1-4 最初のボスは予想どおり
よく考えてみれば、盗賊退治に行くと言っても、王城から徒歩で行くとなると、数日かかるはずだ。
交通の便の良くない、ファンタジー世界。
普段なら、勘弁してくれ、と思うところだが、今回は幸いした。
現代日本に暮らす、俺としては、野宿という大きすぎる壁こそあるが、MPの回復ははかれるからだ。
魔法を使えない魔法使いなんて、ただの人だ。
ついでに、魔法の実験もしよう。
などと、俺はお気楽モードに突入していた。
「なんで、洞窟の前にいるんだ」
俺は、洞窟と対面している。
魔力切れを起こしてから、数時間が経過していた。
その間、ひたすら、森の中を歩いた。
途中、現れた憐れな犠牲者は、スカートから、白い素足を惜しげもなくさらして戦うミユキによって、殲滅された。
育っとるな、幼なじみ。
戦闘中の俺といえば、ミユキって、家以外だと、あまり短いスカートはかないよな、などと、どうでもいいことを思いだしていた。
それにしても、やんちゃだ。
やっぱり、異世界に来て、解放的になってるんだろう。
アバンチュールってやつか。
俺のMPは21まで回復していた。
正確なところは、わからないが、体感で考えて、三時間以上は歩いている。
そこから考えると、MPは、約一〇分で1回復しているのかもしれない。
それはそれとして、問題は洞窟である。
「なんでって、言われたとおり、歩いたら、着くでしょ」
「王都から数時間のところに、盗賊のアジトがあって、いいのかよ!」
「モンスターが、いっぱいいるから、来れないんじゃない」
「そりゃ、いたけどさ」
「何もしてないんだから、文句言わない」
「そりゃ、してないけど」
ミユキを先頭に、俺たちは、盗賊がネグラにしているという、洞窟へと侵入した。
それは、もう、あっさりと、足を踏みこんだ。
ゲームで、自分の名前を主人公につけるくらいのお手軽さだ。
当然のように、魔物がいた。
ミユキが撃破!
しかし、盗賊の姿は見られなかった。
盗賊退治じゃないのかよ!
「おかしいよな」
「何が?」
「なんで、もう、ラスボス前の雰囲気になってるんだ」
「なんでって、歩いてきたからでしょ」
「おまえ、強すぎだよ」
あまりにあっさりと、俺とミユキは、洞窟を踏破してしまった。
さすが、戦闘力8000の女である。
俺のMPは31となり、微々たる回復を示した。
洞窟の最奥にあった扉を開けると、雰囲気が一変する。
むきだしの岩肌は、滑らかな白石へと、衣替えした。
空気も、自然のものから、人の臭いのまじったものへと変じる。
凹凸のない廊下をしばらく歩くと、またもや、扉があった。
盗賊の子分がまったく出てこない。
人間を相手にするのは、遠慮したいから、都合がいいといえばいいのだが……。
「いよいよね」
「なにが?」
「盗賊の頭がいるってことかな」
「わかるのか?」
「戦闘力が表示されてるからね」
「ああ、なるほど」
幼なじみの余裕の態度から、ミユキ・スカウターには、たいした数字が並んでいないことがわかった。
「ちなみに、いくつ?」
「16。もうすぐ誕生日ね。プレゼント期待してるから」
知ってる。
「で、いくつ?」
「102と48」
「ザコだな」
「シンが言うと、悲しいね」
「どうせ、俺は、43だよ!」
「気にしてたんだ」
憐みに満ちたミユキの視線が、俺の肌にちくちくと刺さる。
気にしてるさ!
しっかり、数字を憶えているくらいにはな!
俺は、一歩踏みだして、両開きの重い扉に手をかける。
お、重い……。
俺は、気合で、開けてやった。
背中に、さらに憐みの量の増した視線が注がれている。
扉を開けることにさえ全力を尽くさなければならない男、それが、この俺、真一郎なのだ。
というか、この扉、普通に重すぎる。
「よく来たな」
「王様こそ、なんて格好してるの」
すべてを台無しにする一言を、いきなりミユキが放りこんだ。
一辺五メートルの正方形をした部屋である。
物は何もなく、始めから戦うことのみを目的としている場所のようだ。
「何の話だ」
悲痛なほどの動揺を見せる仮面の男。
でも、でっぷり腹は、仮面では隠せない。
王様、無理があるよ。
それは、ともかく、もう一人いるはずだが、姿が見えなかった。
俺にはわからないが、ミユキ・スカウターは、隠れているやつを浮き彫りにしているのだろうか。
しかし、まあ、戦う前に、言っておかねばならないことがある。
「あのな、ミユキ。ミユキ・スカウター、長いな……ミユターの数字で、おまえは敵の正体がわかったのかもしれない」
「ミユキ・スカウター、ミユターって何? 変な省略というか、変な名前をつけないでよ」
「でもな、いくらおまえが、傍若無人だとはいえ、お約束は守れよ。そこを無視すると、話に重みがなくなるんだよ」
「おまえたち、馬鹿にしているのか……」
何か聞こえたが、俺にとっては、幼なじみの教育の方が重要だ。
「いいか。この人が、黒幕なんてことは、わかっていたんだ。盗賊のアジトまでの距離、そして、引きかえすように伸びた洞窟の道。王都に向かってるな、って途中で読めただろ? そもそもだ。島国が経済交流を失うなんて、危機的状況なのに、それに対して、国が何もしないなんてありえない。しかも、原因は、盗賊が鍵を盗んだとか、バカバカしいもの」
俺は鼻で笑った。
「さらに、アジトもわかっている、ときたら、どう考えても、国の上層部が関わっている。そして、王権は弱くない、となれば、答えは一つだろ。いいか、そこら辺を、きちんとくみとってやるんだ」
「シン、あなたの方がひどいと思うけど」
「何が?」
「だって、ほら」
ミユキが指さす。
大柄な仮面男がぷるぷると震えていた。
「真相を語る役目を、とっちゃダメじゃない」
「確かにな、うん、俺も、ちょっと、エキサイトしちゃったな」
「異界者風情が、馬鹿にするな!」
仮面男は、大鎚を振りまわして、襲いかかってきた。
スピードはないが、迫力はなかなかある。
「シンは、もう一人と戦いなさい」
「え?」
「あっちにいるから」
ミユキの細い指が示した方向へ、俺は顔を向けた。
そこは、俺の斜め後ろ、ちょうど部屋の角のところだった。
「ああ、なんか、戦闘力があがってる。やっぱり、そういうことできるんだ」
「いつまで、話してるんだ!」
うるさいぞ、王様。
「はい、がんばって」
俺は、ミユキに背中を強く押されて、角へと向かって、勢いよく足を進めた。
背後からは、地面を破壊する音が響く。
俺は、正面に目を凝らした。
何となく、一部風景におかしなところがある。
そこに、おそらく宮廷魔導師とやらがいるのだろう。
だが、待て。
「俺、MPないんですけど!」
俺のむなしい叫びを、正面から迫りくる炎が迎えた。
死んだよ、これ。