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竜の住む国  作者: タカノケイ
第五章 アヘルデ領主城の惨劇
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アヘルデ領主城の惨劇 6

 シシィらが、水面下でイリス奪還の方法を模索し準備する中、レーゲン大神官と王太子ティレンのハウシュタット帰還の日取りが半月後に決まった。

 暴走直後にキノの街に救援と調査に駆けつけたハンネスと、率いる兵士たちが見たものは、一面の焼け野原だった。門の前で白い煙を上げている人の山を掻き分けて街に入ったものの、生きている者は皆無に近かった。皮肉な事に、領主城の地下に幽閉されていた、アヘルデ領主とその家族・一党だけが無傷で救助された。そうなれば、アヘルデ領の事はアヘルデ領で解決するのがバルトという国なのである。


 レーゲンとテュランにとっては、反乱軍とは関係のないキノの住民を「多少」巻き添えにはしたものの、神殿兵三名と護衛兵一名の犠牲のみで反乱を収めた大手柄であった。

 しかも、神殿兵に攻撃した反乱軍を神の使いの竜が襲ったという噂は火の様に伝わり、大神官レーゲンの神性がバルト国中で絶賛された。きっと、その神通力で来年は豊作にしてくださるに違いない……民衆はこぞって神殿に供物を捧げた。霊験あらたかな大神官を敬い集まった人々でティレンの街は溢れかえっている。不作が続く不安と、戦乱が起こるかもしれない、という恐怖から一転しお祭りのような騒ぎになっていた。


「俺、神兵に戻ろうと思います」


 すっかり体力を回復したグンタはシシィに告げた。何か手伝わせて欲しい、と何度も申し出ては断られている。顔を覚えられているグンタに協力してもらう事は、逆に危険を増やすことにもなるからだ。


「危険だわ」

「でも、それが一番動きやすいでしょう。受け入れられると思いますし」


 グンタは、先祖返りの少年について、今回の暴動を抑えるために重要な役割を持つ少年だ、とだけ聞かされていた。旅の間、少年の世話をするうちに、二人の間には友情のようなものが芽生えた。少年の発した数少ない言葉を思い出す。生まれてきた意味、大きな世界の流れ、神の一部になる日、世捨て人の様な、聖人のような、詩人のような、彼の声と美しい横顔を思い出す。


「……恐らく彼は、あそこで殺される事を知っていたと思います」


 グンタはシシィの目を見つめる。


「知っていて、諦めていたような気がするんです」


 初任務の恐怖からコカの葉を吸ったようだ、とツヴァイは言った。吸ったんじゃない吸わされたのだ、と後から気づいた。何故、何も気がつかなかったのだろう。上の言った事は絶対で、自分の頭では何一つ考えていなかった。

 領主城の前で覚醒し諦めたように、そうか、と彼は言った。けれど……斬られた彼は悲鳴を上げた。剣から逃れようと抵抗した。


―――生きたかったんだ


「神殿に、そんな人がまだ居るのなら、俺は助けたい。勿論、イリスも。手伝わせてくれないなら勝手にやります」


 グンタの意思は揺らがない。切れ切れに吐き出されるグンタの心の底からの言葉を受け止めていたシシィは、諦めたように肩を落とした。


「わかったわ……マキノ」


 シシィはマキノを振り返る。


「彼の足を折って頂戴。きれいにね?」


 何事でもない、というように言ってのけるシシィの言葉に、これまた眉一つ動かさず立ち上がったマキノからグンタは思わず後ずさる。


「怪我もないのに、今まで戻らなかったらおかしいでしょ」


 シシィは艶やかに笑う。


「ちょっと、動かないで」


 子供を叱咤するように言うマキノに、グンタは観念して目を閉じた。



 ◆


「神殿兵が一人戻ったそうですね」


 テュランが息を切らして叫びながら飛び込んだのは、大神官レーゲンの部屋である。


「え。ああ、ええ、足を痛めて倒れていて、運よく助かったようです」


 何の感情も込めずにレーゲンは言いのけ、不審な顔をしたテュランにはっとして言葉を続ける。


「リヒトは戻らないのに、申し訳ありません」

「それで、何かリヒトについては」

「怪我がひどく、休んでおりますので、今はまだ何も」

「私が話を聞きに行ってもよろしいでしょうか」


 リヒトは竜に襲われた、という事で口裏を合わせている。「リヒトは実は反乱軍だった」という事にしていないのは、今度こそ、間違いなく死んでいるだろうと思っているからである。名誉の死にしておいたほうが、ミレスや仲間たちの気持ちを逆撫ですまい、と考えての事だった。

 だが、この王太子に限っては何を気にしようと問題ではない。真実を知る能力などありはしない、とレーゲンはたかをくくった。


「ええ、それは勿論。案内しなさい」


 レーゲンは、部屋の前に立っていた兵士に声をかける。


「はっ。王太子様、こちらです」


 一人の神殿兵が案内する後にテュランが続き、部屋の外で待機していたハンネスも続く。高級な宿屋を出て、はす向かいの宿屋に入った。近辺一体は立ち入り禁止となっており、道には王宮の兵士しか居ない。

 レーゲン・テュランの宿泊する宿よりは劣るが、それでも充分に立派な宿の一室に二人は案内された。



「グンタ、王太子様がお話なさりたいそうだ。起きろ」

「はい」


 突然の意外な来訪者に驚いたものの、グンタは顔を歪めて起き上がろうとした。


「いや、そのままでいいよ。この者と二人で話したい。二人とも、部屋を出てくれるか」


 テュランは、ハンネスと案内役の神殿兵に声をかける。


「しかし」

「頼むよ、ハンネス。さすがの私も丸腰の怪我人には負けないよ」


 テュランは柔らかく微笑む。何も言えなくなったハンネスは、頭を下げて向きを変えるとそっと部屋を出て、背筋を伸ばすと扉の前に立ち塞がった。テュランは手で寝ているように、とグンタに伝えて、寝台脇の丸椅子にゆっくりと腰を下ろす。


