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みずいろ  作者: peony
1/10

part1

涙は透明なのに、なぜ絵を描くと青色に塗り潰されるのだろう。

水と聞くと哀しい色に感じられるからだろうか。特に涙は。

嬉し涙や悔し涙、色々種類のあるものだけど、私は哀しい涙以外に流した覚えがない。負の感情を涙が吸い取り、外に排出していく。それでいつも解消していた。

「雫、君が欲しいんだ」

耳元で囁かれる甘い言葉。わかってる。これが毒だってことは。

毒だとわかっていても、終わったあとにまた涙が流れることも。

それでも私はこの毒を進んで飲み込む。深く暗く、でも甘美な闇へ自ら堕ちていく。



---1


「雫」

私は真向かいに座る男の口がそう動いたのをはっきりと見た。一瞬、頭の中がショートしたのがわかった。

「って、可愛い名前だね」

ダウンライトに照らされた男の笑みはとても妖しさを秘めていて、その目は上弦の月のようになった。

雫が勤める会社の忘年会では、他部署との交流を深め、仕事を円滑にできるようにという意向により、まるで合コンのようなノリで席を決める。合コンのようなノリで、ということもあり、席替えする度にきちんと自己紹介もする。

総務部で働いている雫の前に座っているのは、営業部の水田だ。背が高く、優しい面持ちをしており、いつも口角が柔らかく上がっている。

水田は会社内では有名だった。特に女たちの間で。その理由は雫もすぐにわかった。水田には何ともいえない色気があったのだ。

とろりとした甘い蜜のような空気が、いつも水田の周りを囲んでいた。雫はいつもその空気が怖かった。あれは毒だ。甘い綿菓子のように口に含めばすぐに溶けて、もっともっととせがんで欲しくなる。きっと中毒になってしまう。離れられない。

雫は極力水田に近寄らないようにした。幸い水田は女性から人気があったので、総務で水田個人に用事ができても、他の子に頼めばすぐに行ってくれた。

このまま関わらずにいたかった。

だが、今目の前にいるのはその関わらずにいたかった水田だ。

相変わらず甘い毒を纏っている。胸の奥に広がる冷たい水を感じながら、雫は社交辞令的な笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」

「あぁ、やっと口を聞いてくれた」

水田は更に目を細めた。

「君、僕に近寄らないようにしてるよね」

「まさか。水田さんに近寄りたくない女性なんていませんよ」

雫はうまく笑えているか不安だった。胸にたくさんの小さな虫が蠢いているような不快感を、彼に見抜かれていないだろうか。喉が渇いて息苦しさを感じた。雫は烏龍茶を口に含む。

「ねぇ、水田さぁん。あたし酔っちゃったかもぉ」

水田の横に座っていた同じ総務の若い女の子が水田に寄りかかる。深いVカットから見える胸の谷間に、雫は目を奪われた。

「ほんと?じゃあ横になる?」

水田は表情を変えることなく女の子を優しく見つめる。自分から注意がそれたことに安堵し、雫はトイレに立ち上がった。

トイレから出ると、目の前が一瞬暗くなった。見上げると水田が立っていて、雫は一瞬たじろいだ。

「水田さん。ここは女子トイレですよ。男子は…」

「逃げれたと思ってほっとしてる?」

「何の話でしょう?それよりさっきの子、大丈夫ですか?」

「僕、一度狙いをつけたら逃がさないよ?」

全身の毛穴が粟立つ。掌が汗ばんでくる。雫は持っていたハンカチを強く握り締めた。

不意に水田の顔が雫の前に浮かんだ。そして、水田はそっと雫の耳元で囁く。

「雫、君が欲しいんだ」

甘い、毒を含んだ声が、雫の鼓膜を通して脳を侵していく。





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