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竜の住む国  作者: タカノケイ
最終章 竜の住む国
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竜の住む国 4

「ハル、そんなとこで何やってんだよ」


 その声に、テュランの胸が跳ね上がった。だが、まさか、という思いが先に立つ。


「よう、リヒト、遅えよ」


 竜の背中から滑り降りてきたリヒトをテュランは呆然と眺めた。生きていたのか、とも、何故竜に、とも思うが声が出ない。


「悪い」


 リヒトはハルに手を貸して立ちあがらせている。そのうしろに一際大きな影が降り立ち、あたりを見回した。


「リヒト!」


 テュランが打たれたように動けない中、先に我に返ったミレスがハンネスを振り切ってリヒトに駆け寄り、強く抱きしめた。リヒトはミレスに腕を回して一瞬だけ抱きしめると、すぐにそっと離して、竜を見上げる。


「守歌を……クスト、頼む」

「もうやっている、リヒト」


 クスト、と呼ばれたの竜玉が、とくんとくん、とリズムをつけて波打っている。

 竜が話をした? 驚くことが多すぎて何から考えればよいのかもわからない。こうしている場合ではない、とハッとしたときには、そこかしこから響いていた竜の咆哮と、炎を吐く音がピタリと止んでいた。神殿には耳が痛いような静けさが広がっている。


「……ミレス様、後でゆっくり話しましょう。俺は早くイリスのところにいかなくちゃ」


 リヒトは全てを言い切らぬうちに、扉へ向かって走りだした。イリス、という少女がどこにいるか知っているかのようだった。


「リヒト、そこはダメだ!」


 ハンネスが叫ぶ。あまりの出来事にさすがのハンネスも放心していたらしい。声は一瞬遅く、リヒトは扉を開けてしまった。先ほどの竜が扉いっぱいに顔を覗かせている。


「リヒト!」


 テュランとミレスは同時に叫んだ。リヒトはこちらをちらりと振り返って頭を下げ、竜の鼻先をそっと撫でて、隙間に体を滑り込ませる。


「な、何がなんだかわかんねえけど、イリスは地下だぞ!」


 その背中にハルが叫ぶと、リヒトは外に出ていた手の親指を立てて、見えなくなった。


「一体、何がどうなって」


 呆然としてつぶやくテュランの前に男が立った。大きいハンネスと並んでも更に大きい。ハンネスは警戒してテュランを背中に庇ったが、テュランはそれを押しのけて前に出た。


「ゼノ、ですね?」

「ああ、時間もないから手短に情報を交換しよう。この竜はクスト。竜の先祖返りで、知性があり話すことが出来る。彼の歌う守歌で、この周囲の竜は攻撃性を失い、落ち着きを取り戻す。だが、守歌では先祖返りは止められない。先祖返りを止めない限り、竜は怒り、この地に引き寄せられる」


 テュランは、理解している、という思いを込めて頷く。


「竜の守歌が届く範囲より、先祖返りの怒りが届く距離はずっと広い……クストはザイレ島に居て、この異変に気がついた」


 ゼノの言葉にごくり、とつばを飲み込んでテュランは再度頷いた。この場の危機だけは去ったが、絶望的な状況は何一つ変わっていない、ということだ。


「この守歌が竜に効く範囲は?」

「確かなことはわからないが王宮までは大丈夫だろう。とにかく先祖返りの怒りを止めなくては、近隣の村が危険だ。私も地下に向かうから、あとはクストに」


 ゼノはくるりと振り返った。


「神殿の裏門近くに地下への隠し扉がある。そこから先祖返りの居住区に繋がっている。シシィ殿が先に行っているはずだ」


 ハンネスの言葉にゼノは振り返って頭を下げると、扉の向こう側に消えた。

 テュランは今、しなければならないこと、出来る事……現状での最善策を必死で考えた。自分の決定で、助かる命が選別される、王の責任とはなんと重いのだろう。


「まず、なるべく多くの民を守歌の届く範囲内に避難させましょう。神殿も王宮も民に開放します」

「わかりました。では、私はすぐに表門から市街に向かいます」


 ハンネスは、テュランに敬礼すると、ハルに向き直る。


「ハル、動けるようなら王宮に連絡を頼む。非番だった兵士も全てここに集めるように」


 そう言ってハンネスも扉の向こうに消え、ハルも腹をさすりながら立ち去った。


 テュランは遠くの街明りを目を凝らして見つめた。竜たちは住処に行こうというのか、一匹、また一匹とゆっくりと神殿を離れていく。竜は神殿に集中していたらしく、目に入る街並みは神殿ほど壊されてはいないし火の手も上がっては居ない。だが、守歌の効果が切れたところで、あの竜たちは……。


「先祖返りを止める方法とは?」


 テュランはクストを見上げる。


「ここに連れて来るんだ。俺に触れるほどの距離ならば、守歌で先祖返りの怒りの暴走もおさまる。ゼノとリヒトはそのことを知っている」


 希望はある、テュランはしっかりと頷いた。


「先祖がえりは竜玉にある程度以上の衝撃を与えると、数分、動きを止められると習いました。コカの葉も効き目がある。すぐに兵士達も向かわせます」


 それを聞くとクストは黙ってテュランを見つめた。生まれてすぐに生贄になるはずの先祖返りの情報、それは、実は生かされていた先祖返りが人体実験されたという事実に他ならない。テュランは恥じて俯いた。


