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愛しき殺意 3

 怪しき人形遣いの術が闇の剣に放たれる。だが……

 暗闇の魔剣術士?

 最近、耳にする傭兵。いや、暗殺者。

 たった一人でこの大陸最大の国家、エムル国の財務大臣を千人余の私兵と共に亡き者にしたとの伝聞は噂として聞いていた。…あり得ぬ事としての風説、噂話と考えていたのである。

 ふらりと立ち上って人形遣いはゆっくりと歩き始めた。

 剣術士に近づかないように。

 苦痛に蠢く警護の者達の間を顔色一つ変えずに。

 血の海の腸を踏みしめて。

 杖を引きずりながら…一歩進む度にぐちゃり、ぐちゃりと嫌な音が辺りに響く。

 その音を背景に人形遣いの飄々とした場違いな声が草原に響き渡る。

「将軍。どんなに偉かろうと今は風前の灯のような御命なのですよ。ほぉら、警護のものはこのとおり、鎧の上から闇の剣で斬り刻まれている。その剣の力は御自身でも身に染みているでしょう? その剣はどんな鎧もどんな障壁をも物ともせずに中身を刻む事ができるんですよ。私のような白魔導師崩れの人形遣いにどうにかできる相手じゃないんです。ましてや博奕で御自身の領地を賭けて、剰え銅貨どころか鉄貨ひとつ残さず負けた将軍に国王が援軍をよこすとお思いで? 逃げた者達の言葉に国王が耳を貸すとは到底、思えませんね。つまり将軍には私のような下賤の者しか援護に来ないのですよ。御判りで? 将軍さま」

 一周して再び将軍の後ろに座ると、囁くように促した。

「だから、さっさと言っちゃってくださいな。『約束は守る』と…ね」

「…貴様。それで助けに来たつもりか! ギルドに履行違反で抹殺されるぞ!」

 その言葉に人形遣いはびくりとして顔が引きつる。

「…私の契約内容としましては『負傷した場合の治癒だけ』として来たんですがね。そちらの依頼内容は違いましたか…」

 不満そうに呟く様子を見て将軍は確信した。

 人形遣いといえどギルドという闇をも司ると言われる組織には敵対できぬのだと。将軍は剣術士に聞かれぬぐらいの小声で人形遣いに命じた。

「人形遣い。白魔導師の端くれならば『剣を砕く術』が使えるのだろう?」

 その術は簡単なものではない。しかし、戦場で一流の魔導師だけを見て来た将軍には簡単な術という認識しかなかった。

「剣を砕く術ね…高価いですよ? 追加注文ですから」

「我が命よりも高価いと申すのか?」

 不敵に笑う将軍の言葉に人形遣いは仕方なしに立ち上がった。

「はいはい。判りましたよ。やればいいんでしょっ! 聖光陣っ!」

 人形遣いは呆れきった声で応え、即座に背後に飛んだ。

 杖で呪紋を空中に描き、着地と同時に杖を地面に叩きつける。

 ただの棒きれの杖が光り輝き、先程、引きずり歩いた軌跡に煌き浮かび上がる聖なる呪紋。そして呪紋様の光の中から剣が折れ砕かれる音が響く。

「おおぉ…」

 さぁぁぁっと光が消え去った後には…腕や足、さらには胴を斬り刻まれ…つい先程まで苦痛に蠢いていた警護の者達が不可思議な面持ちでゆっくりと立ち上っていく。身体の内側をゆっくりと蛇に喰われ齧られて居たような悍ましい苦痛が総て消えている。訳も判らぬまま、身体を確かめると鎧の上から刻まれた腕や足、腸さえも癒っている。

 杖でとんとんと自分の肩を叩いて、人形遣いは飄々とした声で説明した。

「オマケに治癒の術をブレンドしておきましたよ。将軍サマ」

「おおっ! 流石じゃ」

 喜ぶ将軍。敵は人形遣いの術の光に未だに包まれている。術の効力が剣術師の剣を打ち砕いたと期待していたが故に……

「…でもねぇ。たぶん…なぁんにも状況は変らんのですけどね」

 叩きつけた棒きれの杖の傷を確かめながら、人形遣いはこの先の出来事を憂いた。何故ならば…警備兵達の次の行動を見抜いていたが故。警備兵達は自らの身に起きた出来事を何一つ理解してはいなかったのである。

「…え? 何が…?」

「なにが? 癒っている…?」

「そうだ! 将軍は?」

 それでも自らの責務を思い出し、慌てて剣を取り将軍の防護に回ろうとした。が、拾い上げた剣は…砕け散り、柄しか残っていない。

 そして敵は…

 闇の剣を持つ剣術士は…今、この時まで光の呪紋の鎖に包まれていた。…が。

「はっ!」

 気合いと共に振り上げられた漆黒の剣の一太刀で呪文の鎖が断ち切られて光が四散していく。後には、何事も無かったように佇む剣術士と何も損傷を受けていない闇の剣があった。そして…腰に下げた鞘からすらりと抜かれた無傷のソードブレーカー。

「ほぉら。彼女は術の意味を知っている。鞘の中の剣には役に立たないんですよ。聖光陣という術は。大抵は…どんな些末な剣の鞘でも対魔呪紋様が飾られてますからね。それに…」

 ひらりと手で闇の剣を指して言葉を続けた。

「あの闇の剣は大抵の法術を解呪する…というか根本的に効かないんですよ。硬質化しているとはいえ刃自体が幽体ですから。私のような白魔導師の端くれ如きの法術ではなぁんの役にも立たないんですよ。納得していただけましたか? 将軍サマ」

「ひ、ひぃいぃぃぃぃぃ…」

 人形遣いの指摘に悲鳴を上げたのは警備兵達。

 柄だけになった剣の残骸を放り出し、その場から蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。勝ち目のない事を悟った者の生存を目指した無理からぬ行動である。その姿を溜め息混じりに将軍は見送った。

「…根性無し共め。あれでは…戦いには勝てぬ」

 如何なる傷をも即座に癒す白魔導師がいれば一介の兵卒も無敵の剣術士となる。剣が折れても多勢に頼んで一人しかいない敵を組み敷く事も難しい事ではない。しかし…自分達が「無敵」となった事すらも理解できずに、ただ恐怖に心を縛られて警備兵達は一目散に逃げていく彼らに戦に身を投じる戦士の誇りは微塵にも無いことだけは確かだった。

「当然でしょう? 先の戦から既に20数年。戦いに身を踊らせる勇者が貴方の国に居るとお思いで? 今も治癒の術を使える者が此処に居るというのに、さっさと逃げ出す。警備兵がですよ? これでは軍事国家オーヴェマに呑み込まれるのも自然の摂理というヤツですよ」

「そうか…自然の摂理か…うぁっ!」

 身じろいだ将軍は右腕の痛みに思わず声をあげた。

「ありゃ。右腕を陣の外に置いてましたね。将軍サマ。それではまだ斬り刻まれたままですよ」

 右腕を覆っている白銀の鎧の隙間からはまだ血が滴っていた。

「そろそろ、出血で気絶なさいますよ。その前に…うわぁっと!」


 読んで下さりありがとうございます。

 光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。


 これは3/16話目です。


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