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竜の住む国  作者: タカノケイ
第三章 王都ハウシュタット
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王都ハウシュタット 4

 御前試合の会場は、熱気に包まれていた。番号と名前の書かれた立て札の前に、これまで勝ち残った十六名が並んでいる。素振りをしたり、備え付けの椅子の座り集中したり、思い思いに出場までの時間をすごしていた。観客は押しつ押されつしながら、彼らの様子を眺めている。それというのも、優勝者と準優勝者を当てる、王家公認の賭博が始まるからである。賭け金が集められ、第六戦が始まれば十六名の選手は王宮外へ出ることが許されない。八百長を阻止するためと、彼らの安全を考えてのことだった。


「誰かに賭けたのか?」


 オルドヌ王は愉快そうな声で、今日も隣に座らせた側室ミレスに話しかけてきた。


「いいえ」


 ミレスは首を振る。オルドヌはつまらなそうに整えられた鬚を持つ顎を掻く。やがて何か思いついた子供のような顔でミレスを見つめた。


「それでは私と賭けよう。そなたが勝てば、なんでも願いをひとつ聞いてやる」

「ではわたくしが負けた場合には?」


 と、言いながらミレスは並ぶ出場者を見回しだした。にやり、とオルドヌは笑う。勝気なミレスは賭けにのってくるに違いないと思っていたのだろう。


「私の言うことを、なんでもひとつ聞いてもらおう」


 ミレスは、含み笑いをするオルドヌに視線を戻す。わかりました、と挑戦的に答えると


「優勝は十二番の黒髪の少年。準優勝は三二五番の茶色のクセっ毛の少年」


 と、一人ずつ指差しながら言った。


「あれは……リヒトという少年か……」


 オルドヌは少しの間、何か考えるようにしてからつぶやいた。名前を気にしていると思っているのかもしれない。


「そうだな、私も優勝はあれかもしれぬと思う。だが三二五番は……寝ているぞ?」

「ええ」


 三百二十五番――ハルを眺めながら、ミレスは笑みを広げる。


「大物そうでしょう?」


 わははは、とオルドヌは声を上げて笑った。


「きまりだ」


 やがて、正式な賭けも締め切られ、試合の準備は着々と進められていった。



 ◆


 

「第六戦、第一試合」


 どんどん、と太鼓が鳴った。


「ティレンのリヒト!」

「グロセンハングのディータ」


 名乗りを上げて前に進み出て、かつん、と剣を合わせると二人は再び距離を取る。リヒトは必要以上に大きな声で名乗った。ディータの顔には見覚えがある。初日にハルに絡んできた一群の一番後ろにいた男だ。安全な場所で仲間に指示を出していたことにリヒトは気がついていた。


「はじめ!」

「うおおおおお」


 号令とともにリヒトは雄たけびをあげてディータに突っ込む。昨日とは打って変わった戦い方に、オルドヌとミレスは眉を寄せる。観衆はおとといの地味な第一戦など、ほとんど覚えていない。あまり盛り上がっていないところを見ると、この二人に賭けた者は少ないようだ。

 何合か打ち合うと、リヒトがディータを圧倒しているんことは誰の目にも明らかになった。だが、決着をつけずに一旦距離をあけてディータの様子を伺う。「試合はすべてなるべく長く派手に」というのがシシィからの指示だった。

 勤めが始まれば、嫌でも王族や神殿関係者には顔と名前を覚えられてしまう。その前に観客に名前を顔と声を鮮明に覚えさせるのだ。そうすることによって、手に出しにくくなるだろう、という判断からだった。


「うおおおお!」


 また同じように突っ込んで打ち合う。そしてディータが打ち負けそうになると離れる。何度か繰り返すと観客たちすらも飽きてきた。リヒトはそれを目の端で確認する。


「つっまんねえなあ」


 乱暴に叫ぶとリヒトは剣を空高く、投げ出した。馬鹿にされたことに気づき、怒ったディータはリヒトに向かって突っ込んでくる。観客は再び試合に注目した。リヒトは突っ込んでくるディータの剣を軽々とよけるとその足を払い、すっと右腕をあげる。そこに吸い寄せられたように、空から落ちてきた剣がおさまった。流れるような優雅な動きで、剣の切っ先を倒れているディータの首筋に向ける。会場がどよめいた。


