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第2王子の王位継承  作者: 嘉戸なすは
第二章 旅立つ者たち 編
8/23

第8話 見ている景色




   ・・・




「ふへぇー」


 なんとも気の抜けたため息が出た。

 やっとこさ卒業だってのに、まーだへとへとになる訓練が目白押し。

 気遣いってやつがないんかな。

 机に突っ伏し、一眠り…と思ったけど、無理。

 教室は騒がしくて寝てもらんないし。


 これも全部、あいつのせいだな。


「トゥル」


 女子の声が俺を呼んだ。

 声の主は手を出す隙もない女の子だから、気分も上がらない。


「どうした、キール」


 見れば、眼鏡を掛けた少女。

 真面目な風貌を裏切らない学力を持ちつつ、なぜか騎士部門にいる女の子。

 キール・アッサーだ。


「ふざけた顔してるわね」

「ひでーな。これでも女の子にモテモテなんだぞ」

「違うわよ。顔ではなくて表情の方よ」

「?」


 身体を起こして顔を手で触ってみる。


「変か?」

「もう直った」


 言って、キールは俺の隣りの席に座った。


「なぜそんなに疲れているの。他の部隊より私達やあなた達は楽なはずでしょう」


 俺の部隊も、キールの部隊も、騎士が1人欠員している。

 今更追加募集することもできず、他の部隊より1人少ない4人で活動中。

 大変だろうからって、いろいろ手心を加えてもらって。

 数的不利もなく、むしろ楽な場合もあるけど。


「今の俺の疲れは肉体的なのじゃなくて、精神的なやつだよ」


 そう。全部あいつのせい。


「またクライノートと何かあったの? 本当に大変ね、あなた」


 レンとシルトがいなくなった頃から、同じ部隊のクライノートが荒れ始めた。

 似合ってもない装飾具を無駄にジャラジャラ着けてる、偉ぶったやつ。

 クライノート・ホミュティ。

 なんでも父親は竜盤院とかで、とにかく偉いらしい。

 ほぼ間違いなく親の悪影響だろうけど、クライノートは俺のような平民には当たりがきつい。付け加えれば下級貴族にも厳しい。


 それは今どうでもいいとして。


 とにかく、そのクライノートの当たりが、俺の友人2名が行方知れずになってから悪くなった。

 もともと悪いのにさらに悪くなったので、最悪。

 顔を合わせるたびに、みすぼらしいやら下賤げせんの者がとか、うるさすぎる。


 もちろん俺だって逃げてるよ。

 でも、探してるんじゃないかって思えるほど、クライノートは俺の前に現れるんだ。


「全部、レンのせいだよ…」


 思わず漏らした言葉にハッとする。

 横に居座る女の子が、あいつの名を聞いてどんな反応をするか分からなかったからだ。


「そうね。すべてレンが悪いわね」


 女の子の機微きびに敏感な俺でも、そう言ったキールがどんな感情を抱いていたのかは分からなかった。

 キールはそれまでと変わらぬ調子で、ちょっとだけ笑っていた。


 耳を澄ませば、そこかしこで「レン」って言葉が聞こえてくる。


 俺の平民仲間だったレン・アロイスは、実は王子様で、今や王様になってしまった。


 まるで演劇になりそうな人生だ。


 同じ部隊だったシルト・フランメルも、近衛騎士団団長になったらしい。

 そういった事情を知って、やっとクライノートがイラついてる原因が分かった。

 また嫉妬だ。

 レンの傍にシルトがいることが嫌なんだろう。

 しかも前と違ってレンに強く出ることもできなければ、シルトに会うこともできなくなってる。

