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竜の住む国  作者: タカノケイ
第四章 動き出す歯車
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動き出す歯車 2

「失敗した!?」


 神殿の中でも最も豪奢な一室「大神官室」で、部屋の主レーゲンのただでさえ甲高い声が裏返った。


「どういうことかな? 相手は仕官前の少年たった二人ではないか」


 どうやら怒りよりも疑問の方が勝っているらしい。どことなく間抜けた質問をする。


「申し訳ありません。恐ろしい程腕の立つ男がいました。万が一、私達の遺体が残っては証拠となってしまうと考え、引き上げた次第です。戻って確認したところ、潜伏先には既に居ませんでしたので、目下、市内を捜索中です」


 ツヴァイは頭を下げて、しかし感情の篭らない声で報告した。長い沈黙が続く。眠りかけを起こされたレーゲンは、ツヴァイの言った言葉を理解するのに時間がかかっているようだった。


「確証はありませんが、十三年前にグロセンハングへと向かう街道で、アルスを逃がした男の風貌と一致します。その男も二刀流でした」


 重い沈黙を破ってイヌルが続ける。少しづつ状況を理解したレーゲンの顔が徐々に赤く染まっていった。


「……では、もう、あの小僧を始末できないということか」


 レーゲンはやっとのことで、搾り出すように言う。


「……王宮内で騒ぎを起さずに、ということであれば、難しいかと思われます」


 言い終わったツヴァイの顔に墨壷が飛ぶ。ツヴァイは身じろぎひとつしなかったが、壷は当たらなかった。しかし、零れた墨が、額から頬に滴る。


「戻れ! 役立たずめが」

「はっ」


 ツヴァイは、呪い殺しそうな目で見つめるレーゲンから目をそらし、無表情のまま踵を返した。



 ◆



 翌日朝早く、王都ハウシュタット内に、別の隠れ家を探すといって、シシィは宿を発った。リヒト、ハル、ゼノの三人は、丸一日、宿に篭って過ごすこととなった。刺客も、さすがに御前試合目当ての旅客たちで賑わう大通りの宿までは、襲ってくることはないだろう、と考えての事だった。おかげで宿代は法外な金額であったのだが。

 兵士になるのを諦め、すぐにグロセンハングに行こう、という考えが、何度もリヒトの中で頭をもたげた。だが、父アルスの居た場所に立ちたいという気持ちが、どうしても諦められない。

 大事な人を傷つけてしまうかもしれない。一人でやるからほっておいてくれ、と言っても、ほっておいてくれないこともわかっている。だからこそ、その言葉を言ってはいけないことも。

 リヒトはそうして塞ぎこみ、そんなリヒトに話しかけることをハルは諦めた。ゼノはゼノで別の何かを考えているようで、一日中、宿屋の一室はほとんど会話もなかった。折り悪く、王都には雨が降り、中も外も、どんよりとした空気が晴れることはなかった。


 重苦しい一日が終わり、翌日の早い時間に三人は宿を発った。仕官先の発表を見るためである。御前試合の参加者はもちろん、家族や野次馬、大勢の人々が掲示板の前で、押しつ押されつしていた。


「これ、いつになったら見れんの?」


 長い行列の真ん中あたりで、ハルはうんざりしたような声を上げる。


「近づいてくる奴がいないか、気をつけろよ」


 リヒトが声を潜めて注意を促す。わかるかよ、とハルは独り言のようにつぶやいて、頭を掻いた。


「あー、もう帰りたいっすー」

「だが、戻るのも至難そうだぞ?」


 ハルの情けない声に、ゼノが答える。二人の若者は後ろにゼノが立っている、というだけで昨日からの恐怖がかなり軽くなっていた。やっとの事で掲示板にたどり着き、二人は自分の名前を探す。


 王宮付護衛官 二番隊 ティレン リヒト


 王宮付護衛官 十一番隊 ティレン ハル 


「やったああああああ!」


 ハルは喜んで両方の拳を振り上げた。


「王宮付きだぜ! やったな、リヒト!!」


 誇らしげな顔でゼノを見上げたリヒトは、ハルを見るゼノの顔に浮かんだ懸念の表情に気づいた。目はハルを見つけている。


「二番隊は王太子直属の護衛だ。だが、十一番隊とは聞いたことがない」

「え……」


 ハルはもう一度確認しようと再び混雑を掻き分けて、掲示板の前に戻っていった。リヒトも慌てて後を追う。掲示板には間違いなく十一番隊と書いてある。神殿兵、と書いている別枠があるから、神殿絡みではないのだろう。しかし、そこにグンタの名前を見つけてリヒトとハルは眉を曇らせた。


