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竜の住む国  作者: タカノケイ
第一章 少年の運命
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少年の運命 7

 リヒトが商団の一員となってから半月が経っていた。

 商団の旅はこの上なく順調で、途中途中の街で商いをしながら道程の半分を終えようとしている。距離としては半分だがこの先には大きな街が多い。商談によっては二日以上滞在する場合もあるから、着くのは一月後くらいだろう。


「山賊とかって出ないんだな」


 夕飯の片づけをしながら誰に言うともなく、ぼそりとリヒトはつぶやいた。


「出てほしそうだなあ、おねえちゃんに教えてもらって腕が鳴るのかあ?」


 リヒトは振り返らずとも声の主がわかった。若い金髪の護衛は、あれから事あるごとにリヒトに絡んでくる。今までは、終始無反応で居ることで凌いできた。


「お前もお会いした事ないだろぉ」


 答えないリヒトに変わってひょいと現れたラビが答える。金髪の護衛はチッとわざとらしい舌打ちを一つして去っていった。

 ラビは物心ついたときから賄夫の義父について旅に暮らしていたという。成人した十五の年からは護衛として働いており、今回が初護衛のギーナよりずっと経験が豊富なのだ。

 それでも、自分より若くて見た目も細く女性的ともいえるラビに、逆らわないことを不思議に思い、リヒトはハルに聞いてみたことがあった。


「そりゃあ、ラビの方が強いからだよ!」


 ハルは自慢げに答えた。うん、いやそれはそうなんだろうけども、リヒトがどう言えばいいのか悩んでいると察したようにハルは続ける。


「今回の場合さ、護衛長が護衛を選んだわけ」

「護衛長が」

「そうそう、グラウが護衛長に依頼して、選んだってわけ」


 つまり、護衛になるには商団の頭、今回ならグラウに認められないと雇われない。だが、グラウには剣の腕は測れないため、もっとも信頼する男に護衛の選択を護衛長を任せたということだ。


「腕比べであいつはラビに負けたわけ」


 さらに鼻を高くしてハルは続けた。なるほど、護衛になる権利を得るための試合のようなものがあるのだろう、とリヒトは推測する。


「すごいのはマキノだよ。女なんかって言ったやつらをまとめてコテンパン!そいつら怪我して来れなくなっちゃって、あいつが入っちゃったんだけどさ」


 ハルに聞くまでもなく、マキノの強さは思い知った。ツヴァイたちとマキノの差、マキノとラビの差、ラビと自分の差……雲を掴むような話だ、とリヒトは遠くみえる未来について考える。


「まあ、今回も争いにはならんとおもうぜ」


 ラビの声にハッと我に返った。


「じゃあ護衛なんて必要ないんじゃない」


 リヒトは答える。


「はぁ? 居なかったら襲われるだろ?」

「なんで?」


 ラビはリヒトの目を見て少し考える。どう説明していいものかわからない様子だ。


「山賊も海賊もさ、人間だろぉ?親も居れば子も居る。怪我したり、死んだりしたくないっしょ」

「だったら強盗なんてしなきゃいいのに」


 うーん、とラビは頭を掻く。


「食べるのに困ったら?」


 いつも間にかやってきたマキノがリヒトの隣に腰をかけた。


「働けばいい」


 リヒトは即答する。


「働くところがなかったら?」

「……」

「子供が飢えて死にそうなときに、食べ物を積んだ馬車が通ったら?」

「……」

「今は豊作が続いてるし、国がグロセンハングから北に道を整備していて仕事もあるから、そういった賊はほとんどいないけどね」


 リヒトは黙って考え込む。盗賊とは身寄りもなく、荒んだ生活を楽しみ、人から奪うことが当然と思っているような人間なのだと思っていた。いや、人間とすら思っていなかったのかもしれない。思ったままそれを口に出した。


