええ。それだけです」

(やはりね)

 右頬の逆さ十字の傷。「反逆の双剣術士」と呼ばれた兄妹の傭兵の妹に間違いない。

(…しかし、まだ老婆ではない筈…命を吸われたのか? あの剣に)

 グレイは禍々しい鞘に収まっている剣を見つめる。

「じゃ…アタシも聞きたいことがある」


 読んで下さりありがとうございます。

 光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。


 これは6/16話目です。


 投票、感想など戴けると有り難いです。


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