part7
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外から漏れてくる街頭の光が、闇の中からうっすらと水田を浮かび上がらせている。
「なぜ」
掠れた声で、雫は聞いた。なぜ、ここにいるの。
「なぜ?まさか忘れたのか?今日僕は君の家に行くと言っただろ?」
水田はゆっくりと締めた鍵から手を離す。そして、狭い玄関にしゃがみこみ、雫と視線を合わせる。
「雫、柳君と一緒にどこに行ってたのかな?」
雫の目が大きく開かれる。水田は相変わらず妖しい笑みを湛えたままだが、その笑みの端々から冷笑とも取れるような歪みが生じていた。
「…飲みに行っていたわ」
「そうか。随分遅かったね?」
これは一体何なのだろう。いつもの水田じゃない。それだけはわかる。
ゆらりと何かが揺れた、と思った次の瞬間、水田の体が雫の体に覆い被さってきた。
「!?水っ…」
雫の声を遮り、水田の唇が雫の唇に重なる。
「水田さん、やめて…」
噛み付くようなキスの隙間を縫うように、雫は水田の体を押し退けようとする。しかしもう遅い。水田の一部に触れてしまえば、そこから毒が溶け出し、雫の中心から樹液のように粘着いた蜜が溢れ出す。
水田の唇は冷たいのに、口の中は激しい熱を持っていて、水田の舌が雫の口の中を這い回ると、たちまち雫の体が徐々に熱を帯び始める。
水田は、雨で濡れた雫のトレンチコートのバックルをするりと外し、下着の透けたシャツをじっと見下ろす。暗闇に水田の青白い顔が浮かび、その目は何も見ていないように見えて、しかし奥深くに飢餓感を剥き出しにした獣がいるようだった。
雫は固唾を呑んだ。有り得ない…と思いながらも、このまま水田に殺されてしまうのではないかと錯覚するほど、息苦しい沈黙だった。
不意に、水田が体を屈め、雫の耳にそっと呟いた。
「雫、君が欲しいんだ」
雫の脳がピリピリと痺れ、毛穴という毛穴が開くような感覚に襲われる。水田はそのまま雫の耳たぶにキスをし、徐々に下へ下がる。濡れたシャツの上から胸元を舐めあげる。雫の喉の奥から甘い息が漏れる。
この人の全てが、存在自体が、私を中毒患者にしている。時々わからなくなる。私はこの人の心が本当に欲しいと思っているのだろうか。このうねるような快感を与えてくれる唯一の人だと、そう思っているから心が欲しいと勘違いしているのではないだろうか。
さっきまでの体の冷えはなく、快感の籠った熱が雫の内部から発せられている。水田がゆっくりと雫の中に入ってくる。焦らすような入り方に、雫の腰が自然と浮く。
「雫」
ゆっくりした腰の動きがもどかしくて、雫の眉間にシワがよる。
もっと。もっと奥まで突いて。お願い。
「君の体は本当にいい」
そう水田が呟いた瞬間、一気に奥まで突かれた。雫の口から甲高い小さな悲鳴がこぼれた。
徐々に水田の動きが速くなり、止まったり、ゆっくりになったり、回転したり、時々雫の敏感な部分を細く長い指で摘みあげる。
雫は、自分の中から沸き上がる熱や、とろりとした蜜が、自分の骨も臓器も、全て溶かしつくしてしまい、いつか消えるのではと不安になった。だが、それも一瞬のことで、発する言葉は水田を求めることだけだ。雫の中から津波が押し寄せてくるような、じわじわとした感覚が襲う。雫は耐えきれず水田の首にしがみつき、首筋に歯を立てた。
水田が雫を突き上げれば突き上げるほど、波は大きくなる。目の奥に火花が小さく散り始める。
雫は水田の首を噛んだまま、唸り出した。水田は雫の体を抱き締めながら、スピードを上げていく。
「雫。君はきっと…」
切れ切れの吐息から、水田は何か言おうとしたが、雫の耳には入らなかった。ただ、自分の中にいる獣の声を聞いた。
「あぁ、もう…」
水田がそう呟いた時、雫は咆哮した。土砂降りの雨の中に、雫の声は掻き消え、やがて水の中に沈んでいった。