愛しき殺意 5
少女の前に顕われた人形遣いグレイの目的は…
さっさと焚火の前に座るとグレイは杖ごと飛兎をエァリエスに渡した。
「私は先程、食事を済ませましたから。それは遠慮無くどうぞ」
人形遣いの食事。それは…
「さっきの聖光陣とかいう術を掛けながらも…兵士達から『寿命』を喰ったんだろ?」
グレイはニヤリと笑って焚火に手をかざす。
「喰ったとは人聞きの悪い。法力の源を少しばかり拝借しただけですよ」
「法力の源ねぇ…。喰われた相手は寿命が縮んでいるだろうに」
「それも天寿というヤツですよ。運がよければ全うできるし運が無ければ全うできない。そんなモノが少しばかり欠けても大差無いでしょう?」
「勝手な言い分だね。魔王みたいな理屈だ」
「魔王…は嫌いですか?」
何故かグレイは慎重に尋ねた。
「ふん。勝手に復活して全てを破壊する? 勝手極まりない。約束を守らないヤツも、そんな勝手なヤツも大嫌いだ」
約束を守らないヤツとは…さっきの老将軍の事だろうか。
愚痴を言いながらもエァリエスはさっさと短剣で飛兎を捌いていく。袖口の中に仕込んでいた紫銀の金串を取り出し、肉に打つ。程よく焼ける位置を見計らって串肉を地面に刺して焙り焼きにする。
「手慣れたモノですね」
何故か安心したような口調でクレイが呟く。
「ん? あぁ……に仕込まれたから」
「誰にです?」
どくん…
エァリエスの頭の中で痛みが鼓動を始めた。
「誰だっていいだろ! アンタも喰うんだろ? 破戒僧なら肉も平気だろ? ごちゃごちゃ言ってたらあげないよ」
痛みを無視するかのように少女は言葉を吐き散らした。
「え?。頂けるモノならば頂きますが…一つ聞いていいですか?」
「何をだい?」
凄まじい眼光で睨むエァリエスにグレイはたじろぎ、戯けて聞き直した。
「えっ。いや、あ…はははは。いやなに。その剣はどうして手に入れたのかなぁって。前に尋ねた時も教えてくれなかったモノですから、気になってたんですよ」
大袈裟な身振りで闇の剣を指し示し、問いを投げる。
「この剣? 『闇牙』の事かい?」
エァリエスは大袈裟な身振りに醒めた視線を投げながらも…問いに応えた。
「『ダークファング』? その剣の名前が?」
「そう言ってたよ。お婆はね…」
「お婆? …どなたです?」
「アタシを育ててくれた…そして、この剣を一族に渡してくれって頼まれたのさ。今際の際にね…」
「一族? どこの部族です? 部族の名は?」
似合わぬ真剣な顔でグレイは尋ねた。
「知らない。…闇の一族だと言ってたけど…何処に居るのかわからない…アタシが剣を…いや、剣術士として仕事を…ギルドの仕事をし続けていれば逢えると…言ってたけどね。それしか知らな…い…」
「そうですか…ところで、そのお婆って、…うをわっ!」
不意に鼻先にソードブレーカーが突きつけられた。
「何を考えているんだい? グレイ? …ぺっ」
エァリエスの唇から砕かれた小さな紅い木の実が吐き捨てられる。
それは口の中に予め仕込んでいたグジュマの実。噛み砕くと瞬間的な覚醒薬となり、多用すると毒薬でもある魔樹の実。普段から追われる者としての生活の知恵だった。
「い、いや…何も」
「だったら…何で沈我香なんぞを焚いているんだい? ん?」
沈我香とは一種の麻薬。鎮静効果があり、簡単な自白剤としても利用されていた。だが、大概の場合においては忘れた事を思い出す程度の軽微な効果しかない。
グレイは座り込んだ時に手の中の香をエァリエスに気づかれずに焚火の中に放り込んでいたのである。
「えっ? あ、いや、はははは。これは襲われないようにですよ。ほら、お互い賞金首でもあるじゃないですか。この香を焚いている間は襲われずに済みますからね。いや、ほんと」
実際、賞金首狩人や盗賊の類は昂進薬の類を服用している場合が多い。そういう者達にはこの香が相乗効果で幻覚を引き起こすのである。また、鎮静効果のある薬物を服用していた場合には強烈な睡魔が襲うという結構、便利な香であった。
「そうか? なんだか尋問くさかったけどね?」
「いや、はっははははは。あっと、肉が焼けたようですよ。ほらっ。あじっ、熱っ」
慌てて串肉を取上げたグレイは熱せられた串の熱さに思わず放り上げてしまった。串肉はゆるやかに弧を描いて空を舞い、不意に軌道を変えて後ろの樹に突き刺さった。
エァリエスの投げた紫銀の串が串肉を突き刺し、樹に刺しつけたのである。
「ははは…どうも」
「無駄口はここまで。アンタもさっさと食べな」
「はいはい。御馳になりますよ」
遅い夕食を済ませ、二人は消炭の残火を暖にして横になった。蒼き月と紅き月が天頂でようやく縁を重ねようとしていた。
「なあ、グレイ。眠ったのかい?」
エァリエスは何気なく…何故か問い掛けた。
「…ん。あ、いえ。微睡んでいた所でしたが…なんでしょ?」
「アンタはなんで人形遣いなんかになったんだい?」
「…え? え〜と…」
(そんなことを気にするとはね…魔王も嫌いのようですし…まだ闇に心を喰われてはいない…ようですね。ならば…)
少女の言葉は…堕ちた白魔導師にある事を決意させた。
「あ、嫌ならいいんだよ。別に話さなくても…」
決意を…決意に揺らぎながらも応えた。
「…殺したんです」
「え?」
瞬刻の沈黙。
人形遣いを責めるかのような沈黙が…言葉の先を促した。
「我が師とある少女を…」
「…少女?」
「あ、いや、少女の命は奪ってませんけどね。もっと酷い事をしました」
「…どんな?」
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは5/16話目です。
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