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竜の住む国  作者: タカノケイ
第一章 少年の運命
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少年の運命 8

 その後の一ヶ月の行程は何事もなく順調に進み、長雨の季節に入る前に商団は港町ティレンにたどり着いた。


 街の入り口には大勢の人々が迎えが出ていた。知り合いの無事を確認しては喜び合っており、リヒトも何かを成し遂げたようなふわふわとした高揚を感じていた。


 「皆さん、今回も誰一人として欠くことなく帰ってまいりました! これも一重にみなさんの信心と協力あってのものです。また次も皆で大儲けしましょう!」


 グラウが大声で挨拶すると歓声が上がり拍手が起こった。

 その後も街中へと荷馬車は進み、大きな蔵を備えた商家の前を通るたび荷馬車は少なくなっていく。街の中央近くの一際大きな商家の前に馬車が止まると、残り数台の荷馬車が進んでいくのを見送って流れの護衛たちの馬車も止まった。


「いや、今回もごくろうだった」


 グラウが番頭らしき男から受け取った皮袋を護衛長に手渡す。


「ありがとうございます」


 護衛長は深く頭を下げて、皮袋を受け取った。


「また頼む。今夜は宴になるから顔を出すように」


 グラウは言うとさっさと門をくぐって家に入っていく。広い庭からこちらを見ていた子供たちが一斉に駆け寄るのが見えた。


 「では」


 護衛長は皮袋を開けると、金貨を一枚づつ配りはじめた。リヒトは金貨を見るのは初めてだった。銀貨なら百枚分である。護衛すべてが等しく一枚なのに、リヒトは少し驚いた。賄夫も一枚。だがハルの分はなかった。馬も荷車も賄夫の持ち出しだから経費もかかる。命を賭ける護衛と賄夫の違いだった。


「お疲れだった。また何かで一緒になったときには頼む」


 護衛長の挨拶でそこで解散となった。


「またな! クスト」

「うん! またなハル!」


 二人は笑顔を交わす。名残惜しそうに、ハルもラビも何度も振り返りながら去っていった。


「いくよ」


 マキノが歩き出す。


「どこに?」

「フリッケのとこだろ」


 心なしかフリッケを小さな声でマキノが言ったように感じて不安になる。が、馬上から伸ばされた手を掴み、馬に乗るとなにか懐かしい気持ちになった。初めてマキノと出会ってから一月と半分。それしか経っていないのが嘘のようだ、と思う。

 訓練は順調に進み、リヒトはフェイントをかなり正確に見極めることが出来るようになり、わからないときには両方を避けることが出来るまでに成長していた。一回の訓練中に一度も追い詰められなかったことが何度かある。

 もちろんマキノが追い詰めるのではなく倒すために本気で攻撃したら、相手にならないことはわかっているが、自分が剣を持たせてもらえる日が楽しみだった。


「ハルの家はどこなのかな」

「街を出て南に馬車で半日くらいだよ」

「半日!?」


 リヒトは驚く。それじゃあちょっと会いに行きます、という距離ではないではないか。あっさりと別れていったハルを恨めしく思った。


 しばらく馬を進め、大きな商家が並んでいる街並を抜けると、飲み屋や小さな食事処が並ぶ界隈に出た。もう少し進むと繁華街に出るが、一本前の路地を曲がる。いくらも進まないうちになんだか薄気味の悪い小屋が建っていた。


【占い師 バルバラ】


 と書かれた看板が下がっている。店の外には灰色ずくめの服を着たひどく猫背の老人が椅子に腰掛けていて、マキノを見ると後ろのカーテンを少し開けて中に入っていった。マキノとリヒトは馬を降りて、小屋の前に馬を繋いだ。

 しばらくすると先ほどの男が戻ってきて中を指差す。マキノは挨拶もせずさっさと中に入っていくのでリヒトは慌てて後を追った。


 小屋の中はカーテンで更に仕切られていた。外はまだ明るいのに真っ暗な室内に蝋燭が立てられて薄暗い。蝋に何か混ぜてあるのか、嗅いだ事のない不思議な匂いがしていてリヒトは気分が悪くなった。目が慣れると室内は外から見るよりも広い。


「久しぶりだねえ、マキノ。おはいり」


 薄絹のカーテンの向こうから声が響く。声が沢山かけられたカーテンに吸い込まれていくようにも、カーテンから聞こえてくるようにも感じた。マキノはそっとカーテンを持ち上げてリヒトを振り返った。


「クスト、入って」


 あまりにリヒトが動かないので呼び入れる。恐る恐るリヒトが歩みを進めると、カーテンの後ろには布の山かと思うくらい、色とりどりの布を頭から体から巻きつけた人間が座っていた。声からすると女性のようだったが、ゴテゴテと色を塗りたくった目しか見えないので判別できない。暗いせいだろうか、虹彩が全くない黒一色の目。その目がリヒトを上から下まで舐め回すように見た。


「……で、何の用だい?」


 何も言わないマキノにリヒトはハッとする。ここに来るべきだったのは自分でマキノではない。

 しかし父はフリッケに世話になれと言ったが、フリッケもバルバラのような人間なのだろうか。だとしたら世話になるのはマキノやハルの方がいい。グラウでもいいくらいだ、と内心思う。


