愛しき殺意 15
少女の反撃が始まる…
エァリエスはグレイの言葉を全て理解した。
エムル国のギルドで出会ってからの敵となり、相手を悉く癒してきた行動の意味を。
グレイが人形遣いとなりながらも闇ではなく光の中に生きてきた事を…
「わかった。わかったから、力をあげる。アタシの命をあげるから…だから魔王の復活を阻止して。アイツらを…闇の一族を…そしたら…あの子が…帰って…」
あの時の約束を自ら口にする。無意識のうちに…自らの過去を…
そして望んだ。
自らの死を。
人形遣いからの…元白魔導師からの穢れ無き殺意を…
少女の碧き瞳から溢れる涙。
紅き瞳は…同じく涙が。
赤黒い深紅ではなく…今は透きとおった真紅と輝く瞳からも穢れなき涙が溢れていた。
(過去を…少し思い出しても変わりませんね。少しは『栓』が役に立っているということでしょうか?)
力なく笑う。
悔い無き笑顔で。
元白魔導師は自分の『仕事』が無駄では無かったことを確認し、覚悟を決めた。
グレイの穢れ無き笑顔を見たエァリエスは確信した。
相手が今まで自分を守っていた者。
道を踏み外していた事を知らずに正していた者だと理解した。
死の間際の刻に。
『貴女の…命…ですか。残念です…が。それは…お断り…します。…なに…ほんの…少し…だけ…の…お別れ…』
遠声術の声も霞んでいく。エァリエスは障壁の中で叫んだ。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 消えちゃ駄目ぇェェェェ」
少女の叫び声を心地よい音楽のように悦楽の表情で聞いた魔物はゆっくりと消えていった。
「ククククク。ソノ男ガ消エてしまえば何れ障壁も消えるだろう? その時がお前の最後だ。双鋼玉眼のエァリエス。暗闇の魔剣術士の名は…闇の剣はワシが引き継いでやろう。有難く絶望しながら死ぬがよい。ぐわっはっはっ…ん? なにぃ!」
悦に入る将軍の表情を凍りつかせたのは…すっと立ち上ったグレイの姿だった。
「はははははは。私の最後の法力、最後の法術、白魔導師最高の術で貴方達を全員、改心させてさしあげましょう」
その場に居た全員の頭の中に響くグレイの声。
その姿は、声は死に臨む者とは思えぬほどの力強さ。
身体の灰色の染みは既に総ての皮膚を黒く染め上げ力を奪い去っていた。
が、グレイの声が響くと共に輝くグレイの身体。
両手、いや、両腕はもとより全身が眩き白き光で輝いている。
手に持つ杖からも清浄なる白き光が輝き始めていた。
「うぬぅ。斬れ! その穢れた者を斬り捨てよ!」
将軍の声に兵士達がグレイを取り巻き、その剣の下に…
「やめて! やめてっ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
しかし少女の叫びに手を止める者はいなかった。そして…グレイの身体は幾多の刃の下で斬り刻まれ…破片となり…地に倒れ落ちた。
…が、次の瞬間。
グレイの身体は…身体の破片から幾つもの光の珠が弾け飛び、辺り一面を光に包んだ。
光は風と変り雷となり、草原の外を炎で包み、地を揺るがせ、氷雨が兵士達に降り注いだ。
風と焔と水と土の四力精霊の力を借りた光の結界の中に全ての敵が閉じこめられた。
「なに? なんだ? なにが? どうしたのだぁ? ん? ぐ? うぐっ、動きが…」
訳も判らず狼狽える兵士達と老将軍。
結界の中を飛び回る光の珠が…光の細き鎖となり…敵達の身体にまとわりつき…思うように動くことができない。そして…彼らはグレイの身体から光が弾けたと同時にエァリエスの周りの障壁が消えた事に気づくのが遅れてしまった。
「いゃあぁぁぁぁぁあああああぁぁぁっ!」
気合いと涙と怒りと共に闇の剣を振るうエァリエス。
不意を襲われ、光の鎖に縛られて意のままに動くことができずに逃げまどう。
総ての敵は抗う術もなく打ち倒されていく。
鮮血の中…
夜叉の如く、凄惨なる表情のままに剣を振るう。縦横無尽に…
総ての手向かいは無駄。
打ち合う剣を摺り抜け、少女の刃が敵を切り裂く。
鎧は紙の如く、兜も布の如く、切り裂き、断ち割れていく。
少女は今や…鮮血の舞台で踊る、地獄の夜叉。
闇の剣に打ち倒されていく。
敵にとって、それは本望だったのかもしれない。
だが…剣が血を吸う事はなかった。
光が…聖なる眩い白い光が闇の剣を包み、エァリエスを包み、総ての穢れから彼女と剣を包み守っていた。
血煙のような夕闇が辺り一面を包み、そして…二つの月が天頂で幾分か重なった蒼と紅の光を草原に降り注ぐ頃には…草原で動くものは何一つ無かった。
ただ…血と屍の中で、白き光の珠に包まれて踞り泣きじゃくる一人の少女だけを…重なっていく蒼き月と紅き月の光が照らしていた。
無垢なる少女の姿を…紅く、蒼く、照らしていた。
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは15/16話目です。
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