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竜の住む国  作者: タカノケイ
第六章 バルトの真実
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バルトの真実 7

 王宮の謁見室は静まり返っていた。報告会、と名づけられてはいるが、功労者を慰労する式典のようなものである。にもかかわらず、会場は剣呑な雰囲気に包まれていた。

 ハンネスの経費などについての事務的な報告と、レーゲンの部下による美辞麗句に飾り立てられた報告が終わり、誰もが王の言葉を待っていた。もちろん、厚いねぎらいの言葉を待っているのである。だが、先日の揉め事を忘れた者が居るはずもない。


「私からも報告があります」


 沈黙を破ったのはテュランだった。室内にざわめきが広がる。これ以上、自分の功績だと触れ回りたいのか、というような激しい目つきでオルドヌ王はテュランを睨み付けた。テュランは自分がどんどん小さくなっていくような錯覚に襲われたが、これは自分にしか出来ない事で、絶対にやり遂げなければならないことだ、と臍の下に力をこめて、堂々と立った。


「レーゲン大神官のアヘルデ領主城奪還の報告は真実ではありません」


 今度こそ、ざわめきではすまない話し声が会場を包む。


「どうしたのですか王太子様」


 レーゲンは恭しく問いかける。今以上の自分に対する賛辞が述べられると信じて疑っていない様子だった。


「よかろう、話せ!」


 重臣の中にも明らかにテュランに傾倒している者がいる事に、間違いなく父王は気がついている。ハルからリヒトは恐らく無事である、と聞いて半信半疑ながら我を取り戻したミレスは、オルドヌに対して今までのようには振舞えなくなっていた。そのことも王を追い詰めているようで、苛立ち、回りに当り散らし、近しいものや弟であるテオルトまでが最近では非難の目を向けている。

 息子までもが、父親である自分に盾突こうというとしている、と決め付けているのだろう、その声には明らかな拒絶の意思が含まれている。―――最後まで話を聞いてもらえるだろうか、順番を変えよう、テュランは懐に手を入れた。


「まず、先にこちらをご覧ください」


 テュランは怖気づきそうな自分を叱咤して、堂々とした声で包みを取り出した。包みを解いて中のものを侍従に手渡す。侍従は王の前に小走りで近づき、俯いて跪くと、受け取ったものを頭上に掲げた。


「この二つの指輪がどうか……」


 不機嫌な声で言いかけて、オルドヌは息を呑んだ。


「私の生誕祝いの指輪と、リヒトの生誕祝いの指輪です。指輪を作った職人を呼んでいます」


 テュランが少し振り返ると、兵士が前に進みでた。式典用の兜を脱ぐと、王に向かって深々と頭を下げる。王も見知っている、王家御用達の宝石職人であった。王の目が驚きに見開かれる。


「王様に申し上げます。そちらの指輪は二つとも、間違いなくわたしが作ったものでございます」


 裏返った声でなんとか言い終えると、職人は再び頭を下げて列に戻る。指輪から再び目を上げたオルドヌの視線を追って、テュランも横を向くと、レーゲンが真っ青な顔で脂汗を流していた。


「大神官殿は気分が悪いようです。椅子を」


 テュランがいうと、素早く椅子が用意された。椅子を運んできた兵士二人はそのままレーゲンの後ろに張り付く。その兵士に頷くと、テュランはオルドヌ王に向き直った。


「その指輪の一つは、私の護衛兵であったリヒトが持っていたものです」


 オルドヌは毒気を抜かれたようにテュランを見つめる。


「は……」

「リヒトはバルト国の第二王子。王様の息子であり、私の弟です」

「だが……」


 テュランが促すように横を向くと、またも一人の兵士が進み出て兜を脱ぐ。


「カルラ……貴様っ」


 レーゲンの声に、冷たい一瞥を送ると、カルラは王に向かって頭を下げる。


「神殿の巫女をしております。カルラと申します。失礼ですが私の名前を聞いたことはございますか」


 オルドヌは、ゆっくりと頷く。カルラもゆっくり頷き返す。


「第二王子リヒト様がバルト国を滅ぼすという神のお告げを受けたものです。三つの時に」


 カルラは言葉を切り、水を打ったように静まり返っていた会場からざわめきが漏れる。


「幼かったとはいえ、全く身に覚えがありません。私に先読みの能力はありませんし、神の声も聞いたことはありません」


 カルラは頭を下げて元の位置に戻った。


「まず、初めに、お告げなどありはしなかった、わたしはそう考えていることをお伝えします」


 テュランは確認するようにオルドヌの目を覗き込む。


「リヒトを育てた者たちを呼んであります」


 またも兵士が二人進み出て、兜を脱ぐ。その容姿に会場は更にざわめいた。二人は王に頭を下げずに話し出した。


「あたしがリヒトに始めて会ったのは二つの時よ。アルスという兵士に連れられて、神殿兵に追われてた」


 敬語を使わないシシィに、無礼な、何者だ、というような声がいくつも上がる。


「黙れ! シシィとやら、続けてくれ」


 会場を一括すると、王は真剣な目をシシィに向けた。

 この不思議な一族の女性の目は、父の目の中に何を見ているのだろう――テュランは敬語でないことなど全く気に留めぬほど、リヒトの事を知りたがっているオルドヌを見て、気が挫けそうになる自分を叱咤して背筋を伸ばした。


