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竜の住む国  作者: タカノケイ
第四章 動き出す歯車
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動き出す歯車 1

「ひとつ、聞きそびれてた事があったんだけど」


 リヒトとハルが帰宅し夕飯も食べ終えて、酒の入ったグラスを片手にシシィが切り出した。彼女の細い首には、金の鎖がかけられ、胸元では緑色の大きな石がランプの明かりを反射して輝いている。それは、彼女の赤い髪の色と相反して、お互いをよく惹き立てていた。王様への謁見という緊張状態から気持ちも体も開放されたリヒトは酒も手伝ってほとんど閉じかけていた目をうっすら開く。


「ここまでの旅費、どうしたの? あたし、杜撰な金銭管理はしてなかったはずよ」


 優しい声色ではある。しかし、含まれる何かに、しっかりと覚醒したリヒトは助けを求めてハルを見つめる。こういう時の言い逃れはハルのほうがうまいのだ。だが、視線の合ったハルの目がすうっと泳いだ。


「俺知りませーん。リヒトが持ってましたー」


 ハルはすっと右手を上げて言う。友の裏切りに、おい、とリヒトは腰を浮かしかけ、諦めたように座りなおした。シシィとゼノに竜燐を手に入れた経緯をちゃんと話すべきだと思った。


「竜燐を売ったんだ」


 単刀直入にリヒトは言った。うとうととまどろみかけたゼノも、薄く目を開けてその視線をリヒトに投げて寄越す。シシィは納得がいかないように眉をひそめた。


「竜燐?」

「うん」


 リヒトは椅子にかけてあった袋から、小さな巾着を取り出して逆さに振った。十数枚の竜燐がキラキラと机の上に落ちる。シシィとゼノの目が驚いたように大きくなる。


「こんなに……一体どこで」

「グラウの商団に拾われる前に……」


 リヒトは、アルスが殺され必死に山を逃げる途中に出会った竜のクストの話をした。目の前の竜燐がなかったら自分自身でさえ夢だったような気がする。改めて救われた事のありがたみに気がついてリヒトの胸にクストに対する感謝が溢れた。


「話したの? 竜と? それで、乗って……飛んだ? 先祖がえりの竜って……」


 突飛な話をにわかには信じられない様子で、シシィは独り言のようにつぶやいた。身を乗り出して聞いていたゼノがううむ、と唸った。


「他の集落から離れ、孤立しているような村で、何度か独特の竜神信仰を聞いたことがある。竜が神の声を届けたというものから、畑仕事を手伝った、などというものまで。御伽噺だと思っていたが……」

「先祖返りの竜がたくさん居るってこと?」


 シシィはまだ半信半疑である。だが、彼女の目はリヒトが嘘を言っているのではないことを、見抜いているだろう。


「いるなら探したいな」


 リヒトは、ずっと一人だったと言った竜を思った。彼はきっと今も一人であそこに居るのだろう。戻るという約束はいつか必ず果たすつもりだ。できればイリスと一緒に。そのとき、先祖返りの竜の仲間もいたら、これほど素晴らしいことがあるだろうか。


「うむ。心当たりがいくつかある。ザイレに、小さな子供が「竜神様と一緒に歌った」と言っていた村があったな。大人たちは誤魔化しもせず笑っていたが……」


 それこそが、真実を隠す一番の方法だけど、とシシィはつぶやく。


「ティレンに帰った時にでも、ちょっと足を伸ばしてみよう」


 ゼノの提案にシシィは頷く。もし本当に居るのなら、シシィと共に行けば見つけ出すのはたやすいだろう。もしかしたらそこにイリスが安心して暮らすための手がかりがあるかもしれない、とリヒトは思った。


「できればクストにも会ってみたいものだが」


 ゼノは思案しながら顎をなでる。


「危険だわ。子供だから気を許し……」


 言いかけたシシィの手がすっと上がった。人差し指から一、二、と指を増やし片手の指を全て開く。


「今日はもう、そろそろ休みましょうか」


 穏やかに言いながら、二本の指を立てて入り口の扉を指し、同じく裏口を指す。最後に一本の指を窓に向けた。ゼノは素早く立ち上がり、刀の柄に手をかけて裏口へと向く。ハルは入り口に向い、リヒトはシシィを背中に庇った。


「そうだね。おやすみ」

「おやすみ」


 リヒトは壁の窪みに置かれた蝋燭を持って、シシィを背中に庇ったまま階段へと後ずさる。自身は二段ほど上がって留まり、シシィだけを二階へと逃がした。音を立てずにテーブルへと戻り、ランプの火を細めて、窓からは目を逸らさずに台所へ向かう。外にいる者には、男たちが二階に上がり、女だけが台所に向かった、と見えるはずだ。ランプを台所に打たれた釘へとかけた瞬間、ヒュッという低い口笛の音とともに、激しい音を立てて二つの扉が蹴破られた。