 だから平民にまりに溜まった鬱憤うっぷんを吐き出しているんだ。


 どうよ、レン。

 クライノートがシルトに惚れてるって俺のカン。

 やっぱ当たってるっぽいぜ。


「トゥルは、レン達に会いたい?」


 やはり普段通りの口調で、キールが訊いてくる。


「うーん、そうだなー…俺はどっちかって言うと…」


 ちょっと真剣に考えてみる。


 だけど、答えは最初から決まってた。


「アミリエ教官に会いたいなー」


 横から盛大なため息が聞こえたのは、まぁ、どうでもいいだろう。




   ・・・




「ねぇ、なんとかならないかな」


 卒業式が徐々に近づく、とある昼下がり。

 私は友達を元気付けるため、緊急会議を開催していた。

 場所は最近商業区にできた素敵なお茶屋さん。

 前から目を着けていた注目のお店。

 小さな店舗だけど、落ち着ける色調の壁紙や机と椅子。飾りとしてたくさん楽器が店内に並んでるとこもイイ。

 運ばれてきた紅茶やお菓子も、お値段以上の価値ありとみた。

 恋人同士がよく来るみたいだから、来るなら男の子と、って思ってたしちょうど良かった。


「私達がエルンにしてあげられることって、なにかないかな」

「そう…言われてもなぁ」


 学校から『ほんのちょっとだけ』強引に連れてきた、この穏やかな雰囲気の男の子。

 彼はエルンの部隊の指揮官、フェイ・ヴィンティットくん。

 さっきから困り顔で笑うだけで、話に乗ってくれない。


「今日の模擬戦の時も全然元気なかったでしょ。絶対悩んでるんだって」


 エルン・リーベは私の友達の女の子。

 頭の横で結われた髪と、切れ長の目がとってもかわいい。

 玉の輿こし狙いなんて不純な目的で支援部門にいる私とは違って、一流の魔術師を目指して魔術部門に通う頑張り屋さん。


「メイ。君の気持ちは分かるよ。だけど僕たちが踏み込んでいい問題ではないと思うんだ」

「だからぁ、あいつとどうにかしてあげたいんじゃないの! 元気にしてあげたいの!」

「メイ、『あいつ』はまずいと思うよ」


 フェイくんはきょろきょろ周りを見て、近くに他のお客さんがいないのを確認する。

 私のお願いより、あいつの名前の方を気にしてる。


「今さらでしょ。どう呼べっていうのよ」


 ねた声を出すと、フェイくんはやっぱり困ったように笑う。


「ちゃんと『陛下』ってお呼びしないと」

「イヤ」

「嫌でも、そうしないといけないんだよ」


 私をさとすように、優しくフェイくんは言う。

 フェイくんの声を聞いていると、心が落ち着いてくる。

 けど、やっぱりあいつを『陛下』だなんて呼びたくない。


「あいつは、エルンを捨てたんだ。許せない」


 レン。

 レン・アロイス。

 仲のいい男友達だった。

 一緒に買い物に行ったこともある。

 いいやつだって思ってた。

 だけど、裏切られた。

 なにもかも嘘だった。

 私達を散々騙しといて、いざ王族に戻れるってなったら、さっさと王様になってしまった。


「泣いてたんだよ」


 そして、なにより許せないことがある。


「あいつが王子だって分かって、エルンの様子がおかしくなって、心配しても無理に笑顔つくるし。正式に王様になったらもっとエルンが元気じゃなくなって、どうしても心配だったから人目のないとこに連れ込んで『本当に大丈夫?』って何度も何度もしつこく聞いて、そしたらエルン、あたしは大丈夫だって、すごい元気だよって、ぽろぽろ泣きながら笑ったんだよ。なんで涙が出るんだろって、ごめんねって、私に謝って泣いたんだよ」