「そういう連中は金で何とかなる」


 マキノはあっさりと答える。


「金?」

「そう。その金をなるべく安く済ませるのも護衛の腕だよ」

「強盗にお金を払うの!?」


 納得がいかない、とリヒトは思った。今までの街で、自分たちの作った作物や工芸品をなんとか高く引き取ってもらおうとする人々の暮らしを見てきた。強盗が居なければ護衛は必要ない、そうすれば彼らにより多くの見返りが支払えるではないか。それを働かずに奪うのは理不尽だ。


「戦わないといけない?」


 口元に笑いを浮かべてマキノは聞く。


「だって……」

「それであたしやラビやハルが死んだとしても?」

 

 リヒトは返す言葉もなく黙り込む。


「もしかしたら強盗の中にも、やりたくないのに、やってるやつもいるかも?」

「だったら……」

「仲間を辞めたら家族を殺す、とか」


 リヒトは再び言葉に詰まる。でも間違っている。それは間違っている。人のものを盗むことは何を理由にしてもいけないことだ。


「俺たちがそうやって見逃した賊が、いつか何も持たない弱い人を襲うよ!」


 一瞬驚いた顔をしたマキノは、どこか何か誇らしげな目をしてふっと笑った。


「盗賊退治は兵士の仕事。あたちたちは無事に商団を町に帰すのが仕事」


 マキノはきっぱりと言い切る。


「まあ、兵士がまともに働いたら、失業なんだけどね」


 真剣に考える顔を見てつい、というように口にしたマキノの皮肉に、リヒトは思わず顔をしかめた。


「なら兵士をさぼらせてる国が悪い」


 ラビがぷっと吹き出し、微笑みながらマキノは立ち上がった。何故笑うのか、とリヒトはむっとする。


「さ、訓練を始めるよ。弱いものは何も守れない。自分の信念もね」


 マキノの言葉に、リヒトは勢いよく立ち上がった。


 ◆



 その頃、ツヴァイ、イヌル、ゼクスの三人は王都近くにあるハウシュタット大神殿の地下に居た。


「万が一だが、生きている可能性もあるのだな?」


 甲高いのに、どこか冷たい声が響く。


「そうです」

「探せ、といっても無理であろうな」


 ツヴァイの返事に、はーあ、と大袈裟で嫌味なため息をついた小太りの男こそ、大神官レーゲンその人であった。男性にしては小さいツヴァイよりも更に上背が無い。


「まあいい。アルスさえ居なければ、証明できまい」


 小さくて太った男が黒い司祭服を着てコツコツと歩き回る姿はペンギンのようでどこか滑稽だ。


「カルラに占わせよう、あてになるものかわからぬが……」


 先読みの能力があるといわれている幼い巫女の名前を出してブツブツと呟き続ける。


「しかし、アルスの首を見たあの女の顔を、お前たちにも見せてやりたかったよ」


 やがて、子供を手に入れられなかった悔しさと均衡をとるように、レーゲンはえきゃきゃきゃきゃきゃ、と耳と癇に障る声で笑う。


「まあ、ご苦労だったな。しばらく休め」


 誰一人としてクスリともしないのを見て、つまらなそうに言うと立ち去った。広い神殿の地下に誰のものともつかないため息が漏れた。



 ◆



 マキノとリヒトの訓練は欠かさず朝晩続けられている。ハルは朝に弱いらしく、時々居ないこともあったが、男の子らしい負けん気で兄をつき合わせて参加していた。

 リヒトは筋が良かった。特に目がいいらしく、マキノが動く前に避ける動作に入ることがある。また、先を読もうとする賢さもあった。徐々に追い詰めることは難しくなり、攻撃は突くだけでなく、切る、蹴るなども取り入れるようになってきていた。


「そろそろ剣を持ちたいって顔だね」


 マキノの言葉に汗を拭いていたリヒトが目を輝かせて振り返る。


「まだだめ。位置に戻って」


 少し不服な顔で構えたリヒトだったが、すぐに余裕の無い顔になった。目がいい、先が読める、という事は面白いようにフェイントに引っかかるのだ。だがフェイントだと思って見過ごすと攻撃が来る。フェイントも織り交ぜたマキノの攻撃に、初日よりも早い段階であっという間に追い詰められた。


