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みずいろ  作者: peony
4/10

part4

---4



「雫?」

会社帰り、電車を待っていた雫の背後から声がして、雫は振り向いた。そこに立っていたのは同期の柳だった。雫は驚いて思わず目を見開き、口を押さえた。

「柳君じゃない!どうしてここに?」

柳は三年前に本社へ栄転していた。凛子と三人、とても気が合い、毎晩飲み明かすような仲だったが、柳は本社へ。凛子も営業部で頭角を現し忙しくなったため、すっかり疎遠になっていた。

「やっぱり雫だ」

柳は端正な顔立ちだが、笑うと少年のように可愛らしくなる。雫は柳の笑った顔がとても好きだった。少し大人びた今、それは変わらなかった。

雫は辺りを気にすることなく、柳の腕を掴み、激しく揺すった。

「わぁーほんとに久しぶり!元気だった?本社ではどう?相変わらず仕事バリバリしてるの?」

そんな雫に、柳は照れ笑いをし、

「元気だよ。だから落ち着けって」

と言いながらも、雫の腕を振り払わず好きにさせていた。

雫はあまりの懐かしさに、頬が紅潮していた。

「だってほんとに久しぶりなんだもん。今日出張なの?」

「うん。3日間出張。本当は明日からなんだけど、遠いし前泊で来たんだ」

「そうだったんだ。凛子に知らせなくちゃ。ねぇ、飲みに行こうよ!久しぶりだし」

雫は携帯を取り出し、凛子に連絡しようとした。

「なら、今から行こう」

柳は雫の行動を遮るように力強く言った。雫はスマホの画面をスワイプしようとしていた手を止め、柳を見た。

「今?」

「都合悪いか?」

今日は水田が家に来ると言っていた。ホームの時計をちらりと見る。まだ水田は残業だろう。

「大丈夫だけど、凛子はまだ仕事かも」

「いいよ。2人で行こう」

「2人で?」

柳とよく飲みに行ったが、2人きりは初めてだ。

「嫌か?」

柳の声が緊張しているように聞こえるのは気の所為だろうか。

「嫌なわけないじゃない。じゃあ凛子に来れたらおいでって言っておくね。きっと喜ぶわ」

「凛子にはまた改めて俺から連絡しとくよ」

柳がそう言ったと同時に、電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。

「とりあえず行こう。時間もったいないだろ?」

柳はくしゃりと笑った。雫は少し。ほんの少しの罪悪感を心に抱いたまま、曖昧に笑って頷くしかなかった。



柳が連れていってくれた店は、昔3人でよく行った居酒屋ではなく、洒落たバーだった。雫は居酒屋に行こうと言ったのだが、せっかくだからと柳が連れてきてくれたのだ。

間接照明が柔らかく店内を映し出し、まるで微熱でもあるかのように体や頭がぼんやりとして心地がいい。テーブル席はなく、長い木目調のカウンターの奥には、色とりどりのリキュールや酒瓶が美しくディスプレイされている。

「こんなステキな店、よく知ってるね」

ゆったりとした大きな柔らかいソファに腰をおろし、雫は店内を見渡した。天井には1つ、だが豪奢なシャンデリアがきらきらと光っている。

「彼女と来たりするの?」

「彼女なんていないよ」

「あら。本社に行ってから付き合った子とは別れたの?」

「お前、情報古すぎ。いつの話だよ」

柳は呆れたように雫の隣のソファに腰をおろし、ネクタイを緩めた。

「今は誰とも付き合ってない。ここは本社の上司に教えてもらったんだ。たまにこっちには来てるんだよ。ただ日帰りとかがほとんどだから」

「そうだったの」

バーテンダーが二人の前にやって来て、オーダーを聞いた。柳はスコッチ、雫はカルアミルクを頼んだ。

「雫は?浮いた話あるの?」

柳は雫の方を見ずに、うつむいたまま聞いた。

「ある。…って言いたいところだけど、何もないわ」

バーテンダーが二人の前でカクテルを作り始めた。目の前にいるバーテンダーは若く、キレイに整えられた黒髪のオールバックに乱れはない。滑らかな仕草で淡々とカクテルを作っていく様子は機械的なようで、何だかエロティックだ。

「柳君からそんな話聞かれたことって初めてね」

「大体凛子と3人だったしな」

「あ、そうだ。凛子に連絡…」

「いいんだ。凛子は知ってる」

雫はぴたりと動きを止めた。そして、柳を見つめた。柳は困ったように雫を見つめていた。

「柳く…」

「凛子には、今日言ってたんだ。こっちに帰るって」

雫はきょとんとしていた。

「柳君、凛子が好きなの?」

今度は柳がきょとんとしたが、次の瞬間、間接照明の下でもわかるほど顔を赤くし、首を振った。

「ちっ!違うよ!」

「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。凛子は美人だもの。性格もいいし、お似合いよ?」

雫はクスクス笑った。しかし柳は全力で否定してくる。

「ほんとに違うんだよ!」

「じゃあ何で呼ばないの?会ってないんでしょう?」

その時、雫と柳の前にオーダーした飲み物が差し出された。「ありがとう」と雫が言うと、バーテンダーは業務用のとびきりの笑顔を見せた。

「雫は」

柳はぽつりと呟いた。その横顔は何か思いつめているようで、彫りの深い柳の顔に暗い影を落としていた。

「雫は相変わらずだな」

「何よそれ。とりあえず乾杯しようよ」

暗い空気を払拭しようと雫はグラスを持つ。しかし柳は掲げない。

「雫」

柳は意を決したように雫を見た。射るような視線に雫はたじろいだ。

「俺、雫が好きだ」

スコッチの氷がからりと鳴った。

「ずっと前から好きだったんだ」


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