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竜の住む国  作者: タカノケイ
第六章 バルトの真実
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バルトの真実 3

 アヘルデ領主城の悲劇、と呼ばれた竜の暴動から一ヶ月。大神官と王太子の出発を明日に控えたティレンの街は、準備をする王宮の者たちと、出発を見送ろうと集まった人々で、ごったがえしていた。

 街の喧騒は石の壁を通り抜け、建物の中まで聞こえてくる。シシィは不機嫌そうに舌を打った。


「誰か来たわ」


 シシィの声に、フィデリオは隠し穴のある、貯蔵庫に向かう。戻ってきたフィデリオの方をチラリと見たシシィは、更に顔をしかめた。ラビにグンタ……そして見知らぬ男が立っている。


「ラビ、いい加減に、その辺で困ってる人を拾ってくるのは……」


 シシィの説教は、ラビの直角にあげた手に止められた。


「シシィ、王太子様だ」


 しん、と場が静まり返る。


「テュランです。初めてお目にかかります」


 丁寧に挨拶するテュランに、それでも誰も何も答えられなかった。ただ呆然と物腰の柔らかい上品な面立ちの青年を見つめる。


「……あの、その辺で困っている王太子なんですが」


 テュランの言い方に、ラビがぷっと吹き出し、慌てたグンタがラビの足を踏みつけた。やっと我に返ったフィデリオがテュランに無言で椅子を勧めた。


「あの、皆さんも座ってください」


 テュランの言葉に、四人がけのテーブルのテュランの向かいにマキノとシシィが座り、長いすにラビが座る。グンタだけは座らず、フィデリオはお茶の用意をしに台所へと向かった。


「こういう時、すごく寂しいんです」


 黙り込んでいたシシィは、何を言い出すのか、と眉を寄せた。感情が読みにくい、恐らく今まで感情を抑えて生きてきたのだろう。それに、複雑な感情が混ざっている。ただ、その目の中に悪意はない、とシシィは判断した。


「私の隣には誰も座らない」


 テュランは、開いている椅子の座面に手を置いて、そっと撫でた。シシィは王太子の手の動きを目で追う。


「私は何があっても、リヒトを取り戻したい」


 突然、力を増した声に目を戻すと、これが先ほどまでの気弱そうな男だろうか、と疑うほど強い瞳の王太子と目が合った。シシィの瞳は、王太子の言葉が嘘ではない事を見抜く。


「それは、あなたたちがイリスとの生活を取り戻すことにも繋がります。私には、助けてくれる強力な人材が少ない。どうか、協力していただきたい」


 王太子は、机につくかと思うほど、低く頭を下げた。こんなところで下げていい頭ではない。この王太子が気弱だから簡単に下げることができたのか? いいえ、とシシィは思った。この男もやはり王家の人間である。隠されてはいるが、強い自尊心をその瞳の中に見た。強い決意でこうしているに違いない。


「頭を上げてください」


 ふう、という息と共にシシィは言った。


「これからの話をしましょう」


 夜が白むまで話し合いは続いた。結局のところ、確実な証拠は無い。リヒトが王子である事については、シシィ、フィデリオ、という証人と、テュランが持っているという指輪しか証明できない。レーゲンが先祖返りを利用した、ということに関しては、カルラ・グンタの証言のみである。テュランには王をはじめ側近たちに根回しできるような部下もコネもない。小出しにせず機会を得て、レーゲンの目の前で王に全員で進言する、という真っ向勝負しか手は無かった。


 ◆


 いよいよ、大神官レーゲンと王太子テュランの出発の日となった。浮かれていた兵士達も、厳しい顔つきに変わる。街中が集まったのではないかと思えるような大観衆に見送られ、先行していた兵士達と、貢物で増えた馬車の分、来る時よりも長い列がティレンを出て行く。殿の馬車が出た時には先頭が出発してから半刻ほども経っていた。

