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竜の住む国  作者: タカノケイ
第四章 動き出す歯車
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動き出す歯車 3

 リヒトとハルが入隊してから、三ヶ月が経った。


 新兵は入隊後の三ヶ月間、過酷な基礎訓練に追われる。剣の稽古をしながら、入り組んだ王宮の形を覚えこむ。どこからどこへ行くにも最短のルートをすぐに選べるよう、徹底的に体に叩き込まれるのだ。

 同時に座学も行なわれる。国法や倫理はもちろん、星の見方から国の歴史まで、それは幅広い。その頃までにはリヒトたちと一緒に入隊した何名かの姿が見えなくなっていた。警戒していた神殿からの干渉は何もなかった。王宮内で他の兵士達と共同生活をしている者を、どうにかできるほどの力が神殿にはないらしいとわかって、リヒトは胸を撫で下ろした。

 他に、この三ヶ月で変わった事といえば、シシィが新しい隠れ家を見つけたことだ。それはなんと王宮の中へと、隠し通路がつながっていた。あたしの能力は繋がりを見つけることよ? と、シシィは自慢げであった。時々その通路を使って現状を報告していたが、周りに悟られる気配は全くない。


「はーあ! 終わったなー」


 訓練最終日、部屋に戻るとすぐにハルは寝台にごろりと横になった。備え付けの木製の寝台は長い年月の経過を思わせるように、表面が鈍く光っている。三ヶ月前には新品だった綿の入った敷物は、汗と重みでだいぶかさが減ってきていた。


「ハル、着替えろよ」


 リヒトは眉を寄せて言った。数人が除隊したため、希望すれば一人部屋をもらえたが、安全を考えて二人は今でも同室なのだが、ハルのだらしなさにはなかなか慣れない。


「わかったわ、ママン」

「うっせ」


 甲高い声でちゃかすハルに、うんざりしてリヒトは答えた。


「なあなあ、明日からリヒトは王太子様の稽古と護衛だろ?」

「ああ、午前中は稽古で午後と夜は当番制で護衛だ」


 リヒトは汗と埃のついた練着を脱ぎ捨てて、部屋着に着替える。


「俺、何すんだと思う?」


 ベッドに横になったまま、くるくると指に前髪を巻きつけながらハルは聞いた。


「さあな」


 リヒトの答えはそっけない。布を掴むと、顔を洗うため、部屋を出ようと扉に向かった。その背中をハルは横目で見つめる。


「……ミレス様になんか聞いとく事とかって、ある?」

「ないよ。余計なこと言うなよ?」


 顔だけ振り返って言うリヒトに、ふーん、と言うとハルは横向きになった。ハルは明日から、リヒトの母である側室ミレスの護衛につくことになる。リヒトは複雑な気持ちではあったが、どこか割り切れている自分も感じていた。近い距離から、しかし他人として接することが出来るだろうと思った。そのまま寝入りそうなハルに声を掛ける。


「だから、着替えろって。飯の時間になっても起こしてやらねえからな?」


 返事をしないハルに、首をすくめてリヒトは部屋を出た。


 ◆


「本日よりお相手いたします。二番隊新兵リヒトです」


 翌朝、リヒトは王太子直属の護衛である二番隊の隊長ハンネスとともに訓練場にいた。御前試合に使われ、昨日までリヒトたち新兵が訓練していた兵士用の訓練場ではない。王族のみが使う一回り狭い訓練場だった。狭いとはいえ、足下には美しく肌理の揃った砂が敷かれ、周りは布ではなく白い木材で囲まれて、休憩所が設えてある。


「大会では素晴らしかったね。私は剣が苦手で……よろしく頼むよ」


 王太子テュランは優しげな瞳でリヒトを見上げた。


「年も近いし、良い友人になって欲しいな」

「テュラン様」


 新兵であるリヒトに親しげに話しかけるテュランをハンネスが苦笑いで窘める。


「新兵が調子にのります。はじめましょう」


 窘められても怒りもせず、まあまあ、といいながらテュランは笑う。リヒトははじめて話した異母兄に、不思議な感情を抱いていた。それは父であるオルドヌ王に対しては全く感じなかった、血の繋がりとも言うべき懐かしさだった。異母兄である。父より血の繋がりは薄いはずなのに。不思議に思いながらリヒトは剣を構えた。テュランも追って構える。


「はじめ」


 カツン、と刀が当たっただけの始めの一合で、テュランの実力はなんとなくわかった。リヒトは力と速さを加減して、二合、三合と、徐々にテュランのペースに合わせていく。


「やめ」


 ハンネスの声が響いた時には、テュランは肩で息をしていた。これは、いくらやっても上達はすまい、とリヒトは思った。上達しようという気持ちが見えないのだ。同じところに同じ角度で打ち込んでいるのに、どこに合わせば最小限の力でいなせるか、どう動けば最小限の動きで避けられるか、を考えている様子が全くない。


