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みずいろ  作者: peony
5/10

part5

---5


「…え?」

雫は掲げたグラスをゆっくりおろした。

「やだな。そういう冗談は苦手だよ」

「冗談じゃない。凛子は前から知ってたんだ。俺が、雫を好きだってこと」


それから柳はつらつらと話し始めた。入社したときから気になっていたこと。仲良くなりたくて近付いたこと。仲良くなればなるほど気になる存在から好きな人に変わっていったこと。何度も告白することを考えたが、友情が壊れるのが怖かったこと。そんなこんなしている内に本社への転勤が決まり、諦めるつもりで女の子と付き合い始めたこと。彼女ができたと話したとき、雫が心底おめでとうと言ってくれたことに深く傷ついた自分に気付き、彼女と付き合い続けられないとわかったこと。そのあと何人か付き合ったが、やはりうまく続けられなかったこと。

話し終えた柳は喉が渇いたらしく、乾杯をすることなくほとんど氷が溶けてしまったスコッチを一気に半分ほど飲んだ。

雫のカルアミルクの氷もほとんどが溶けてしまい、柔らかいクリーム色の液体と分離してしまっていた。

温かな水が、自分の心を、脳を、ひたひたと充たしてくるのがわかった。グラスについた水滴を、雫はそっと指で掬った。

「雫」

柳が雫の方に体を向ける。切羽詰ったような表情に、雫は次に何を言われるのかわかった。そして、薄く微笑んだ。

「…凛子から聞いたのね」

柳はぐっと言葉を飲み込んだようだった。水田と凛子は同じ営業部。しかも付き合っていた。そして、雫は彼のその他大勢の内の1人だということを凛子は知っている。恐らく凛子と交流を重ねていたのなら、柳の耳に入っていておかしくはない。

雫はようやくカルアミルクを口にした。氷の冷たさと温くなったリキュールが喉の奥で混ざり合う。

「…水田さんのこと、好きなのか?」

「好きじゃなかったらこんな関係にならない」

「じゃあ何で付き合わないんだ」

「…選ばれる存在になったら、余計にしんどくなるもの」

好きな人を独占したい、と思う気持ちは、恋する者なら誰もが持つ甘くて苦い感情ではないだろうか。でも、その感情は、付き合っても尚続く。何なら付き合ってからの方が苦い、苦しい感情が増えてしまうだろう。水田という存在と付き合うということはそういうことだ。凛子が言っていたように、彼女という存在になったからといって安心できるわけじゃない。むしろ逆だ。常に女の存在に怯え、相手の言葉の端々から警戒心や疑いの目を向けてしまう。

「彼女って存在になったら、いつ終わりがくるのか、怯えなくちゃいけない日々だわ。けど、今の関係ならそんなこと考えなくていいもの。開き直ってしまえばとても楽よ。だって、私が望んでいるものの殆どはあるから」

「…心がないのに?」

柳の言葉に、雫の肩がピクリと揺らいだ。

そう。柳の言う通り、水田の心はない。その心を得てしまえば、きっと地獄のような日々を味わうことになるのだろう。彼女という存在は特別なものだ。けれど、その存在になれば、きっと歯止めが利かなくなる。彼を独占したい。私だけを見て欲しい。私以外に触れないで。お願いだから。

あぁ。やっぱり。雫は思った。私はやはり毒に冒されている。甘いお菓子のような、水田の毒にハマってしまったのだ。取って付けたようなセリフで惑わされている自分が滑稽だとわかっていても、雫の脳が、体が、水田を求めている。

「…雫」

柳の長い指が、躊躇いがちに雫の手に触れた。雫はハッとして手を引っ込めようとしたが、それよりも速く、柳の手が雫の手を握り締めた。柳の手は湿っていて、心地いい体温だった。

「俺は雫のそばにいる。不安にさせたりなんかしない」

「柳君…私はやめておいた方がいい。あなたが思ってる以上に、私は」

「今すぐじゃなくていいんだ」

柳の手に力が篭る。そして、また射るような視線を雫に向ける。

「俺と…いや、俺の彼女になってほしいんだ」

雫の戸惑い、困惑した視線と、柳の一途な視線が絡み合う。

「柳君、私…」

ピリリリリッ

無機質な着信音が響く。雫はスマホを見た。ディスプレイには「水田」の文字が浮かび上がっていた。



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