少女の宿命 2
*レイプ、猟奇的殺人など、残酷な場面があります。軽めの描写だと思いますが、不快になる可能性があります。苦手な方はご遠慮ください。
「はあい、あなた、お客様みたい」
エマは怯えていることなど全く感じさせない明るい声をあげた。手には火かき棒をしっかりと握り締めている。扉の向こうから返事は無かった。エマはしばらく間をおいてから
「すみません。夫の機嫌が悪くて……どなたか知りませんが今度にしていただけません?」
と扉の外に向かって言った。
「ウルセエ! さっさと開けろよ!」
一瞬の間の後、声と同時にドン! と扉を蹴りつける音がした。
……おい、女一人なんじゃねえの?
……さっさと開けろよ
……女かあ。若いよな。なあ若い声だったよな
外からこそこそと話す三人分の男の声がした。ドン! ドン! と扉を蹴る音が激しくなる。粗末な小屋のような家の閂はあまりに脆かった。バタン!と蹴られた勢いのまま扉は全開になる。
―――ガツ!
エマは蹴った姿勢のまま小屋に入り込んだ男の頭を火かき棒で思い切り殴りつけた。一瞬動きを止めた男はスローモーションのように倒れる。
「女ァ!」
続いて入ってきた男がエマを横殴りに殴りつける。細い体は壁にぶつかり、そのまま横たわった。イリスの隠れている布袋が目に入る。イリスはさぞ恐ろしい思いをしているだろう。
「おい、大丈夫か」
「ああ……いってええ。思い切り殴りやがった」
「お。メシがあるぞ」
男たちは火にかかっていた鍋を持ち上げテーブルに置き、木のさじでそのまま食べ始めた。余程飢えていたらしく、しばらく物も言わずに食べ続けた。
エマ朦朧とした意識の中、このまま倒れていれば出て行ってくれるだろうか、と考えた。いや、それはないだろう。この男たちはきっと盗賊崩れだ。屈強な護衛の居る商団に手を出したか、兵士に追われたか。恐らく一文無しで、しばらくの間は居座られることになる。一人であれば、家財全部を持っていかれようと慰み者になろうとも構わない。でも、イリスが―――
ふらつく腕に火かき棒を持ち直すと、ふらふらと立ち上がる。
「おい」
一人の男が立ち上がったエマに気づいて顎をしゃくり、エマに一番近い男が振り返った。エマはその男めがけて片手で火かき棒を振り下ろす。男は簡単に腕を掴むと、乱暴に体を引き寄せた。
「仲良くしようぜ、おい」
にやけた顔でエマの顔を覗き込んだその瞬間、男は驚いたように目を見開いた。エマが握ったナイフが男の腹に深々と突き刺さっていた。
「え……」
間抜けな声を出して、どさりと男は倒れる。
「このアマ!」
「出て行って! 出て行って!」
一番先に家に入ってきた――エマが殴りつけた男が掴みかかってくる。エマは必死で火かき棒を振り回して抵抗した。男は業を煮やした様子でとうとう刀を抜いた。
「ぶっころしてやる!」
たった一振りで、エマの唯一の武器は折れて飛んでいった。続けて、ズブ、といやに遠くから肉を断つ音が響いた。剣はエマの腹を刺し貫いていた。
「あ……あ、あ、あ、あ」
―――ごめんね、イリス……ごめんね……
声に出せない声でエマは叫んだ。
「あはは! やっちゃったのかよ。勿体ねえなあ、おとなしけりゃいい女なのに」
見物していた一人が嘲るように笑った。興奮が冷めない男はそのままエマをテーブルの上に乗せた。男の汚れた手でエマのスカートがめくり上げられる。
「本当だぜ。おとなしくしてりゃァ、気持ちよーくしてやったのによ!」
男は焦れたような手つきで腰紐を緩め始めた。両足を掴んで押し開かれると、たまらずエマの口から悲鳴が漏れた。
◆
―――やめて! ままが死んじゃう。やめて!