「テュラン様、合わせてみていかがですか」


 ハンネスは穏やかに質問する。正直なところ、ハンネスはこの王太子に剣を仕込むことをとっくの昔に諦めているのだろうとリヒトは思った。体つきから言っても武芸に向いているとは思えない。それでも穏やかで儚げなこの王太子を心から大切に思っていることがその表情から読み取れた。


「なんだかいつもより、楽に動けた気がするよ」


 テュランは微笑む。


「リヒトが上手く合わせてくれたんだろうね。私の剣はどうだろう」


 テュランに真正面から聞かれて、いえ、あの、とリヒトは口ごもる。本音を言えば、リヒトが真剣に向き合えばこの王太子に二合目はない。少しは腕の立つ町のゴロツキと同程度か、それ以下であった。


「王太子だと構えずに、本当の事を話して欲しいな」


 少しすねたようなテュランに困り果て、リヒトはハンネスに助けを求める視線を投げる。ハンネスは「思ったことを言いなさい」というように微笑んで頷いた。


「恐れながら、王太子様は剣がお好きではないようにお見受けいたしました」


 リヒトは言葉を選んで告げる。テュランは興味深そうに聞くとゆっくり頷いた。


「そうか、そうかもしれないな。では、もう稽古はやめてもいいかな」

「テュラン様。万が一、何かあった時にどうするのです」


 おどけたテュランにハンネスは呆れたように言ったが、それは形だけといった風だった。


「何かあったら、ハンネスが守ってくれるだろう。リヒトも。な?」


 おかしそうに笑うテュランを見つめて、リヒトも困ったように笑う。テュランの言葉が冗談なのか本気なのかはわからなかったが、きっとこの王太子は強くなる意味を持っていないのだろうと思った。


「何かあった時にテュラン様が一太刀を避ける事が出来れば、その隙に必ず私たちが敵を仕留めましょう」


 リヒトの言葉にテュランは嬉しそうに頷くが、その顔に、まだ真剣さはない。


「もちろん、テュラン様が一太刀も避けられないとなれば、隊長も私も身を捨ててテュラン様をお救い致しますので、何もご心配する必要はありません」


 笑って聞いていたテュランの顔が、徐々に意味を理解して引きしまる。お叱りを受けるかもしれない、とリヒトは覚悟した。護衛なのだ、命を賭すのは当たり前だ、と。


「よく、言ってくれたリヒト。ハンネスもお前も失いたくない、稽古を再開しよう」


 テュランにまっすぐに見つめられてリヒトは頷く。この王太子は、頼りなげに見えても、やはり王太子として在るのだ、守るべき人なのだ、と胸が熱くなるのを感じた。


「では、私が幼い頃にした稽古を試してみましょう。まず、剣を置いてください」


 テュランは怪訝な顔をしたが、リヒトの言うとおりに白い砂地の上に素直に剣を置く。


「私の剣を、避け続けて下さい」


 リヒトは急所を狙ってゆっくりと剣を動かす。テュランは不思議そうな顔をしつつも体を捻って避ける。


「そんなに大きく避ける必要はありません。避けた後、体勢を崩さないでください」


 ハンネスは、なるほど、というように頷いている。

 剣をを意識するあまりに相手の剣が見えていないどころか、剣を持つ自分の腕も足元さえも見えていないようなテュランには、効果が期待できそうなやり方である気がした。



 ◆



「ただいま」

「おう、おかえりー」


 リヒトが午前中の稽古の相手と午後の護衛を済ませて部屋に戻ると、ハルが菓子を食べながら振り返った。午前の訓練よりも午後の護衛のほうがリヒトには効いていた。何もせずに同じところに立ち続けることが、こんなに苦痛だとは、と足をさする。戦いなど無いほうが良いに決まっているが、平和な王宮の護衛とはなんとつまらない仕事だろう、と初日にして思いはじめていた。


「で、お前は何食ってるの」

「食う? すっげえ、うまいの」


 ハルは菓子を包んだ薄紙をリヒトに差し出す。


「それどうしたんだ?」

「奥でさ、いろんな人からいっぱい貰った」


 小さく包んで上を絞った、お菓子が入っているのであろう薄紙が、ハルの懐からたくさん出てくる。リヒトは呆れてそれを見つめる。


「で、お前は何をしてたの?」

「え? 札取りしたり、お茶飲んだり?」


 暢気に話しながら、ハルはもうひとつ、紙を開いて、中の菓子をぽいっと口に入れる。


「いい人だったぜ、ミレス様。みんなに好かれて、頼られてる。あと、お菓子をくれる」

「……メシ食いにいく」


 声をため息とともに出して、リヒトは振り返らずに部屋をあとにした。

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