part2
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その日を境に、水田との関係が始まってしまった。
水田の指が、舌が、唇が、雫の体を這い回る。雫の体は次第にとろとろと溶けていき、やがて自分でなくなっていく。
雫は獣になったり、母親のようになったり、迷子の幼女のようになったり、水田の毒によって様々に変化する。どんな雫になろうとも、水田はすべてを受け入れ、そして全てを雫に吐き出していく。
体を重ねれば重ねるほど、雫の体は満たされていく。しかし、それとは裏腹に心は枯渇し、そのギャップに雫は苦しんだ。
水田には何人も女がいた。そして、彼女という存在も。だが、この立場にある女は雫が水田と関係を持ってから既に3回入れ替わっていた。ある日、水田は雫を抱きながら言ったことがある。
「なぜ、彼女たちは僕を縛りつけようとするのかな?」
水田は相変わらず上弦の月のような目をして、口元には妖しい笑みを湛えている。雫の体を上から見下ろし、息を乱すことなく下から突き上げてくる。雫はその度声が出ないように口元を押さえた。
「雫は相変わらず声を隠すね。もっと聞かせてよ。遠慮しないで」
水田はそう言って雫の耳を舐め、雫の口元を隠していた手を剥ぎ取り、キスをする。水田の口はいつも潤っていて、舌は別の生物のようだ。
「雫の体はおいしい。何度食べても飽きないよ」
そう言うと、水田の腰つきが速くなった。雫の脳にピリピリとした電気が走る。繋がっている部分から体中の液体全てが流れていく錯覚に陥る。雫はまた声が出るのを押さえようと手を振りあげたが、水田が素早くその手を掴み、ベッドに押さえ付けた。
「イキそうなんだろう?いつもみたいに叫んでいいんだよ」
水田はまた雫にキスをする。深く深く舌を差し込み、絡ませる。水田が容赦なく突き上げる度、雫の喉の奥から獣のような唸り声が響く。
雫の中心部が、風船のように膨らんでいく。いつ破裂するかわからない恐怖と、早く破裂してしまいたいもどかしさで、雫は水田の舌を強く吸い、既に自由になっていた腕を水田の首に絡ませた。
「あぁ、雫。もう…」
水田の腰が更に速まる。風船はどんどん膨らんでいく。雫はぎゅっと目を瞑った。
早く、早く、まだ、まだダメ、早く-------
次の瞬間、雫の脳内がショートし、真っ白になった。声にならない声が響くのを感じた。
割れた風船から、とろりとした液体が溢れ出す。雫はそのまま深い闇に堕ちていった。
「雫、水田さんと付き合ってるって本当なの?」
ある日の仕事終わり、たまたま更衣室で同期の凛子と一緒になった。いつも残業が多い凛子と帰りが同じになるのは稀で、盛り上がった二人は飲みに行こう!となったのだ。
入社したばかりのときによく行ったお好み焼き屋で乾杯し、仕事の話やプライベートな話で盛り上がり、一瞬の沈黙があったあと、凛子がぽつりと聞いてきたのだ。豚玉をつついていた雫は「何それ」と笑った。
「そんな噂流れてるの?」
「付き合ってないのね?」
雫はこてを置き、レモンサワーを飲んだ。
「…付き合ってないわ」
事実だった。雫は水田と付き合っていない。彼氏でも彼女でもない。それに、確か今付き合っている女は営業部の事務の女の子ではなかっただろうか。
「何でそんな噂が出たのか不思議ね」
「あなたと水田さんが2人でホテル街から出てきたのを見た人がいるのよ」
「へぇ。じゃあきっと見間違いね。それに今水田さんが付き合ってるのって、営業部の事務の女の子じゃなかったかしら」
「昨日別れたらしいわ。本人から聞いた」
そう言えば凛子は営業部だ。
「ねぇ、雫。水田さんはやめといた方がいい」
凛子は雫を見ずに言った。凛子は気付いている。雫が彼女ではない、水田の毒に嵌った1人なのだということを。
「今だから言うけど、あたしもそうだったのよ」
雫は目を見開いた。凛子は雫を見ずに、ビールの泡を見つめていた。
「彼を独占したかった。あたしだけを見て欲しかった。ひどいけど…周りの女よりも私が格別なんだということを彼に知らしめたいがために姑息な手も使ったわ。その介あってか、彼女になった。有頂天になったわよ。でもほんとに一瞬。彼は変わらなかった。彼女になってもならなくても関係ない。そして、あたしがやったように他の女が彼を奪っていく恐怖にさいなまされたわ。あたしはいつもピリピリして、会っても喧嘩ばかり。彼は去ったわ。僕を縛りつけるのはやめてくれって。別れた後の方がほっとした。もう気にしなくてよかったんだもの。彼を独占できないことも、彼のスケジュールをいちいち考えることも、他の女に奪われる心配も」