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みずいろ  作者: peony
8/10

part8

---8


翌日の仕事終わり、雫は凛子と会社近くのカフェで向き合っていた。二人の前には湯気が柔らかく立ったコーヒーと、何とも言えない重たい空気が流れていた。

先にコーヒーに手を伸ばしたのは凛子だった。長い黒髪をかきあげ、ゆっくりとカップに口をつける。その仕草を、雫はうっとりと見ていた。本当に凛子はきれいだ。

凛子は雫の視線に気付き、「何?」と聞いた。雫は首を振り、自分のカップに手を伸ばした。

「凛子は相変わらずきれいだなぁと思って」

凛子はまじまじと雫を見つめ、やがて小さく溜息をついた。

「あたし、雫って変わってるって思ってた」

「あら、そうかしら」

「あたしはね、昔から女には好かれなかったわ。理由はわかってる。そうね。はっきり言うけど、美人だし、気が強いから。群れるのも大嫌いだったわ。イジメられたこともあったし、女自体に信用はなかった。けど雫、あなたは違った」

店内は全体的に木目調のインテリアで統一されていて、間接照明が照らすことによって、暖房とは違った暖かな空気を纏わせている。しかし外は真っ暗で、道行く人はコートやマフラーに顔の半分を埋め、寒々しかった。時々、外から入ってくるひんやりとした風が足元にまとわりつくと、一瞬にして鳥肌が立った。

「ねぇ、雫。あなた私に初めて会った時、何て言ったか覚えてる?」

雫はしばらく考えてみたが、思い出せずに首を振った。凛子は泣きそうな顔で笑った。

「あなたとってもきれいね。友達にならない?って言ったのよ。あたしびっくりしたわ。そんなこと面と言う女は初めてだったから、同時に警戒した。たまにね、いたのよ。私を褒めながら近寄ってくる女が。でも大抵私に近寄ってくる男が目当てだった。色々あったから、それなりに見抜く目は養えてた。でも、あなたはそんなじゃなかった」

雫はふと思い出した。リクルートスーツに身を包んだ凛子は、明らかに周囲と掛け離れた美しさを放ち、凛々しかった。同い年とは思えない色気や凛々しさに雫は見とれ、声をかけたのだ。

「だって、本当にそう思ってたからよ。今も変わらない」

「そう。あなたは変わらない。変わってない。だからあたしはあなたには幸せになってほしいのよ」

話の本質に入ったと感じた。雫はひとくち、コーヒーを啜る。既に冷めきったコーヒーは、今の雫の心を何一つ動かしてくれない。

「ねぇ、雫。柳に告白されたでしょう?」

柳、と聞いて、雫の肩が一瞬小さく震えた。

「柳はずっとあなたが好きだったのよ。あたしはあいつがいつも雫の姿を追うのを見てた。たまに相談に乗ってたのよ。けど関係が壊れるのも怖いって…そうこうしてたら転勤になって。ねぇ、雫。柳は今度海外赴任になるのよ」

雫ははっとして凛子を見た。凛子は真剣な眼差しで雫を見ている。

「柳は雫についてきてほしいって思ってる。意味、わかるよね?」

「そんな…」

凛子は雫の手を握った。

「雫、水田さんはやめなさい。本当に。あの人は快感を与えてくれるかもしれない。でもそれは一瞬のことなのよ。ずっとじゃないわ。結婚が全てだなんて、そんな古臭いこというつもりはさらさらないけど、でも柳とならずっと幸せに暮らせると思うの。快感以上のものを、二人は作っていけると思うのよ」

「凛子…」

「お願いよ、雫」

凛子の手を握る力が強くなる。

「…凛子、本当に嬉しい。ありがとう。私のこと考えてくれて」

雫は凛子の手をそっと握った。

「私ね、水田さんとの結婚なんて考えたことない。したいと思ったこともないわ。この関係がいつまで続くかもわからないし、考えたこと自体ないの。でも、彼のそばにいたいのよ」

凛子は大きな黒い目を見開いた。その目はやがて水の波紋が広がり、大きな粒となってこぼれ落ちた。

「凛子、あなたは何かにハマって抜け出せなくなったこと、ある?私はね、彼は毒だと思ってる。麻薬みたいなもの。実際麻薬を服用したことはないけど…きっとこういう風になってしまうんだと思ったの」

「こういう風になる…?」

雫は微笑んだ。泣きそうになるのをこらえた。

「一度やってしまったら、もっともっとってなるの。私は今麻薬中毒者と同じよ。彼を求めてしまうの。冷静な部分もちゃんとあるわ。そこで考える力もきちんとある。だから柳君と付き合って結婚すれば、きっと幸せになれると思うのよ」

「そんな…仮に麻薬中毒者と同じなら、きっと後悔するわ!そうでしょう?だって何も残らないのよ?あいつは次々女を変えていくわ。セックスでの快感なんて、人生の中でほんの一瞬じゃない。そんなこと、生きていく上でさほど重要なことじゃないでしょう!?気付いた時には何もないなんて…そんなこと、雫に経験してほしくない!」

凛子の目からとめどなく涙がこぼれ落ちた。その目は怒りと悲しみと、少しの軽蔑が入り交じっていて、まるで灰色のようだった。






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