「とにかく行ってみよう」


 リヒトはゼノに行ってみるとゼスチャーで伝え、ハルを入り口へと促して歩き出した。入り口近くに立っている受付と思われる兵士に参加証を差し出す。


「十二番、ティレンのリヒトです」

「これをつけて中に入れ。しばらくしたら案内の者が来るから指示に従うように」


 参加証を確認した兵士から緑色の腕章を渡される。中に入ると指示通りに腕章を袖に取り付ける。入り口ではハルは桃色の腕章を受け取っていた。腕章を渡した兵士は不躾にハルの頭からつま先まで値踏みするように観察していた。


「ねね、十一番隊って何?」


 ハルの質問にはっとしたその兵士は、何か言いかけて周りを見回す。やがて声を潜めて


「なんでも、ミレス様直属の護衛だそうだ」


とつぶやいた。


「へえ」


 そうなんだ、という調子で返事をするハルに、兵士は顔を近づけ更に声を潜める。リヒトは隣で少し眉をひそめて耳をすませた。


「側室に直属の護衛がつくのは建国以来初めてだ。いろいろ噂になってるから気をつけろよ」

「ふーん、あんたいい人だなあ。ありがと」


 なんでもないようにへろりと笑うと、ハルはゼノに報告するためか、入り口から離れていく。建国以来初めて? 何故……リヒトはまた思考の波間に漂いだす。なんだか最近考えてばかりだな、と心のどこかが思った。


「行こうぜ。考えてもわからんことは考えない、考えない」


 いつの間にか帰ってきたハルが、リヒトの胸の内はお見通しという様子で背中を叩き、ハルはすたすたと指示された場所へと進む。自分がハルに巻き込まれる立場だったら良かったのに、と思いながらリヒトも後に続いた。



 ◆


 

 「こちらだ」


 迎えに来た案内役の男に付いていくと、御前試合の会場だった場所に出た。柵や観客席が取り払われ、真っ白な粗い砂が敷き詰められている会場は、以前見た時よりもずっと広い。

 そのを通り抜け、御前試合の間に寝泊りしていた小屋の横を通り、奥へ進むと細長い建物に行き当たった。


「新兵を連れてきました」


 案内役の男は中に向かって叫ぶと、ここで待て、と言い戻っていった。


「入れ」


 聞き覚えのある声は、御前試合で審判を務めた男だった。


「あ」

「うわあ、リヒト、ゲロ決定」

「上官の前で無駄話をするんじゃない」

「はいっ」


 声を潜めて話したのを聞き咎められ、早速注意を受ける。返事は良かったが、ハンネスが振り返った隙に、ハルは横を向いてうへえ、という顔をするのを忘れなかった。男は王宮つき護衛隊副長、兼、二番隊隊長のハンネスと名乗った。


「これに着替えろ。腕章も付け替え忘れるなよ」

「はい」


 ハンネスから護衛官の制服を手渡される。リヒトの制服もハルの制服も同じ作りではあったが、細部が微妙に違っていた。二人が着替え終わるのを待って、ハンネスは立ち上がる。


「正式なものは追って作る。借り着だから丁寧に扱うようにな」

「はい」

「では、詰め所の説明をしながら、部屋に案内する。荷物は?」

「これだけです」


 リヒトは背負っていた袋を持ち上げる。


「それは結構だな。最近の若い者は箪笥まで持ち込む。こっちだ」


 ハンネスに一通り建物の中を案内してもらい、一旦外に出て別棟に入る。ここは宿舎だ、と言いながらハンネスは食堂、湯浴み場、と案内を続ける。


「今って何人くらい住んでるんですか?」


 宿舎の長い廊下にある扉の数を数えながら、ハルが尋ねる。


「三十人くらいじゃないか。とにかく入隊から三年はここに住むのが決まりだ。三年を過ぎても残る物好きも居るが」


 ハンネスは廊下の一番奥まで進む。


「この部屋だ。空きが出るまでは二人で使え。鐘が鳴ったら食事だから、着替えを済ませて食堂に向かうように。午後、入隊式を行う。迎えが来るまで食堂でそのまま待つように」


「はい」


 返事をするリヒトをよそに、ハルは既にドアを開けて部屋の中を確認している。


「甘いのは入隊式までだ。入隊が済んだら礼儀を叩き込むからな」


 ハンネスの言葉に驚いたハルが振り返って敬礼する。バルトの兵士の敬礼は、重ねた両手をひじを張って顎の辺りまで上げ、それにつけるように頭を下げる。


「右手が下だ」


 呆れたような顔で、遅れるなよ、と付け加えるとハンネスは立ち去った。

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