イリスは母を助けにいこうと袋の中でもがいた。倒れた男のうめき声と、エマにのしかかる男の興奮した息遣いとエマの悲鳴。笑い続けている男の声で誰もイリスには気が付かない。
男は容赦なく腰を動かす。はじめは男が動くたびに上がっていたエマの悲鳴は徐々に小さくなっていった。ようやく男が離れたときにはエマは胸を大きく上下させてやっと呼吸をしているようだった。
―――まま! まま!
イリスが必死でもがいても袋の紐は解けない。
「あーあ、死んじゃったー。まいっか」
大声で笑っていた男がぺちぺちエマの頬を叩きながらいうと腰紐に手をかけた。
どくん! イリスの心臓が高く鳴った。
◆
腹もいっぱいになり、下半身の欲求も満たされた男たちは一つしかないベッドに重なるように横になった。倒れた男とエマの腹部から流れた血の匂いが満ちた小屋の中で、イリスは目を閉じてピクリとも動かない。
どくん、どくん、どくん
心臓だけが激しく律動を続けている。恐ろしさと怯えは消え去っていた。ただ、恐ろしいほどの怒りと殺意のみがイリスを支配していた。
―――コロス。
ゆっくり開かれた青いはずのイリスの瞳は真っ赤だった。瞳孔は縦に細く長い。
コロス。コロス。コロス。
思いに呼応するように、胸の竜玉がボコン、ボコンと動く。イリスは何をどうすればいいのか全てわかっていた。大きく口を開けて息を吸い込むとガッと吐く。出たのは炎だった。袋が一瞬にして燃え上がり、イリスは自由になった。プラチナブロンドの髪は深い緑色になっており、激しい炎にも燃えることはない。そのまま数歩進み、落ちていた剣を拾い上げて寝ていた男の腹に無表情のまま思い切り突き刺す。
「ぎゃああああああ!!」
ものすごい悲鳴に、もう一人の男が飛び起きた。
「おい、何だよ……」
もだえ苦しむ男と炎に呆気に取られてから、男はイリスに気が付く。その目が大きく見開かれた。
「ば……化け物」
男は慌てて手探りで剣を探した。が、そ前にイリスはぞぶり、と男の首筋に噛み付いた。肉を噛み切るため、容赦ない力を込める。
「ああああ! 離せ! 離せこの化け物!」
男はイリスを引き剥がして扉に向かって逃げ出した。倒されたイリスは跳ね起きて、母には一瞥することもなく男の後を追う。
コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。
胸の竜玉は、苦しいくらいにボコン、ボコンと波打っていた。首筋を押さえながら必死で逃げる男を、自分の体の悲鳴も聞こえずに追い続ける。
「……助けてくれ! 化け物だ! 化け物だァ!」
男は近くの街へと逃げ込んだ。周囲の目が取り乱して走る男に注がれている。
「おいおい、血だらけだぞ」
「盗賊じゃねえのか、誰か護衛呼んで来いよ」
小さな田舎町は、小さな飲み屋が数軒開いているだけで寝静まっているようだった。助けを呼ぶ男の声に、何事かと出てきた者たちが、遠巻きに男を囲んでぱらぱらと人垣ができている。
「き……来た! 来たあああ!」
男はこちらを見て怯えた顔で後ずさる。人々が振り返り何事かとイリスを見つめて息を飲んだ。
「お、おい、なんだよあの目……」
「髪も……ば、化けものだ!!」
街には悲鳴と逃げ惑う声が響いた。イリスは男から目を離さなかった。逃がさぬようゆっくりと近づく。すると、数人の男たちが剣を構え、イリスに対峙した。
「お前、何者だ?」
じり、と男がイリスとの距離をつめたその時、上空がゴオ! という音と共に明るくなり、大きな羽音が聞こえた。
「え……」
誰もが口を開けて空を見上げる。イリスは見なかった。見なくともそれが何だかわかっていた。いくつもの火柱があがっているのだろう、その炎で空は明るくなった。