 盛り上がっていた観客達も、一人二人減り、少し落ち着きを取り戻した頃、シシィら四人もティレンを発った。


 長い隊列の最後尾をイリスを乗せた馬車は走っていた。向かいにはカルラが座り、その隣にグンタが座っている。警備という名の監視役だ。


「馬車は初めて?」


 イリスは、緊張した面持ちで膝のあたりのスカートをぎゅっと握り、カルラの言葉にこくん、と頷く。


「疲れたら、いつでも言いなさい。窓を少し開けてみましょうか」


 カルラはほんの少し窓を開けた。出発にはうってつけのからりと晴れた青空と、後ろに流れていく草原。イリスはそれを黙ってじっと見つめた。


「神殿でも空は見えるかな」


 ややあって、ぽつりと誰に聞くのでもないようにイリスは呟いた。カルラは思わず声に詰まる。


「……見えないわ。地下なの」


 すまなそうなカルラの声に、イリスははっと顔を上げる。


「いいの。今までも青空は何回かしか見たことないの。平気よ」


 その言葉に、カルラの横に座ったグンタがぐっと拳を握り締めた。


「そう……でもね、いい知らせもあるのよ」


 そう言うと、カルラはそっとイリスの耳に口を近づけた。


「わたしね、シシィと仲良くなったの。神殿へ行ってからも時々会わせてあげられるかもしれない」


 イリスは目を見開き、真っ赤になって口元を押さえた。ちらりとグンタを見ると、グンタもこくんと頷く。


「本当に?」

「ええ、でもこの三人だけの秘密よ? いい?」


 ぶんぶんとイリスは首を縦に振る。そして、そっと胸の前で手を組んだ。


「素敵だわ。本当に素敵」


 夢見るような目つきで、イリスは窓の外を見つめて呟いた。



 隊列の中ほどを進む王太子の馬車の中には、テュランに二人の侍従、そして珍しい事にハンネスが乗っていた。ハンネスは馬車を嫌い、普段はどんな時でも馬に乗っている。


「それは……本当ですか」


 たった今、テュランから聞かされた話の奇抜さに、思わずハンネスは問い返す。冗談で出来る話ではない。わかっていてもやはり、問い返さずには居られなかったのだ。


「本当だ。暴動が仕組まれた事なのか偶然起こったのかまではわからない。だが、レーゲンが先祖返りを使ってキノを竜に襲わせたことは、間違いのない事実だ」

「なんてことだ」


 テュランの真剣な目を受けても、ハンネスは未だ信じたくない、という様子で呟く。


「いつからなのかはわからないが、神殿が全てを王家に隠していたことも許される事ではない」


 テュランの言葉に含まれる王族としての誇りにハンネスは改めて自分の主の顔を見た気がした。そして不思議に寂しい気持ちがした。子供の頃から、素直で優しく「王族らしくない」といわれ続けた王子だった。だが、そんな王子をハンネスは心の底から好いていたのだ。テュランは頷いて、そして、と続ける。


「リヒトを殺そうとした事は尚更、許すことは出来ない」


 思わず笑みをこぼしそうになり、ハンネスはこほん、と咳払いをした。リヒト殺害は、間接的ではあるがテュランを王にするために仕組まれた事である。本来であればテュランが命じたとしても不思議はないことなのだ。強くなった、しかしあくまでもテュランはテュランのままである。権威と権力にしがみつく為なら身内でも始末する、という意味では王族らしくはなれないのだ。


「わたしは、テュラン様の護衛隊長です。テュラン様のお決めになったことでしたら、全てに従います」


 ハンネスは元々伸びている背筋を更に正して、深く頭を下げる。


「あ、いや、だから、相談に乗ってもらいたいんだ。シシィ……リヒトの育ての母君だが……の考えなのだが……」


 下げたままの顔で、ハンネスは堪えきれず笑みを作る。この王子のためになら何でもしよう、失脚しようと首が飛ぼうと、この優しい王子の為になら――。


 ◆


「馬車に乗れば良いものを」


 イヌルを一瞥してツヴァイは小声で呟いた。その表情はいつも通り無表情だった。


「性に合わない」


 イヌルは短く答える。素っ気無いが自分を気遣っていることがわかる。ゼノの放った矢は骨を貫き突き刺さっていた。高熱にうなされ、一時は自分でも助からないかと思えたが、数日前にようやく床上げすることができた。とはいえ、まだ痛みはとれず、片腕はきっちりと固定してある。だが、馬車に乗れというツヴァイの言う事を聞かず、馬に跨った。イヌルはちらりとツヴァイの横顔を見る。


「何故、ゼクスを射った」


 イヌルの質問にツヴァイは無表情のまま、わずかに眉を寄せる。


「裏切ったんだ、当たり前だろう」

「そうじゃない」


 言いたいことが本当はわかっているだろう、と思いながらイヌルは答えた。


「俺にやらせたくなかったのか? アルス隊長の時もだ」


 いくらか語気が荒くなったことを自覚しながら、イヌルは続けた。


 イヌルの家は、ツヴァイの家の使用人の家系である。ツヴァイの家は貴族の末席に名を連ねていたのだが、ツヴァイの祖父の代で没落した。散り散りになった使用人の中で、イヌルの家族だけは離れることなく彼の家に仕え続けていたのだ。

 幼少期に贅沢をしたツヴァイの父親は働く事をほとんどせず、夢のようなことばかりを言って回っていたし、母は没落するなり離縁して実家に戻ったので、イヌルの父親と母親が、不平も言わずに働き、両家の子供達を育てていたのだ。それでも、ツヴァイの父はイヌルの父に対していつも横暴な態度をとっていた。

 その関係がおかしいと気づいても、一度出来上がった人間関係はなかなか変えられるものではなかったのだろう。親の態度は両家の子供たちにも自然と上下関係を染みこませた。子供達自身がそれと気がつくまで。

 お貴族様、という近所の者達が父を呼ぶ名が馬鹿にされたものであること、父の語る未来が現実とは程遠いものであること、文句も言わずに働くイヌルの父と母に気づいてから、態度にこそ変わらぬものの、ツヴァイは常にイヌルに負い目を感じている。それがイヌルには面白くなかった。

 

「何の話だ」


 ツヴァイはそう言い放つと、逃げるように馬の足を速めて行く。ツヴァイの武芸が抜きん出ていることには間違いない。だが、冷酷な殺し屋だと評価される態度は、出来るだけ他のものに負い目を負わせまいとしてだ、ということにイヌルは気がついている。神殿兵になり、過酷な日々をすごす中で唯一ツヴァイが心を開いたアルスも、そういう男だった。


「少しは……」


 イヌルは呟く。呟きは風に流されてツヴァイの耳には届かない。


「俺を信用しろよ」


 友はどんどん壊れていくようだ、イヌルは肌に這い上がった不安を吹き飛ばすように頭を振る。


――それぞれの思いをのせて、馬車群はハウシュタットへと進んでいった。

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