「私が行って、そのことをリヒトとゼノに伝えて来るわ」


 沈黙を破り、ミレスはスカートの裾を切り裂いて、動きやすいように結びながら言った。


「私が……」


 テュランの言葉を、ミレスはすっと右手を上げて制止する。


「王はここで指揮を執らなくては」


 屋上には、ハンネスに声を掛けられたのであろう兵士が集まってきている。ミレスは身を翻して、地下へと向かった。



 リヒトは大階段を駆け下りていた。一階に辿り着いたものの、あちこち燃えたり崩れたりして、足の踏み場も無い。どこから地下に降りられるのかわからなかった、この荒れようでは知っていても難しいかもしれない。リヒトは燃えている木材の明りを頼りに、地下に降りる階段を探した。


「生きていたのか」


 暗闇から声が響いた。リヒトはそっと剣を抜いて構える。声のしたほうから小石を蹴るような音が聞こえて、リヒトは距離を測って身構えた。


―――ツヴァイの声だ


 攻撃されたら勝てない。リヒトは逃げ道と足場を確認して、周りを見渡す。


「ここで一体、何があったんだ?」

「失脚したレーゲンが、逃げるために竜を呼んだ」


 イリスが心配で駆け出したリヒトには、今はどのような状況なのかさっぱりわからなかった。気を逸らすためにも声に出すと、ツヴァイは感情のこもらない声で答えた。


「レーゲンは……」

「さあ、死んだかもな」


 どうでもいいことのようにツヴァイは吐き捨てる。


「なら、俺達に争う理由はない」


 リヒトが剣を下ろすと、ツヴァイはシュッと小刀を投げた。短剣はリヒトの頬を掠めて、赤い筋をつける。リヒトは再び剣を構えた。


「どうして」

「神殿兵でなくなったら、俺はただの友殺しだ」


 リヒトの質問にツヴァイは自嘲するように答えると、剣を構える。


「そう考えたら、何に変えても守らなくてはならない友まで失った」


 薄暗闇の中、ツヴァイの表情は見えなかったが、その声には初めて感情がこもっているように感じた。


「ツヴァイ、頼む、見逃してくれ、この暴走を止めるために早く地下に行きたいんだ」


 リヒトはなんとか剣を引いてもらおうと懇願する。時間が惜しいし、戦ったら百に一つも勝てない相手である。ツヴァイはしばらくの間、じっと自分の剣を見つめていた。動いたらすぐに斬られるかもしれない、リヒトは緊張に体が硬くなるのをどうすることもできなかった。


「……喋りすぎたな」


 やがて、ぽつりと言うと、ツヴァイは一気に距離を詰めて、リヒトに切りかかった。凄まじい速さで繰り出されるツヴァイの剣を避けるだけで精一杯のリヒトは、あっという間に壁際に追い詰められた。

 最後の一撃が来る―――リヒトは、避けきれなくとも致命傷だけは避けようと、剣筋を予測する。瞬間、ツヴァイが足下の瓦礫に足を取られてよろめいた。

 リヒトは、受けるために構えていた剣を翻し、ツヴァイの腕を斜めに切りつける。ツヴァイはすっと距離を取った。斬られた右手はぶらりと垂れ下がり、ツヴァイは左手に剣を持ちかえる。

 利き腕ではないとは思えない速さであったが、右腕よりは落ちる。また右腕が動かない事で一つ一つの動きに大きさとキレがなかった。時間がたつにつれ、出血の為か速さが落ちていく。元々の体格差もあって、だんだんリヒトが押し始めた。

 だが、少し気を抜いた隙に、動かない筈の右手から、しゅっ、という軽い音とともに小刀が飛んできた。苦し紛れにも見える小刀はリヒトに掠る事もなく、あらぬ方向に飛んでいったが、気を取られたリヒトの防御が一瞬だけ遅れた。


―――やばい


 リヒトは相打ちを狙って、剣を突き出した。剣先は、驚くような軽さでツヴァイの胸に吸い込まれた。ツヴァイの剣はリヒトに届くことなく宙に浮いたまま静止している。

 ツヴァイはごぼ、と血の泡を吐いた。リヒトはゆっくりと剣を抜く。刺さった時と同じように、スルリと剣が抜け、同時に崩れ落ちるツヴァイの体をリヒトは抱きとめた。


「わざと……刺させたな」


 リヒトはツヴァイの耳元で呟く。ふ、とツヴァイが笑ったような音がした。ずし、と重くなったツヴァイの体をゆっくりと横たえる。


「……ざまあ……みろ、お前も人殺しだ」


 掠れた声でツヴァイは言うと、リヒトに向かって腕を差し出した。その手には鍵が握られている。


「そこのタペストリーの後ろに、地下への隠し扉がある……」


 リヒトが鍵を受け取ると、ツヴァイの腕がぱたり、と倒れた。それを俺に教えるために? だけど、死ぬ必要があったのか、リヒトは堪らないやりきれなさに叫びだしたい気持ちを懸命に堪えた。


――今は、イリスだ


 リヒトはタペストリーを持ち上げると、鍵を使って扉を開けた。中は真っ暗闇だった。部屋に取って返すと、燃えている板切れを掴み、再び扉の中に入る。少し進むと階段があり、上からわずかな明りが差し込んでいた。遥か階下にはランプらしき明りが小さく見える。リヒトは慎重に階段を下り始めた。 

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