「竜だあああああああ!!」
悲鳴に似た声が上がる。その後の街はさながら地獄だった。竜はその大きな体で邪魔なもの全てを壊した。その鋭い爪と牙で全ての人を、噛み、切り、削ぎ、砕いた。ところかまわず火を吐き、その全てを燃やし尽くす。半刻も経たぬうち、小さな町で動いている「人」はイリスだけになった。事切れている男の首筋に何度も何度も噛み付き、肉を食いちぎる。やがて、糸が切れたように倒れこんだ。
◆
明け方の街道を進む男の鼻が異臭を捉えた。先ほどから馬が落ち着かなかったのはこのせいか、と嘶く馬をなだめながら道を進む。
その男、髪には白いものが混じり始めているが、引き締まった体つきに旅装がよく似合っている。荷物が少ないのは旅慣れしているからで、生活観を感じさせない風貌は旅の暮らしが長いのだろうと、見るものに思わせるだろう。
焦げた匂いに混ざって漂ってくるのは死臭だろうか――男はすこし馬の足を速める。やがて男は目的の街に辿り着いた。
「これは」
旅から旅に生き、余程のことにもたじろがない男の口から、驚きの声が漏れた。以前、訪れた時には、穏やかで平和だった小さな村は、完全なまでに破壊しつくされていた。そこら中にかつて人だったと思われる肉塊が転がっている。
「おおい!」
生きているものがいるとは思えなかったが、声を上げて呼びかけながら男は馬を進めた。焼け残った柱に、何かがキラリと光った。近づいてみるとそれは竜燐だった。
「まさか、竜に襲われたのか?」
驚いて見回すと焼け残ってブスブスと煙を上げている家の壁や柱に、獣が食いちぎったような跡や爪で引き裂いたような跡があることに気がついた。
「おおい! 誰か居ないか! おおい!」
声を張り上げながら、男は更に街の中へと進む。道の先で小さな人影がゆっくりと起き上がるのが目に入った。
――子供か
急いで近づき馬を下りて駆け寄る。子供は怯えたような顔をこちらに向けていた。幼い少女だった。
「大丈夫、大丈夫だ。痛いところはあるか」
宥めるように話しかけると少女はふるふると首を降る。
「おなかは空いていないか」
これにも、少女は首を振った。
「何があった」
聞いてからしまった、と男は思った。少女の瞳にこんこんと涙が溜まる。
「……ままがいない……まま……ままぁ! ままあぁ!」
少女は大声で泣き出した。男は失策を悔やみながら、帽子を取って少女の前に屈みこんだ。
「すまなかった。甘いものをやろう、ほら」
懐から色のきれいな菓子を取り出して少女に差し出す。少女は一瞥もせずに泣き続けている。燃えてほとんどがなくなっている少女の服を見て、男はおかしいと感じた。これほど服が燃えているのに、どこも痛くないなどありえない。白い肌には火傷の一つもなかった。やがて男の目は焼け切れた服の間から覗く少女の胸元の白い玉に気がついた。
――竜玉
「いい子だ、おいで、一緒にままを探してやろう」
男が立ち上がって声をかけると少女は泣きながら男を見上げる。男はやさしく微笑んでゆっくり手を伸ばす。
「さあ、行こう。ここは怖いだろう」
少女がそっと手を伸ばし、男の手に触れた。手を掴んで立ち上がらせると、手を繋いだまま歩き始める。
「さあ、これを食べなさい」
甘いお菓子を口に入れてやると、少女はやっと安心したように男を見上げた。男は微笑んで安心させるように頷いて見せた。
「一緒にままを探しに行こう、いいね?」
「うん」
「名前は?」
「イリス」
男は少女を抱えて馬に乗ると急いで街を後にした。少女……イリスは安心したように男の腕の中で眠りってしまった。