3-2 簡単なお使いとそうでもないお使い
光がおさまると、俺は、綺麗な部屋に移動していた。
最初に転移をした「転移の間」に似た雰囲気だ。
俺は、正面にある大きな扉を開いた。
そこには女神官がいっぱいいた。
全員の注目を集めた後、俺に放たれたのは、彼女たちの攻撃的な視線だった。
「何者です!」
俺はあっさりと包囲される。
鋭い視線が投じられ、後から現れた女神官は、メイスを手にしていた。
このままでは、視線以外の攻撃をされそうだ。
「あやしいものじゃありません」
俺は、両腕をあげて、しょうもないことを言った。
だが、こんな時に、他に何と言えばいいのやら。
「あやしいものにしか見えません」
だろうね。
どうやって、誤解を解こうか、と俺は思案した。
とにかく、口を閉じたら、ダメだよな。
誤解は、あっさりと解けた。
俺の力ではない。
俺の会話は意味がなかった。当たり前だが、幼なじみの名は、まったく轟いていなかった。
何が、突破口になったかと言うと、カール・ワイラスとかいう、大魔導師である。
あのじいさん、本当に凄いらしい。
まず、じいさんお手製の霊符を見て、女神官たちの態度が変わり、カール・ワイラスの名で、俺を見る目が変わり、その目的を告げると、完璧に扱いが変わった。
「これが、青龍の宝玉です」
「協力、感謝します。カール・ワイラスには、僕から伝えておきます」
俺は青龍の宝玉を偉そうな女神官から受けとり、早くも、最初のお使いを成功させたのである。
「カール・ワイラス様とは、どういったご関係なのでしょうか」
「弟子です」
「そうなのですか」
「はい」
最初に関係をきかなかったのは、気をつかってくれたのだろうか。
どういう気の使い方であったのかは、気になるが、とりあえず、一つ目の宝玉は手に入れた。
俺は、その日、聖殿に泊まらせてもらった。
深夜、MPが回復したことをいいことに、ひそかに、魔法の実験をしたのだが、ひそかにはなっていなかったらしい。
翌日、皆の俺を見る目が変わっていた。
なかなか厳しい目であったが、俺は、実験のために、それから、十日ほど連続して聖殿に宿泊した。
「本当にあの人、カール・ワイラスのお弟子なのでしょうか?」
「最初から、どこかおかしかったですし」
「本当に、青龍の宝玉を渡して良いのでしょうか」
気を使われていたわけではなく、どうやら俺は、最初から、疑われていたらしい。
日頃の行いの悪さだ。
というか、本格的にやばそうだ。
俺って、そんなにあやしい風体なのだろうか?
急いでいるわりに、十日も泊まったら、充分あやしいやつだ。
反省。
偉い女神官の目が、凄くこわいので、俺は、青龍の聖殿から去ることにしたが、その前に、軽く情報収集をする。
紅龍の聖殿の場所を訊ねた。
「紅龍の聖殿ですか? 協力したいのですが、わかりません」
「知らないんですか?」
「はい。他の聖殿との交流はほとんどないのです」
白の聖殿が、廃墟になっていたことだけは、彼女たちも知っていた。
原因までは、わからないということだ。
白龍の女神官の中に、不浄な者がでた、と噂があるが、真偽のほどは、定かではない。
自分たちの目で確かめることはしなかったという。
現代社会と同じく、希薄な人間関係であるらしい。
「本当に感謝しています」
最後に、しっかりとお礼を言った。
いろいろご迷惑をかけたようなので、せめて最後は、真摯に、だ。
「カール・ワイラス様によろしくお伝えください」
「わかりました」
俺は、転移した部屋に入ると、あの単語を言った。
「発動」
慣れた感覚が、俺を包む。
次に転移した場所は、外だった。
大丈夫かよ、あぶねーな。
壁の中にはまって、命を落とすとかいう、転移でありがちな罠に、俺は今さらながらに気がついた。
昔作ったということは、今は、違うかもしれないのだ。その場所が同じ状態で保たれているという保証はどこにもない。
まあ、とりあえず、大丈夫だったので、先へと進む。
少し歩くと道に出た。
どっちに進むべきか悩む必要はなかった。
すぐ近くに町が見えたのである。
おそらく、あの中に、聖殿があるのだろう。
うまいこと時流にのって、栄えた聖殿のようだ。
町に入るのに検問されるということもなく、というか、そもそも、この町には防壁がなかった。
魔物に対して、どのような防衛手段を講じているのか、他人事ながら、不安になる。
