愛しき殺意 4
仕事の後、少女は闇の剣と共に……
飄々と説得する人形遣いの鼻先に突きつけられた黒き剣。
「暫く黙ってろ。グレイ。こっちの用事が済むまでな」
「はいはい。こっちの仕事は一応、粗方済みましたから、そちらの仕事もさっさと済ませてくださいな。それまで杖の手入れでもしてますから」
そそくさと数歩退き、棒きれの杖を後生大事とばかりに手入れする人形遣いに一瞥をくれてから、魔剣術士エァリエスは紫水晶を突き出して将軍に詰め寄る。
「まだ、言う気は無いのか?」
「…わかった。宣言しよう。『あの夜の約束に従う』と」
約束の言葉が発せられた途端、紫水晶にさぁっと一筋の金の筋が一つ入った。
「言葉は受け取った。グレイ! さっさと癒してやんな」
ソードブレーカーを鞘に収め、黒き剣を水平に構え、森のほうに切っ先を向けて小さく呪文を唱えると魔剣術士に向かって禍々しい形の漆黒の鞘が飛んで来た。鞘は自ら意思を持ったかのように剣を中に納めると、鞘に付けられた黒き鎖が剣を抜けないように巻き付いていく。一見すると禍々しい十字架の杖にしか見えなくなった剣をローブの中に納めて、彼女は振り返りもせずに立ち去っていく。
「あれは…確かに魔剣。剣どころか鞘さえも意志を持っているとは…」
「そうですよ。千年余の昔、撃ち破られた魔王の牙から削り造られたという文字どおりの魔剣なのですよ」
治癒の術を施しながら見送る人形遣いのグレイの眼にはある思いが宿っていた。
そして、治癒の術を施されているシュタイン将軍の眼にもある意志の炎が灯っていた。
黒き炎が…
3.過去への夜
その夜。
既に追われる身でもあるエァリエスは街道から少し外れた森の中で夜を過ごそうとしていた。無言で火を熾し、背の大木に身を預けて暖をとる。ケープを外し、髪を掻上げると左顔に残る傷痕が揺らぐ炎に照らされる。
淑女と呼ぶにはほんの少しだけ早い少女の美しい横顔にくっきりと浮かび上がる。額、いや眉のあたりから頬にかけてギザギザの傷が三条。その傷をおさえて、指の間から炎を蒼き瞳が見つめ続ける。何故か…その仕草で落ち着く心。
(…明日には街に戻れるな)
報酬を受け取る為には、街に戻りギルドに行かなければならない。
(…追っ手は来ないとは思うが…来たら…斬らねばならぬのか…また)
請われて人を殺めた事はない。だが、自らの身を守る為に幾多の身体を斬り刻んだ事か…
既に幾多の賞金が懸けられている命。息一つ慎重に吸わねば即座に首を掻かれる日常。
(…疲れたな)
蓄積した疲労で身体が重い。
いや、心が重い。
何のために生きているのか。何処に行かねばならぬのか。何一つ判らない。思い出せない。
(この剣を……に渡す為だけに。でも…これからどうすればいいのだろう?)
傍らの剣。禍々しい鞘に納められ、さらにボロ布を巻いて今はただの荷物にしかみえない魔剣「闇の剣」。それのためだけに生きている。
(…捨てていくか)
今まで何度思った事か。
しかし、それを捨てたらば今、辛うじて存在する目的をも捨てる事になる。
捨てようとすると頭が…頭の芯が重くなる。
(…疲れた。ほんとうに…つかれた)
空を仰ぐと蒼き月と紅き月が近づき重なろうとしていた。
(もうじき、「一つ月」の季節か…。あれから何度目の「一つ月」だろう?)
この魔剣を預かった時も一つ月だった事をぼんやりと懐かしみ…何故か不快をも染みる心地で思い出していた時、不意に背後で声がした。
「お邪魔しますよ」
振り向くより早く懐の短剣を声の方へと弾く。
手応えは?
いや、それを確認するよりも素早く相手の反撃を防ぐべく脇に置いた護身剣、長刃のソードブレーカーをすらりと抜き、構えた。
「危ないじゃないですか」
闇の中から姿を現したのは…グレイ。
見れば…杖にさげ持つ飛兎に投げた短剣が突き刺さっている。
「なんだ。グレイか。エムル国からずぅぅっと付きまとって…何の用だ?」
安堵の息を冷たい言葉と視線に変えて問い質す。
いつも敵側に付き、敵を片っ端から癒していく。はっきり言って仕事の邪魔。鬱陶しいだけの相手だった。
「また邪魔しに来たのかい?」
詰問を人形遣いは剽げた身振りで流し、応えた。
「やだなぁ。そちらの仕事はさっき終わったじゃないですか。貴方の仕事が終わったのならば私の仕事も終わり。今は単なる同業者ですよ。ギルドの依頼を糧にする…ね」
「糧ね。アンタは違うだろうに…」
エァリエスが冷たく睨んでいるのを全く気にせず、グレイは飄々と応えた。
「そうそう。さっき、捕まえたんですよ。コレ。私は刃物が扱えませんから捌いてもらえませんか?」
白魔導師は刃物の類が一切扱えない。
使うことはおろか持つことさえできない。それは光の術とされる白魔術を駆使するために自らに科した戒め。刃物と認識した物に触れた手に紅蓮の炎を生じさせてしまう自戒。免れる方法はただ一つ。聖絹という法力を織り込んだという布越しに触れる事だけだった。
「アンタは白魔導師崩れの人形遣いだろ? 包丁ぐらい持てないのかい?」
冷たい視線を呆れた溜め息に変えてエァリエスが毒づいた。
「残念ながら崩れても元は白魔導師なもので刃物は持てないんですよ。この獲物は焚火にあたらせてもらう引き換えということでどうです?」
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは4/16話目です。
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