「ええ、全てを話すわ」



 シシィは出会ってから、ティレンに落ち着くまでを事細かに話し出した。フィデリオとイリスが先祖返りであることも含めて、隠すことなく全てを。それは数十分にも及んだが、誰一人視線を逸らしたり俯くものもなく、真剣に耳を傾けていた。


「その夜、アルスは生贄になる王子を攫ってきた事を告白したの。―――愛する女性の息子だと」


 シシィの視線はオルドヌに突き刺さり、オルドヌの記憶の隙間から少年の叫び声を聞いた。その声はオルドヌの中に響いているものだ。


――お待ちください王様! ミレスは私の婚約者です! どうかお許しください!


 あれが、アルス―――五年前、レーゲンが持ってきた首の顔をオルドヌは思い出していた。あの時、ミレスはどうしていた? 自分は何を言った? オルドヌの心にじわり、と何かが忍び込んでくる。


「次にあったのは、リヒトが十歳になった時だったわ」


 シシィが続きを放し始める。リヒトに聞いていた話を全てを事細かに話した。途中、レーゲンの後ろに立つ二人の兵士も兜を脱いだ。


「マキノです。ミレスの姉です」

「ラビです。ハルの兄です」


 二人はリヒトを人気のない街道で拾った事を証明する。リヒトが仕官するまでを話し終えると、二人は静かに下がった。


「そして、これら全てが、今回のアヘルデ領主城で起こった事の真実に繋がります」


 テュランが言うと、レーゲンは椅子から立ち上がり、その肩をマキノに押さえつけられた。


「放せっ 私を誰だと思っているっ テュラン様! あなたは騙されているのです! 王様、このような者達の言う事を聞いてはなりませぬ!」


 肩を押さえつけられたまま、つばを飛ばしてレーゲンは叫ぶ。


「黙れ!」


 オルドヌは恫喝した。今すぐに切り捨ててやりたい気持ちをぐっと堪えて憎悪を隠すことなく睨みつける。テュランは、こほん、と咳払いをして先を続けた。


「ただ、ここからの話は、私には話していいかの判断すらも出来ません。王様、人払いをお願いいたします」


 オルドヌは頷いて、ハンネスに指示を出した。最早、真実を知るためにほかの事はどうでも良かった。ハンネスに促されて、不服そうに貴族と兵士達が退室していくと、広い部屋には王族とレーゲン、そしてシシィたちだけとなった。


「竜の暴走は人為的に仕組まれたものだったのです」


 事の次第を、テュランは王に話し始めた。時折、カルラの助けを借りながら、先祖返り達の真実まで全てを語り終えると、小さく息を吐いた。オルドヌは、打たれたように身動きすらせず、壁の一点を見つめている。


「しっかりしなさい。あたしの要求はたった一つ」


 混乱したままのオルドヌをシシィが叱咤する。


「あたしの娘を返してよ!」


 全ての決定は明日に持ち越しになった。シシィは不服そうであったが、即座に決定するには情報の量と重さが大きすぎた。レーゲンを地下牢に放り込み、客人たちを客間に通すと、オルドヌは自室に戻って両手で顔を覆って寝台に座り込む。何から考えたらいいのかわからなかった。ミレス―――愛する女の顔が浮かぶ。今までであれば、こんな時はまっすぐにミレスの元へと向かっていた。


―――本当に、殺したいほど、憎まれていたのか


 オルドヌはゆっくりと横になり、眠れそうにも無い夜を見つめた。



 王宮の端にある粗末な地下牢―――ミレスが居る、牢獄とは名ばかりの美しい部屋とは違い、木の格子に囲まれた薄暗くて不潔なそこに、レーゲンは収監されていた。床は土である。布団さえも与えられず、板張りの寝台は贅沢な生活になれたレーゲンの体に痛みを起こし始めている。


 微かに剣が交わる音が聞こえた気がしてレーゲンは閉じていた目を開く。にわかに物音は近くなり、護衛兵の一人がよろよろと牢屋に近づいてきた。目が血走っている。


「な、なんだ、貴様!」


 レーゲンが叫ぶと、護衛兵は目を見開いて、牢の中に盛大に血を吐いた。そのままどさりと倒れる。


「だ、誰か! 誰かおらぬか!」


 レーゲンの声に人影が二つ現われて、一人は牢屋の鍵を開け始める。レーゲンは引きつったように声も出せず、牢屋の隅に縮こまった。雲が切れて、格子窓から月明かりが差し込む。


「お迎えにあがりました」


 口布を外した男はツヴァイだった。イヌルは何も言わずに扉を開ける。


「よ……よく来た、お前達! よし、神殿に金を取りに戻ろう。船に乗って他国に渡ればいい」


 レーゲンはキイキイとした声で言うと、驚くほどすばやく牢を出て走り出し、二人の神殿兵はその後に続いた。

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