 私のことなんてどうでもいい。

 エルンを悲しませたことが、傷つけたことが、許せない。


「いろいろ事情があったんだよ」

「だったらなんでエルンに近づいたの? こうなるかもって、思わなかったの?」


 エルンとあいつが、親しかったことは見てれば分かる。

 特別な関係じゃなかったけど、そうなる一歩手前だったと私は思う。

 同じ騎士部門のシルト・フランメルって人とも仲が良いって聞いたこともあるけど、断然エルンが親密度では勝っていたはずだ。

 エルンが負けるはずはない。


「知ってる? あいつがエルンの手を躊躇ちゅうちょなく握れること。特に理由もないのに髪ひもをエルンに買ってあげたりすること」

「………」


 私が勢いに任せてまくし立てるので、フェイくんは黙ってしまった。

 その顔を見て、急に冷静になる。


「…ごめん、ひどいこと言った」


 謝ると、フェイくんは穏やかな表情のまま、静かに首を横に振った。


「話、戻すね。エルンを元気にする方法、なにかないかな」


 嫌な女だ、私は。

 あいつは、フェイくんの友達でもあるのに言いたいこと言いまくって。

 きっと聞いているだけで辛かったと思う。

 それでも、フェイくんはまだ私に付き合ってくれている。


「僕もエルンには元気でいてほしい。一緒に、考えようか」


 フェイくんの言葉に、私は「うん」と小さく答えた。




   ・・・




 レン・アロイスという、ふざけた男がいた。

 礼節をわきまえない、平民の男だった。

 剣の腕は立つようだったが、家柄など無いに等しい。


 見下していた。

 馬鹿にしていた。

 結局俺には勝てないと、優越感にひたっていた。

 俺が上で、やつが下。

 越えられない壁が、俺とやつの間にはあったはずなのだ。


 だというのにっ。


 あの雨の日の夜、父上から伝えられた言葉で、俺の認識は崩壊する。

 笑えることに、あの男は王族であったらしい。

 そして、今やエストラークの王になっている。

 王とは、国で一番偉い人間。

 つまり、やつは俺を追い抜き、俺はもうやつを追い抜けないということだ。


 気に食わない。

 認められるはずがない。

 あろうことかやつはシルトまで連れていった。

 同じ部隊にいたあの美しい彼女を、やつは近衛騎士団団長に任命し傍に置いていると父上から聞いた。

 あの男のせいで、シルトとも会うことが難しくなってしまった。


 本当に忌々(いまいま)しい。


 かつてシルトに婚約前提の交際を申し込んだとき、やつの名前を出して断ってきたのは何かの冗談だと気にも留めなかったものだが、シルトがやつの秘密を知っていたとなると、出任せの返答であったとは言いきれない。


 ちゃんと潰しておくべきだったか。


 いや、どの道やつが王族であったならホミュティ家の力を動かしても、うまくはいかなかっただろう。

 こうすれば、ああすればと過去を振り返れば振り返るほど、王族であるやつには何もできないことが分かり、なお俺の怒りをあおる。

 1人、沸騰しそうな心を静めていると、いきなり扉が開いた。


「なんだ、ここにいたのか」


 俺は読んでいた本を閉じる。

 扉を叩くことなく部屋に入ってきたのは、ネルヴェース・ホミュティ。

 竜盤院に席を置く由緒ある貴族ホミュティ家の現当主にして、俺の父上。


「本を読みながら、少々考え事をしておりました」


 父上の書斎には壁一面の棚。そこにずらりと本が並んでいる。

 後学のためここにはよく本は読みに来る。静かに考えを巡らせるときにもいい。


「明日は確か卒業式だったな」


 父上の仕事部屋でもある書斎。父上が帰ってくれば、邪魔にならぬよう退室する。

 俺が読んでいた本を棚に戻そうかというときに、父上が明日の卒業式について訊いてきた。


「そうですが、それがどうしましたか」

「明日の式には陛下が列席される。お前は学友だったのだろう。私が引き合わせてやるから挨拶しておけ。将来的に損はない」


 思わず、本を持つ手に力が入る。


「挨拶、というと…」

「なんでもかまわん。忠誠を誓うだとかなんとか言っておけ。とにかくお前が陛下に従うということを示すのだ」


 この俺が、あの男にへりくだれというのか!

