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愛しき殺意 16(最終話)

 少女は旅立つ。殺意を求めて…

5.愛しき殺意

 翌朝。

 日の光が草原に夜明けを告げていた時、少女は近くの崖上で座っていた。

 人形遣いが持っていた呪紋様の木の箱。それに身体を預け、膝を抱えて座っていた。

 膝を抱える手には土汚れ。

 草原からその場所に繋がる血の痕。

 その先に盛上がった土の墓。

 墓の頂にはボロボロに変わり果てた木の杖が墓標として立っていた。


 杖の影が少女の顔にかかり、流れ落ちる涙を隠していた。

「…だめじゃん」

 無表情な顔のまま少女は呟いた。

「アタシを殺すんだろ? …魔王の復活を…阻止するために」

 影が顔から外れ、涙が光を虹色に反射する。

「…殺す前に…死んじゃったら…駄目じゃん」

 顔を腕で隠し、言葉を続ける。

「アタシを殺せないよ。…ねぇ、そうだろ?」

 崖下からの風が杖を揺るがせ、少女の髪を撫でた。

「…アンタのさ。…荷物さ、アタシが預かるよ。なんだっけ? 人に渡すんだよね? あの留め金。誰だっけ? …誰に? 誰に渡したらいいんだよっ!」

 手元の土塊を掴み、思いっきり杖にぶつける。

「馬鹿野郎! 誰だか判んないじゃないさ! なんにも…何一つ教えないでっ!」

 土塊は杖にあたって、砕けて四散した。

「まぁ、いいさ。アタシか生きている限り、魔王は顕れないんだよね? そうだよね…」

 立ち上がり、土埃を払い、箱に手をかけようとした時、箱の上の数枚の木の葉がクルクルと舞い始めた。

 見ると箱の蓋の呪紋が朝日を浴びて眩く光っている。

「…ん?」

 なんとなく見つめるエァリエス。やがて木の葉は人形となり言葉を発した。

『この人形を貴女が見ているという事は…』

 その声は…

「グレイ! 生きてるの?」

 しかし、それは木の葉の人形を操る声。

『私が貴女に取り憑いた悪霊の除霊に失敗したということです。残念ながら。ところで身体の調子はどうですか? もし、どこか傷むようでしたら…』

 つまりは…グレイの残した思念。

 昨夜の除霊を行う前に予め残していた言葉だった。

「なんだ…心配性なヤツ…馬鹿な…馬鹿なヤツ」

 笑い声の少女の顔は泣いていた。

『…そうそう。貴女の剣…闇の剣には私の命が…この身体の命が尽きる時に呪いをかけさせて頂きます。その呪いとは…』

 不意に後ろの草原が天にまで届くような光に包まれた。

「え?」

 見ると斬り捨てられた者たちが蠢き始めていた。

 素早く剣を構えるエァリエスにグレイの声が諌めた。

『…一切、殺生ができないように、その剣で切られた者は光を浴びると必ず生き返ります。総ての傷は跡形もなく癒ります。だから、人殺しなどの仕事は今後、出来ません。いいですか?』

 剣を構えながら木の葉の人形にエァリエスは舌を出して悪態をつく。

「べーっだ。今までだって受けてませんよぉっだ。そんな仕事」

『そして、生き返った者達は切られる前後…そうですね。数日間の記憶は無くなっていますから慌てて斬らないように。邪気も幾つか消えてしまいます。少なくとも貴女に関する記憶は全て無くなっています。あぁ、そうそう。ついでに貴女の姿を見たら逃げ出すようにしておきましょう。だから、その者達を斬る必要はなくなりますよ。永遠にね』

「へ?」

 ふらふらと草原を歩き出す兵士達。

 何が起こったのか、起きていたのか判らず、ぼんやりと自分達の姿を見ている。

 その中にはあの老将軍の姿もあった。

 将軍と敵兵達は草原のはずれで自分達を睨み見るエァリエスの姿を認めると…畏怖と恐怖の表情となり…悲鳴を上げて一目散に逃げ出し去っていった。

「…凄い」

 感嘆するエァリエスを余所に人形は言葉を続ける。

『…それにしても、貴女は御強い。普通の剣を振るったとしても一角の剣士とて歯が立たないでしょう。但し、強いからと言って何処かの軍勢に身を投じてはなりません。古の格言にも『武に耽る者、武を疎う者。両者は滅者の典型なり』と申します。貴女を陣営に引き入れようとする者はそのどちらかです。決して自壊の道を歩む者達に手を貸してはなりません。いいですか?』

「はいはい」

 箱に両肱を突き、両手で顔を支えて木の葉の人形の言葉と仕草を見つめ続ける。


 一点の曇りもない笑顔で。


『それから…私の箱の中の荷物の事ですが…』

 真顔に戻り、少女は耳をそばだてた。

『私が…私が復活するまで預かって下さい』

「え?」

 少女は耳を疑った。

「復活するの? いつ? どこで? どうやって?」

 問いには応えずに…ただ人形は記録された言葉を続けた。

『…とはいっても、以前の私ではありません。私自身が復活するか、私の人形達が私の意志を…継ぐというよりは乗っ取られてですが、貴女の前に現れます。でも…』

「でも? でも、何?」

『姿は当然違います。仕草も、声も違うでしょう。運良く私自身が復活しても記憶はそれなりに無くしています。それでも、いつかは貴女の前に現れます。その時の合図は…』


 不意に箱の蓋の光が消え、木の葉の人形は塵へと変り、風に散っていった。


「あぁぁぁぁっ…まって。待てったら…」

 箱に掛かっていた術の法力が尽きて消え、言葉は失われた。


 暫く少女は吹き去っていった風の行方を見つめていたが、くすりと笑って呟いた。

「合図か。…合図なんて要らないだろ?」

 木箱を担ぎ上げて呟く。

「この顔の傷は…癒さずにしておくよ。そっちが見つけやすいように目印としてね。この傷を見たら…」

 少女は墓に向き直るとにっこりと笑った。

「…アタシを殺しに来るんだね。覚悟しな。返討ちにしてあげるから」

 そして少女はくるりと背を向けて、街道を歩き始めた。振り返ることなく。


 自身への殺意を求めて…


 墓標の杖から葉芽が伸び始めた事を知らずに…


(終了)

 読んで下さりありがとうございます。

 光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。

 最終話となりました。

 投票、感想など戴けると有り難いです。


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