すんなりと、町へと入り、少し歩いたところで、嫌でも目につく建物があった。
いかにも、お金がかかっていますというたたずまいだ。
完全に世俗にまみれていて、権勢と金銭の臭いがする。
予想どおり、紅龍の聖殿だった。
これは、大魔導師の後光もきかないかもしれない。
俺の予感は当たった。
「何のことかわかりかねますな。うまいことを言って、私たちからお金でもせびろうというのですかな」
「どこから、お金の話が?」
「聖殿の宝玉を、奪っていこうというのでしょう。いったい、宝玉をどうするおつもりです?」
「聞いてなかったんですか? 魔王を封じるために、もちいるんです」
「魔王を封じる? そのような話、聞いたことがありませんな」
「カール・ワイラスをご存じないのですか?」
「大魔導師の名を騙る者は、いくらでもおりますね。さあ、それでは、出ていってください。私たちも、暇ではないのです。あなたのような浅ましい方の相手をしている時間はありません」
「お金を捧げる人が望みですか?」
「私たちは何も求めていませんよ」
なかなかがめつい拝金主義者のようだ。
カール・ワイラス、本人に出馬してもらわないかぎり、協力をあおぐことは不可能だろう。
俺は、紅龍の聖殿から出た。
この町は、中心に聖殿があり、その周囲に宿屋やさまざまな店が立ち並んでいる。
聖殿から離れるほど、ランクが落ちるようだ。
そのランクが最下位と思われる場所に、あやしい建物があった。
祠のようなものがあり、頑張れば、聖殿に見えなくもない。
こういう場合、成功している方が偽物で、こっちのさびれている方が本物ということが、よくあるのだが……。
俺は、あやしい建物の中へ、とりあえず入ってみた。
「何かようでしょうか?」
女性が一人立っていた。
粗末な着衣である。
あちらとは、まったく違う。
「紅龍の宝玉を探しているのですけど、ここにありませんか?」
「ありますよ」
「……そうですか」
あっさりと言われて、俺は逆に警戒してしまった。
「じゃあ、こちらが、本物の紅龍の聖殿なんですか?」
「本物も偽物もありません」
「そう……ですか?」
「はい。ところで、あなたは、なぜ、紅龍の宝玉を必要としているのでしょう?」
俺は、事情を説明した。
「わざわざ、黄金龍の聖殿へ、宝玉を集めるなどと聞いたことがありませんが」
あのじいさんがいるところが、黄金龍の聖殿ということはないだろう。
おそらく、近くに聖殿があるのだ。
それにしても、あのじいさん、何で黄金龍の聖殿のことを俺に教えておかないかな。
無用な疑念をもたれてしまった。
「あっちの神殿と、同じことを言いますね」
「そうですか? でも、本当のことです。宝玉は各聖殿にあれば、それだけで、充分魔物を封じる力があるはずです」
「――この辺りに、魔物があまりいない理由も、それですか」
「はい。宝玉が聖殿にあるかぎり、その周囲で魔物は力が発揮できません。だから、魔物は近づいてこないのです」
「黄金龍の宝玉だけじゃ、封印しきれないくらい、魔王の力が強くなっているということなのじゃないですか?」
「そうでしょうか」
「たぶん」
「それにしても、大魔導師とはいえ、ただの人間が、そんな強力な魔王の力を抑えられるものでしょうか?」
「実際に抑えているから、そうなんじゃないですか」
「そうでしょうか」
「紅龍の宝玉を譲ってもらえますか?」
「試験を受けてもらいます」
「試験ですか?」
「はい。難しいことではありません。ここから、東に行ったところに洞窟があります。その奥に、紅竜の苔、と言われる赤く輝く苔があります。それをとってきていただけますか?」
「わかりました」
この試験をパスしたからといって、何の信頼が生まれるのだろうか。
謎である。
彼女も、俺に対して疑いの目を向けていたのに、こんなことで、納得していいのだろうか。
よくわからない。
「言い伝えなのです」
「大変ですね」
昔の人は、ちゃんと未来のことを考えて、言葉は残してほしいものだ。
俺の表情から、俺の言いたことを彼女は察したらしい。苦笑を忍ばせた。
それにしても、絶対に、簡単なお使いじゃないな。
しかし、認めてもらうには、やらなければならないのだろう。
むしろ、わかりやすくていい。
本音を言うなら、強敵の存在は、今の俺にとって、望むところである。
俺は、さっそく東にあるという洞窟へ向かった。