「クストです。とうさんに行けって言われて。手紙、もってます」


 仕方なくつぶやく。


「そう、じゃあ帰りなさい」


 バルバラはチラリとマキノを見やると、全く興味を失ったというような顔でシッシと手を振った。


「フリッケ宛てなんだが」

「あたしは本名を名乗らないような人間と話す気はないね」


 マキノの声にぴしゃりと言い放つ。リヒトは驚いてバルバラの顔を見た。何故わかったのだろう。どうだとしてもマキノの顔を潰すことはしたくない、と正直に話すことを決めた。


「すみません、追われていたので偽っていました。リヒトと言います」


 しっかりと頭を下げて謝罪する。フリッケの目が何かを思い出すようにゆっくりと瞬いた。


「父からフリッケさんあての手紙を預かっています。できれば直接お渡ししたいのですが」

「父親の名は?」


 父はベンノと名乗っていた。しかし、あの日ツヴァイと呼ばれていた男が呼んだ名は……


「アルス、だと思います」

「アルス……」


 一瞬だが女占い師の目に感情の色が浮かぶ。


「マキノ、この子はあたしが預かっていいのかい?」

「良いも何も、もともとフリッケを訪ねる途中だったのを拾っただけだ」


 バルバラを囲っている布がモゾモゾと動くと、するりと中から腕が出てきた。思ったよりも若く細い腕だ。かなりの枚数の銀貨がマキノの手の中に落とされる。その様子をリヒトは息を呑んで見守っていた。


「旅費とお礼と口止め料だ。この子の事は他言無用で。グラウの商団かい?」

「ああ」

「なら下手な口止めは逆効果だねえ」


 バルバラは少し思案する。


「わかった。もういいよマキノ」

「ああ、また」


 マキノはリヒトを一瞥することもなく部屋を出て行こうとする。


「待って」


 喉から掠れた声が出る。何か言わなければマキノは行ってしまう。何故それに気が付かなかったのか。


「訓練は……」

「ティレンに着くまでの代金しか貰ってないよ」


 それ以上何もいえなくなったリヒトの前でカーテンが静かに閉まった。


「フィデリオ」


 バルバラが呼ぶと先ほどの猫背の老人がのっそりと入って来た。


「連れて行って部屋を用意してやりな」


 フィデリオはのっそりと頷くと、くるりと向きを変えて歩き出し、マキノが出て行ったカーテンとは別のカーテンから出て行った。


「何してるんだ? 早くいきな」

「はい」


 リヒトは痺れたようになってフィデリオの後を追う。カーテンの後ろには扉があり、開けっ放しの扉の奥は物置らしい部屋だった。物置の床板が外されて木の階段が見えている。

 狭い物置の中にフィデリオの姿はないので下ったのだろうと降りていくと中はしっかりと木枠の組まれた地下道になっていた。少し前にランプの明かりが揺れている。目を凝らすと行き止まりにも階段が見える。

 フィデリオは二・三段登ったところで床板をコツコツ、少し間を空けてコツと三回叩いた。

 少しすると、さっと敷物をずらしたような音がして、床板が持ち上がる。フィデリオは少し振り返ると階段を登っていった。リヒトも続いて登ると、そこにはバルバラの小屋とは違う、ごく一般的な……ホウキや大き目のたらいなどの置いてある物置だった。


 フィデリオに続いて物置から出ると、暗闇に慣れた目が痛んだ。そうだ、まだ昼間だったんだとリヒトは思った。なんだか現実離れした空間と時間で頭がぼうっとしていた。


 音を立てずに歩いていくフィデリオのあとを着いて、二階に上がる。一つの部屋の前で立ち止まって扉を開けているフィデリオを見て思わず立ち止まった。猫背ではなく真っ直ぐに立っている。更によく見ると、白髪なだけでどこから見ても老人ではなかった。何故老人だと思ったんだろう、と思いながら部屋に入る。

 狭い部屋だが、ベットには清潔なシーツが掛けられており、開け放たれた窓には趣味の良いカーテンが掛けられている。まるで客が来るのをを待っていたかのようだった。

 

 リヒトが棚にあった本を手にとってぱらぱらと眺めていると、手桶にお湯をいれたフィデリオが戻ってきた。手桶を床に置き、浴布を椅子の背もたれに掛けた。


「着替えはありますか、リヒト」


 思いがけずにきれいな声と言葉で名前を呼ばれてとっさに声が出ず、身振りでうん、と頷く。


「夕飯まで時間があります。何か持ってきてあげましょうね」


 とんとん、と階段を下りる音が聞こえ、慌てて手と顔を洗う。頭もついでに洗って浴布でごしごしと擦る。

 上衣を脱いで絞った浴布で体を拭いていると、甘く揚げた粉菓子と暖めたミルクの入ったカップを持ったフィデリオが戻ってきた。


「すこし休んでください」

「ありがとうございます」


 リヒトの礼に満足げににっこりと微笑むと小さなテーブルの上に盆を乗せ、部屋を出て行った。ミルクを温めるのが早すぎる、と思ってもう一人いたことに気が付く。床板を開けたのは誰だったんだろう、と考えた。


 すっかり着替えを終え、菓子もミルクも平らげてベッドに横になる。途端に寂寥感に苛まれた。ハルもマキノも当たり前のように自分の生活に戻っていってしまった。


 僕は一人だったんだ――


「おとうさん」


 布団の中で小さく丸まって父を呼んだ。涙だけがポロポロとこぼれる。だが、疲れと満腹感であっという間に眠りについた。

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