 暗殺集団の誤算は、ゼノだったであろう。リヒトとハルの実力を御前試合で見て、五人で足りると判断したのは間違いではない。どんなに秘めた才能があったとしても、毎日の訓練を何年も積んだ兵士の足元におよぶものではないからだ。不幸にもゼノの待ち受ける裏口から入った二人は、何が起こったのかもわからないうちに、武器を取り落としていた。利き腕を数箇所に渡って斬られたのだ、と気がついたのは武器が落ちる音を聞いた後だったかもしれない。悲鳴を上げなかったことだけは大したものだといえる。

 入り口の扉から入って、リヒトとハルの二人と数合打ち合い、ゼノの神業を目視した二人の判断は早かった。ヒュヒュイ、と短く二回の口笛を小柄な人影が発したかと思うと、あっという間に退散した。恐らく窓の外に待ち構えていたもう一人も逃げただろう。裏口の二人はゼノの腕であれば、仕留めることも可能だったろうが、ゼノはそれをせず、二本の剣を鞘に収めた。


「もういないわ」


 階段の上からシシィが蝋燭を持って降りてくる。


「荷物をまとめて。今すぐ移動しましょう」


 数分と立たぬうちに、四人は家をあとにした。御前試合景気はまだ去っておらず、やっとの事で開いている宿を探し出した時には、夜はとっぷりと暮れていた。


「まあ、王宮に入ってしまえば、簡単に手は出せないでしょう」


 宿屋の一室でシシィは、眠そうな目を擦りながら言う。本当は心配で居ても立っても居られないだろうに、気軽な声で誤魔化しているのがわかった。


「もうティレンに戻るってわけにも行かなくなったし」


 はっとしてリヒトは顔を上げる。そりゃあそうでしょ、とシシィは続ける。


「顔を覚えられてしまっているわ。ティレンには、あなたたちの顔を知っている人も居るし。まあ、聞かれても話さないでしょうけどね」


 シシィはこめかみを押さえて、ゆっくりと熱いお茶をすする。


「疑わしきは消すって考えのようだから、きっとどこまでも追われる。思った以上に甘くなかったわね。飛び込んだほうが安全だと思うわ」

「王様に言ったら、助けてくんないかな」


 ハルが、友達に頼みごとをするような調子で言う。


「そうね。リヒトが王子だとばれた方が……でも、王子である証拠がないし、真実を知った王がどう出るかわからないわね」


 首を回して、ふう、と深いため息を付きシシィは目を閉じて天井を見上げた。きっと昼間からリヒトとハルを心配して気疲れしていたのだろう。


「ごめん」


 消え入りそうな声でリヒトは呟いた。自分の考えの甘さに腹が立った。シシィは全てわかって反対していたのだ。それなのに引き返せないところまで巻き込んで……リヒトは俯き唇をかむ。


「いまさらよ。なんとかするしかないでしょ。あたしはこれから別行動をとる。あたしの顔は見られてないし、あいつらの気配は覚えたから心配ない。あなたたち二人はギリギリまで、ゼノと三人で行動する事。ゼノは……体格から変装しても無駄よね。まあ、あなたたちと違って、尾行に気づかない、なんてことはないから大丈夫よ」


 口の端をあげてバカにするようにシシィは笑う。


「万が一、どちらかが神兵に選ばれたら、全力で逃げるわよ。落ち合う場所は商業都市、グロセンハング。以前使っていた隠れ家が残ってるわ」


 シシィは机の上に指で地図を書く。五年前まで使っていた家は、年に一度ほど彼女の恋人、フィデリオが手入れの為に戻っているので、すぐに使えるはずだと語った。


「そのまま、イリスとフィデリオをグロセンハングに呼ぶのもありだわね」


 気軽なシシィの提案を聞いて安心したリヒトに、シシィは笑いかける。


「なんとか「なる」んじゃない、なんとか「する」のよ」


 リヒトはそれにしっかりと頷いて答えた。一行が布団に潜り込んだ時には、夜は白み始めていた。リヒトは今日始めて会った父と母の顔を思い浮かべる。王は全く気がついていなかっただろう。ミレスはこのことを知っているのだろうか。神殿にも王子である確証など与えたつもりはない。シシィの言うように疑いだけで襲ってきたのだろうか。リヒトと間違われて殺された子供がいたりしなかっただろうか……。

 ゼノは刺客の手の甲に、十字の傷を残したという。傷を見ればそれとすぐにわかるだろう。刺客が見つかれば、黒幕を確定できる。確定できたとして、王に伝えられたとして……。


――「よくぞ生きていた」と言ってもらえるのだろうか


 十五年前と同じように、自分を犠牲にする道を選ぶのではないだろうか。そうなったら皆をより危険に晒してしまう。何よりも暗殺の指示を出したのが王である可能性もあるのだ。ティレンは危険だというなら、イリスとフィデリオは、もう移動したほうがいいのかもしれない。ハルの家族は大丈夫だろうか……考えが同じところをぐるぐると回り、眠れぬ夜が明けていった。

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