「勝者ティレンのリヒト!」


 審判は叫んだ後、リヒトをまっすぐに見つめた。


「対戦相手を馬鹿にするのはやめろ。お前が俺の下に来たら、反吐が出るまで走らせるぞ」


 リヒトははっとした顔で審判の男を見つめた。やがて


「不躾な田舎者ゆえ、舞い上がっていました。お許しください」


 と、立ち上がったディータに向かって深々と頭を下げた。ディータは噛み付きそうな顔でリヒトを見つめると、礼もせずに立ち去った。


「怒られてやんの」


 拍手を受けているのに俯いて会場を去るリヒトに、ハルはからかうように呟いた。



 ◆



 「第六戦、第八試合」


 お昼を挟んで試合は午後の最終試合になっていた。


「オヅルのグンタ」

「ティレンのハールゥー」


 ハルはおどけた様子で名乗ると、一歩送れて進み、片手で剣を合わせる。


「両手で合わせろ」


 審判はまたこんな若造か、というように苦い顔で注意を促した。


「はーい」


 ハルは答えると、両手で剣を持ち直す。グンタは嫌そうな顔もせずに待っていた。年は恐らくリヒトとハルと同じ、今年成人を迎えたところだろう。黄色がかった、癖のある金髪を綺麗に整えて、思慮深そうな琥珀色の瞳を輝かせてハルを見ている。おあ、苦手なタイプ、と心の中で呟くと、ハルは剣先をカツンと合わせた。


「はじめ!」


 号令と同時にグンタは切りかかってきた。両手持ちで、すごい速さで切り上げ、切り下ろす。試合用の剣は木製であるにもかかわらず、ぶん! ぶうん! と空気が鳴っていた。


「こっわ!」

「やべえ!」


 と叫びながらハルは避けるので、観客はどっと笑った。


「がんばれよう!」

「ほら! 今だ行け!」


 などと応援するものまであらわれる。また、それを受けたハルが


「あざっす!」

「無理無理無理!」


 などと返事をするので、ますます会場は沸き、終いには、ハルコールまで起こった。グンタはそんな空気を気にする様子もなく、正確に切り込んでくる。早い、とハルは思う。でも、リヒトより早くない、まだ避けられる。ハルはグンタの早い攻撃の間に、反撃の突きを入れ始めた。そうしながらもハルはどんどん隅に追い詰められいった。いつの間にかすっかりハルの味方になっていた観客達が、これは無理か、とため息をついた。

 そのとき、ガツ!と音がしてグンタの剣がハルの足元に転がった。試合場の四隅に立てられていた、ロープを張るための杭を思い切り叩いたのだった。ハルは杭の前に立ち、首だけを横に傾けている。


「ごめんなあ、真剣なら俺の負けかもしれないのになあ」


 と言いながら、グンタの喉に剣先を向けた。


「勝者! ティレンのハル!」


 ハルの勝ちが告げられ、二人は真ん中で深くお辞儀をして握手を交わした。


「やっぱり君の勝ちだと思う。でも次は負けない」


 まっすぐに言うグンタにハルは頷く。力は恐らく自分の方が劣っている。だが、型にはまった動きは読みやすく、目的の場所まで誘導する事は簡単だった。街中でならもっと早く決着はついただろう、とハルは思った。審判の男が満足そうに自分達を見ているのに気がつくと


「リヒトの相手さ、町で大人数で新人狩してたんだよね。あいつそういうの嫌いだからさあ」


 とハルは話しかけた。


「まあ、走るのは反吐を吐く寸前、くらいで許してやって」


 しばらくぽかんとした審判は、笑いを隠すように口元に袖を当てる。ハルはいつものようにへろり、と笑うと会場を後にした。

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