 たとえ上っ面な言葉であるとしても、口にするという行為自体、俺の自尊心が耐えられない。


「…父上、そういったことはまだ先でも」

「どうした、嫌なのか」

「嫌というわけではありませんが……先ごろまで友人でしたので、接し方というか、そういうものが」


 渋る俺に、父上が「クライノート!」と名を叫ぶ。


「詰まらん感情は捨てろ。お前はもっとホミュティ家の跡取りとしての自覚を持て。わずかでも利になるのなら、それは実践するのだ」


 俺は、父上のこういうセコイところが嫌いだ。


「陛下は若く未熟者であることは明白だ。だがな、竜が王族にしか扱えない以上、どう化けるか分からない。私は竜盤院寄りの立場を取る。だからお前は陛下の近くにいろ。竜盤院と陛下、どちらが勝とうがホミュティ家が栄えるよう、うまく立ち回るのだ」


 家のためと言って、平気で頭を下げられるところも嫌いだ。


 俺は笑顔で「はい」と返し、この場から去ろうとする。


「それとな」


 と、本を戻して部屋を出ようとしていた俺を父上は呼びとめる。


「本は、背表紙を揃えろ」


 言って、俺が棚に入れた本を少し手前に引き、並び合う本の背表紙が平らになるようにした。


「すみません、父上」


 ああいう神経質なところが、一番嫌いだ。




   ・・・




 卒業式当日。

 俺は、学校へと向かっていた。

 以前のような徒歩ではなく、4頭立ての馬車に揺られ、そして数多くの護衛に囲まれながらの登校だ。

 同じ馬車の中には、ユリーとシルトの姿もある。

 当然、教官服や制服ではない。最近やっと見慣れるようになった近衛騎士団団長、副団長の騎士服だ。

 そういう俺も王の衣装を身につけているわけで、これが公務であることを物語っている。


「懐かしいですね」


 窓から流れる景色を見ていたシルトが 独り言のように言う。


「毎日、一緒に歩いたよな」


 同じ感想を抱いていた俺は、シルトに習い窓の外を眺める。

 おおよそ3ヵ月ぶり。

 長いようで短いその時間を、俺は王として過ごしてきた。

 それは仕事に忙殺される日々。

 もしも学生を続けられていたら、どんな毎日を過ごせただろうか。

 楽しく、気楽で、騒がしい日々を過ごせただろうか。

 少しだけ、昔の自分に戻りたくなってしまった。


 …だめだな。感傷的になってる場合ではない。


 これから大仕事があるのだ。

 エストラーク騎士学校で来賓らいひんとして卒業生に祝辞を述べないといけない。

 同級生の卒業式に来賓で招かれるなんておかしな話だが、これも広報戦略の一環らしい。


 俺のこれまでの人生は、波乱万丈とまでは行かないまでも、中々に人の興味をそそるものとなっている。


 身分を隠し平民として生きていた王子が、殺された兄の跡を継ぎ、竜と共に敵国を打ち払う。


 王位継承の前、俺の印象を良くするため、民衆に受けが良いような部分は強調されて広められた。

 そのおかげと言えばいいのか、国民からの評判は良く、さらに俺を題材にした演劇の認可を求める申請まである。

 そんな中で、かつて在籍した学校に俺が行けば、それだけで関心が集まる。

 ここでまたひとつ、『レン・エストラーク』を売り込むのが今回の目的である。


 とは言え、卒業式に行けることは、俺は単純に嬉しかった。


 俺もシルトも、特例措置として学校は卒業した扱いにされている。

 ほぼ6年間通い続けたというのに、締めくくりとも言える卒業式に出ないというのは口惜しい。

 以前よりどうにかならないか考えていたところに、この仕事。

 まさに渡りに船。

 完全に立ち位置は変わってしまっているが、卒業式に参列できるだけでも十分だ。


「レン様」


 物思いにふけっていると、ユリーの声。