「今日はこれで終わり」


 悔しさで返事の出来ないリヒトを置いてマキノは去っていった。その夜、夜具に包まり、リヒトは昼間の話を思い出していた。盗賊と護衛、そして兵士。

 とうさんを殺したやつらは誰かの命令でそれをしたのだろうか。あるいは家族を人質にとられて無理やりに……そこまで考えてぎゅっと目を瞑る。無抵抗の父に対する仕打ちは命令でしたものでも許せるものではない。だが、そればかりをさせられて感覚が麻痺していたのだとしたら? 父が何か犯罪に手を染めて追われていたのだとしたら? 眠れない夜が更けていった。


 とろとろと眠りかけた明け方、囁き声と物音でリヒトは目を覚ました。むっくりと身を起こすと近づいてくるラビが目に入る。


「みんなを起こせ、出発だ」

「え……」


 わけもわからぬまま言われたとおりにハルを起こす。ルッツとジンはラビの声に既に起きだして馬車の準備を進めていた。


「何?」

「わかんない、多分盗賊かな」


 リヒトの質問にハルは寝ぼけた声で答える。


「え?」

「早くといわれたら早く、止まれといわれたら止まるんだ」


 なんでもないことのようにハルは言った。

 一行はいつもどおり、街の側に天幕を張って休んでいる。商団の主な者達は街の宿屋に居るはずだ。リヒトが考えて動けずにいるとハルはすっかり覚醒し、てきぱきと作業をする手を休めずに言った。


 半刻も経たないうちに商団はいつもより早いペースで霧雨の中を進んでいた。昼を過ぎても止まることなく進む。馬の背には汗が蒸発して立ち上っている。誰も何も言わず、ただ黙々と進んでいた。


 護衛たちは隊列の右と左を前後しながら時折なにか会話している。ハルも神妙な顔で護衛がくるたびに確認するが、ラビの姿は見えなかった。リヒトも同じようにマキノの姿を探すが、やってくるのは商家専属の護衛ばかりであった。


 もう日もだいぶ傾いた頃、やっと隊列は止まった。


「今日はここで野営する。もう安心だからゆっくり食事してくれ」


 護衛たちが声を張り上げて馬で駆け回る。しばらくするとラビとマキノが戻ってきた。


「何があったの」

「ん……ああ」


 ハルの質問にラビは歯切れが悪い。


「ちょっとした手違いがあった。もう大丈夫」


 マキノはそれ以上聞けなくなるような声音で言い切る。ぽつりぽつりと流れの護衛たちが戻ってくる。が、人数が足りないことにリヒトは気が付いた。


「他の皆は?」

「ちょっと怪我をした。別の馬車で休んでる」

「怪我……」

「死ぬような怪我じゃないから大丈夫」


 リヒトは膝が震えてうまく立てなかった。何が起こったのかわからない。自分は何も知らされない、知らせても仕方ない存在なのだから仕方がないのだが。

 だが半月の間で、家族のように感じ始めていた者たちが知らぬ間に傷ついていた、ということが恐ろしかった。そこにマキノもラビもいたのだろう。もし二人が戻らなかったら……そして何より、彼らが人を殺したのかもしれない、と思うことが怖かった。


「怖い?」


 マキノもよく見れば服があちらこちら汚れている。リヒトは言葉もなく頷いた。マキノの鞘に収まって居る剣をつい眺めてしまう。


「人は簡単に死ぬんだよ」


 視線に気が付いたマキノは静かに言った。


「交渉や脅しで戦いにならなければそれが一番いいんだ。わかるね?」


 またリヒトは頷く。


「名誉のためとか国のためとか、そんな物のために死ぬのはつまらないこと」


 マキノは遠くを見てつぶやいた。リヒトは不思議そうにマキノの目を覗き込む。ふっと寂しそうに笑うとリヒトの肩をぽんぽんと叩いた。


「腹減ったよ」

「……うん!」


 リヒトは慌ててハルを手伝い始める。マキノがリヒトに触れることはほとんどない。肩がじんわり暖かくて不安が軽くなったのをリヒトは感じた。

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