「話は出来るかな。傷は痛むかい」

「はい。大丈夫です」


 しばしの間が流れる。


「襲われたときの様子を聞きたい。リヒトはどうしていただろうか」


 真剣な様子で尋ねる王太子に、グンタは動揺した。

 ツヴァイから「領主城の前で開門を迫ると、突然射掛けられた。ゼクスが討ち死にし、イヌルも傷を負った。それでも交渉しようと林の中から説得していると、竜が現われた。リヒトは傷を負い、グンタは落馬して気を失っていた。馬も失っていた為、やむを得ず置いてきた」と口裏を合わせるように言われている。テュランに対してもそれと同じ説明があったはずだ。にもかかわらず、人を払ってそれを聞くと言う事は、二つの可能性を意味する。


 王太子はレーゲンと通じており、何も知らぬフリをしてグンタが裏切らないか確認しに来た可能性。もう一つは王太子とレーゲンは対立しており、太子がレーゲンを疑っている可能性。


 グンタの直感は、後者だと告げていた。だが、間違えていればリヒトを危険に晒す事になる。死んだと思われていたほうが安全なのだ。


「そのことは、気を失っていた私より兵長の方が」

「君の話を聞きたいんだ。反乱軍は本当に襲ってきたんだね?」


 テュランの目は真剣だった。疑いと、その疑いの裏に見える自分自身への強い怒りを、同じ気持ちを味わったばかりのグンタは感じ取った。


「俺が気がついたとき、リヒトは林の中で二匹の竜に囲まれていました。一匹が火を吐いて、地面に転がり燃え上がるマントを捨てたのが見えました。大きい竜がそこに覆いかぶさって……しばらくして二匹の竜は飛び立ちました」


 グンタはゆっくりと話す。ツヴァイに話したのと全く同じ内容である。テュランの顔は、グンタの話が進むにつれ、隠しようのない絶望の色に染まっていった。そこにグンタが居る事を忘れたように、何も言えず呆然と空を見ている。グンタは居た堪れない気持ちでその顔を見つめた。


「……私はリヒトを殺してしまった。弟のように思っていたリヒトを」


 やがて呻くように声を搾り出すと両手で顔を覆って俯いた。レーゲンの誤算はこの愚鈍なまでの素直さだった。その真っ直ぐな心の在り方は、時に人の気持ちを激しく動かすことが、レーゲンには理解できない。

 勿論、生き残ったのにわざわざ戻ってきたグンタが、偶然リヒトと繋がっているラビに拾われ、正義感から神殿を裏切った事も想像し得ない。レーゲンにとっては、褒美が欲しくて戻ってくる気持ちの方が、誠意や正義感などより余程、理解しやすいからだ。


「ここからは、信じてもらえないだろう、と誰にも言っていないのですが」


 グンタは声を潜める。その言葉に、テュランはゆっくりと顔を覆っていた手を広げた。


「王太子様がリヒトを思う気持ちを信じてもいいですか」

「勿論だ。何でもいい、教えてくれ」


 グンタの言葉の意味を理解したテュランは丸椅子から降り、膝をつく。グンタは慌てて、おやめください、と起き上がろうとするが、テュランに肩を抑えられた。


「グンタ、頼むよ」

「……飛び立った竜の足に、リヒトが掴まっていました」


 一瞬理解できない、という顔でグンタを見たテュランだったが、グンタの真剣な顔を見て徐々にその顔に生気が戻っていった。


「本当か」

「はい。でも、誰にも言わずに居てくれますか」

「約束しよう」

 

 グンタはしっかりと答え、その言葉にテュランは頷く。続く言葉を待ったが、グンタはそれ以上何も話さなかった。


「邪魔したね。しっかり治しなさい。それと、身辺にくれぐれも気をつけて行動するように」


 テュランは含みのある言葉をかけて、立ち上がる。


「失礼ですが、このことは本当に、本当に他言しないでいただけると」


 恐る恐る言うグンタに、テュランは微笑んで頷く。


「もっと話せることがあったら、そして話したくなったら、いつでもわたしを訪ねなさい。私はリヒトの味方だ。リヒトが私を恨んでいようと、私はリヒトを害さないと誓う。話してくれてありがとう」


 グンタは不思議な気持ちを抱いていた。今グンタが匂わせた、神殿兵であるにも関わらず神殿を信用していないような発言を理解して尚、何故問い詰めないのだろう。王太子にとっては笑っては済まされない出来事のはずだ。ただの一兵士の気持ちを尊重している場合ではない。そもそも、ただの護衛と思っているリヒトをここまで心配するものだろうか。納得いかない顔のグンタに向かってテュランは安心しろ、というように肩に手を置いた。


「テュラン様、リヒトもテュラン様を兄のように慕っていたそうです。恨むなど……」

「わかっている」


 テュランの顔がその心を移すように悲しく歪んだ。グンタは息をのんでその顔を見つめた。


「……お二人はとてもよく似ています。本当の兄弟のようです」


 やがて背を向けたテュランに、思わずグンタは声をかけた。テュランは、振り返り笑顔を向けたが、やがて何かに気づいたように目を見開く。物言いたげなグンタを見て、しっかりと頷くと、扉を開けて出て行った。

 リヒトの生存が更に絶望的となる話を聞き、さぞ落ち込んでいる事だろう、と声をかけようとしたハンネスは息を飲んだ。今まで見たことがないような顔をしたテュランがそこに居た。

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