愛しき殺意 12
人形遣いとは不死…
グレイの言葉に促されるように一人の老将軍が遠くの大樹の影から姿を現した。警護の者を周りに引連れ、ゆっくりと進み出るその姿は…
「な…何故? 将軍が…オーヴェマの軍装を…?」
ただ…信じられず見つめるだけのエァリエス。昨日、言質を取った時の将軍はレガス国の兵装だった…はず。
老将軍は伴の者に陣椅子を用意させるとゆっくりとそこに坐り静かに言った。
「そこな傭兵。我が国の要請に従い『仕事』を全うしたこと、誠に見事である」
仕事とは…老将軍の言質を取った事だろう。
「そこで貴様達には…『死』を褒美として授けよう」
不敵な笑いを浮かべながら将軍はゆっくりと慇懃に宣言した。
「何っ! 何故だ!」
訳が判らず障壁の中で叫ぶエァリエス。
彼女にとって何一つ合点が行かない事であった。
「ふ…将軍。あなた…賭けの最後に御自身を賭けられたのでしょう? 最後に…賭けで失った領土を取り戻す為に?」
言葉を続けながら障壁に身を預けて将軍の居る方へとよろよろと歩むグレイ。
矢を一本ずつ抜き、動く度に透明な障壁に血糊で跡を残して…。
「くくくく。流石は人形遣い。世の中の仕組みというモノがそこの小娘よりは判っているようだな」
陣椅子に威厳を持った姿で座る老将軍は眉一つ動かさずに人形遣いの動作を注視していた。
実際…将軍と賭けに興じていたオーヴェマの軍事参謀は、将軍を自らの陣営に引き抜く為に賭けに応じていたのである。それは小国レガスを出来るだけ簡単に陥落させる為だけの策略。
「そ…そして、恥を隠す為に我々の口を封じに来たのでしょう? 違いますか?」
グレイは杖を支えにゆっくりと歩む。
将軍と少女の間の位置へと…庇うかのように歩む。
(武人が最も忌みするのは自らの誇りを貶める事。だが…それだけのために殺しに来ましたか…いや、或いは…闇の剣の?)
侮蔑と疑惑の言葉を呑み込み、事の次第への疑念だけを口にする。
「貴方は…オーヴェマの要請に従い、レガス国の将来を憂いて無駄な犠牲を払うのを避ける為に…身をオーヴェマに預けたと喧伝なさるのでしょう? 違いますか? 決して賭けに負けたという事ではなく…ねぇ?」
杖と障壁を支えに立ち、この世で最も穢れた存在である人形遣いは将軍に問い質した。
「偽善だ…勝手な理屈だ…穢れている…」
障壁の中でエァリエスは呟く。
「はっはっははははは。そう。そのとおり! 我が戦歴を、我が武を蔑ろにした政官共達め! ひたすら略を巡らせて戦を避けて来ようとも、何れは何処ぞの国の刃に伏す事になるのだ。ならば…我が手で腐った政官共を根絶やしにし、この手で我が国に永久の平和をもたらしてみせる。我が武運でな…」
立ち上がり両手で大仰な手振りを交えた演説を続けるシュタイン将軍にグレイが言葉で冷水を浴びせた。
「何をどう言い繕うとも『裏切り者』と言うでしょうねぇ。全てを知っている者は…。それで、噂が広まる前に…彼女の『契約が完了した証拠』を消す為に来たのでしょう? あの契約の…『言質の魔石』を破壊する為に…」
グレイの言葉に喉を凍らせた将軍だったが、ゆっくりと凍った表情を綻ばせて静寂に叫んだ。
「流石じゃ。そこまで判っているのならば…」
さっと将軍が手を挙げると、弓兵達がグレイに狙いを定めて構えた。
「さらばだ。既にオマエ達はワシとは共に存在できぬ者となったのだからな。呪うならば自らの不運を呪うがいい。撃てっ!」
合図と共に数十本の矢が放たれ、グレイの身体を貫いた。
「あ…」
鈍い音と共に障壁に血飛沫が飛び散り、赤き壁となり少女の視界から人形遣いの姿を隠す。
「…え。そんな…人形遣いって…不死身じゃ…なかった…の?」
障壁の中で少女は呆然と血飛沫の向うを見つめていた。
どさっという低く鈍い音は身体が地面に落ちた音?
「グレイ…死んじゃったの? …グレイ? グレイぃぃぃぃ!」
少女の叫び声が草原に響き渡る。
「呼びましたか?」
ひょいと血飛沫の影から青白く痩せた男が顔を出した。
「な…大丈夫…だった…の?」
驚きを問いに換えるエァリエス。
「ええ。仮にも人形遣いの私が通常の武器で死ぬ訳がないでしょう? 先程、不意をつかれたので法力を…いえ、呪力が溜まるまでちょっと時間がかかったというだけです」
がいぃん
障壁を叩く音が辺りに響く。
「てめぇ! 死んだと思ったじゃないか!」
笑いながら涙を流して少女は怒っていた。
「えっと…ちょっと待って下さいね」
グレイはくるりと身を返して少女に背を向けた。そこには…グレイの身を貫いた矢が十数本、血に濡れた矢尻を見せていた。
「…神の光よ。我が手に余る総ての災いを癒したまえ」
低く呟く呪文と共にグレイは一気に総ての矢を引き抜く。
読んで下さりありがとうございます。
光と闇の挿話集としては短編の2作目になります。
これは12/16話目です。
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