「まもなく、到着です」


 俺は頷き、目を閉じて自分に暗示をかける。

 『レン』ではなく、『エストラーク王』であれるよう、意識を埋没させていく。


 馬車が速度を落として、止まる。

 がちゃりと、馬車の扉が開かれた。

 ゆっくりと目を開けて、俺は動きだす。

 扉を出れば、そこには見慣れた光景。

 俺のいた、学校だ。

 すぐに周りを近衛騎士たちが囲むので、立ち並ぶ校舎を鑑賞する雰囲気ではなくなるが。


「お待ちしておりました。陛下」


 校門前で、校長と教官が出迎えてくれる。

 学生時代、うやまう対象だった彼らに下手したてに出られると、悪いことをしているみたいで気が引ける。

 きっと彼らも、元教え子や元同僚にやりづらいことだろう。

 ちょっと申し訳ない。


「招待、感謝する」


 謝意を示し、護衛を連れて歩きだす。

 勝手知ったる自分の庭みたいなものだが、校長達の案内に従って歩く。

 目的地は、屋内訓練場。

 そこで、卒業式が執り行われる。




   ・・・




「みんな卒業おめでとう」


 そんな言葉で、レンの挨拶は始まった。

 普段は殺風景な屋内訓練場には舞台が造られ、その上にレンは立っていて、あたしはそれを下から見上げている。


 あの日と同じだ。

 またあたしはレンを下から見上げている。


 卒業式だけあって、ここには学校の全生徒が集まっていた。

 2階部分の観覧席には保護者も関係者もいて、屋内訓練場は見渡す限り人。

 それだけの視線を集めながら、レンは堂々とあたしたち卒業生にお祝いの言葉を送っている。


 すごいって、素直に思う。


 レンが学校からいなくなって3カ月くらい。

 あたしはいつも通り学校で授業を受けたりしてただけ。

 けど、レンは違う。

 短い時間を、多分あたしなんかじゃ想像もできない世界で過ごしてきた。

 レンのことだから、王様になるためいっぱい努力したんだと思う。

 だから、あんなに胸を張って壇上に立っていられるんだ。


 すごいよ、レンは。


 学校でも、街でも、レンは人気がある。

 ちょっとカッコよく言われ過ぎだと思うけど、頑張ってるレンに免じて、我慢しておこう。


「学友だった私が、こうして前に立って祝いの挨拶あいさつをすることに違和感を覚える者もいると思う。私自身、おかしなことをしている自覚がある」


 これまでのいろいろで、あたしはたくさんの感情を得た。

 悲しさや寂しさ。切なさや苛立いらだち。

 なんてあたしらしくないんだろう。

 か弱い女の子みたいで、恥ずかしいよ。


「今、エストラークを取り巻く状況は、以前とは違う体相ていそうを示している。自らの将来がどうなるか分からず、怖いだろう。私がみんなの立場だったら、きっとそう思うはずだ」


 渦巻く感情は、しっかり心の奥底に仕舞い込んだ。

 メイみたいな子が無理やりこじ開けたりしない限り、表には出さない自信がある。

 レンが卒業式に来るって聞いたときも平気だったし、今日だってレンの顔をちゃんと見れてる。


 よしっ。いつまでもレンに振り回されるあたしじゃない。


「情勢揺らぐ昨今であるからこそ、みんなの力が必要だ。みんなの力でエストラークを支えてほしい。守ってほしい」


 とりあえずレンは放っておいて、シルトとユリー先生に目を向けよう。

 真っ白な軍服。美人の2人には似合ってる。

 近衛騎士の服みたいだけど、ちょっと違う。もう少し豪華っぽい。

 近衛騎士団の1番と2番をしているらしい。2人もすごい。

 レンの後ろに並んで直立する姿は、王様と騎士って感じでとっても絵になる。

 そういえばクライノートが荒れてるってキールが言ってたっけ。

 なんでもトゥルが被害に遭ってるとか。

 うーん…。この後また機嫌が悪くなるのかな?

 クライノートには近寄らないよう気をつけとこ。


「今日を境に、みんなは新しい世界に旅立っていく。このエストラーク騎士学校で学んだ全てを、新天地で遺憾無く発揮し、この国に生きる人々のため、尽力してくれ」


 クライノートは避ければいいとして、問題はメイだ。

 あたしの予想では、高い確率であたしに会いにくるだろう。

 この前あの子の前で泣いちゃったからな~。

 不覚だ。

 絶対あたしが落ち込んでるって思って、何かしてくれるんだろうな。

 いい子なんだけど、勢いが良すぎてときどき困る。


「以上だ。静聴ありがとう」


 えっ! 以上って、もう!?


 言ったレンは、シルトとユリー先生を連れて壇上を下りてしまう。


 しまった。

 考え事しながらぼけっと見上げてただけで、ほとんど話を聞いてなかった。


 これはあれだね!

 全部、レンが悪いのよ。

 あたしは真面目に聞こうとしてたんだし、レンがいろんなことを思い出させすぎるのが悪い。

 まぁ、立派に王様できてるみたいだから、それが分かっただけで良しとしよう。


 さて、このあとどうしようか?


 まずは魔術部門の子たちとお別れをしてから、フェイ達と集まって打ち上げか。

 あたしたちの部隊、最後の祝賀会に参加できないレンに、ざまあみろって、心の中だけでつぶやいたのは秘密だ。


 そしてもう一個。


 レンの顔が見れて喜ぶ自分がいたことも、絶対に秘密だ。




   ・・・




 エストラーク騎士学校卒業式を終えて、私達は王城への帰途についています。

 今日のレン様もとても御立派で、私も見ていて誇らしかった。

 まさか卒業式に教官ではなく、近衛騎士団副団長として参加するとは夢にも思いませんでしたが、レン様が王として活躍されるのを身近で見守れるのは喜ばしいこと。

 レン様も母校であるエストラーク騎士学校に出向くことで思うところもあるだろうと心配でしたが、今日まで悩む素ぶりはお見受けできなかったので、少し安心していました。


 ですが、公務を終えられてからレン様のご様子がおかしい。


 舞台での挨拶を終え、式が終わり、学校に用意された控室に戻られてから、途端に塞ぎ込んだように口を閉ざされてしまわれました。

 ホミュティ侯爵が息子のクライノートとともに控室を訪れた際も、クライノートがレン様におもねりへつらった言葉を掛けている間も、どこか上の空。


 何かあったことなど、私も、そしてフランメルでも気付けるほど、弱っておられた。


 それでも、控室には他の騎士もいたこともあり、レン様に理由をお聞きすることはしませんでした。

 そして馬車に乗り込んで、私やフランメルという近しい人間しかいなくなっても、レン様は口を開かずに窓の外を眺めておられる。


 我慢できなくなり、私はレン様に訊いた。


「レン様、どうなされたのですか。式を終えてから落ち込まれているご様子ですが」


 レン様は窓の外を見つめられたまま、口を開く。


「兄さんの気持ちが分かってしまった…」


 突然、兄君オルタ様の話が飛び出し、レン様のおっしゃりたいことが私には分からなかった。


「兄さんはあの日、立ち並ぶ学生の中から俺を見つけた」


 察するに、視察団の見送りの日でしょうか。


「会いたい人というのは、意識してもいないのに、目についてしまうものなんだな」


 そう言うレン様は、寂しそうに小さく笑う。

 真意をみ取れない私は、言葉をお掛けすることができない。


「エルンですか?」


 隣りでフランメルが1人の女性徒の名を出した。


 エルン・リーベ。


 レン様の部隊にいた魔術師だ。

 頭の横で結われた髪に、切れ長の目をした生徒だと記憶している。


 なぜ、その名がここで出るのだろうか。


「ふふっ…」


 フランメルの問いに、レン様はこちらを見て微笑を浮かべる。

 隣りのフランメルをうかがえば、真剣な顔でレン様を見つめていて。


 それっきり、馬車の中は静かになって、何かを話す雰囲気ではなくなった。




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