3-1 お約束はしっかりとやりましょう
光一色の世界から、俺は解放された。
だが、俺の胴体はいまだ、大きな手によって握りしめられている。
ブーラド君は、場所が変わっても、仕切りなおす気もなく、引き続き、俺を痛めつけたいらしい。
俺のMPは、すでに息もしてないような状況なので、はっきり言って、何もできない。
奇妙なまでの晴れやかさと、ここで終わるのかという残念な気持ちが、俺の胸中に到来していた。
恐怖が少ないのは、アドレナリンのせいだろう。
気がかりなことは一つだけ。
ミユキは大丈夫だろうか?
問題はないとは思うが……。
ブーラド君が大きな口を、さらに、大きく開けた。
「ちょっと、待てーい!」
さすがに、その終わり方は嫌だと、俺が、叫び突っこみ、を披露した時、ブーラドが光に包まれて、目の前から、消えた。
俺は、地面に自由落下をする。
「痛っ」
今のけつの痛みで、HPがどの程度減じたのか確認したかったが、そんな場合ではない。
もちろん、俺が突っ込みをいれたから、ブーラドが消えたわけではない。
「おぬし、いったい、何者じゃ」
禿頭の、髭で顔をおおった老人が、俺のほうへと歩いてきていた。
汚れ一つない高級そうなローブに身を包んでいる。
悠々快適な生活を送っている、隠居じいさんのようだ。
「お互い様って、言いたいけど。確か、大魔導師の……カールのおじいさんですね」
「おぬしは、誰じゃ」
「ローザさんの弟子のシンと言います」
適当なことを俺は言った。
また、たぶん、この挨拶の方が心証は良いだろう。
「ローザ?」
「カールさんの弟子でしょう?」
「そういえば、そんなやつもおったような気が……」
「王女ですよ! 憶えていないんですか?」
「わしには、弟子が多くいるんでな」
だからといって、一国の王女のことを忘れるだろうか?
このじいさん、大丈夫か?
俺の小さな嘘はどうなる?
「で、あんな魔物を連れて、何のようじゃ」
「いやあ、用事は、今、まさに終わったんですけど」
「あの魔物をわしに倒させることが用事か」
「ええ、でも、もう一つできました。僕をもとの場所に戻してくれませんか?」
とにかく、ミユキと合流しなければならない。
あいつも、俺のことを心配しているはずだ。
「もとの場所と言うと、ドルアンか?」
「わかるんですか?」
「まあな。それで、ドルアンなのか?」
「はい」
「無理じゃな」
「何ですか、それ? 大魔導師ジョークですか?」
「ジョークじゃない。本当のことじゃ」
「なぜ、です? あなたは、霊符で転移を実現させるほどの人でしょう? 転移の術が使えないんですか?」
「使えんな」
「なぜです?」
「今さっきの魔法で、力を使い果たした」
「そんな凄い魔法だったんですか?」
「いいや、たいしたものじゃない」
「なんなんすか。バカにしているんですか?」
「そもそも、今のわしには、たいした魔力がないのじゃ」
「老いですか?」
「違うわ! わしがなぜ、この地におるのか、おまえは知らんのか?」
「知りません!」
「おまえの師は、いったい何を教えておるのやら」
あきれ返るカールじいさんは、きびすを返した。
置いてけぼりをくらうのかと思いきや、ついてくるようにうながされる。
ちょうど、木の影になって見えなかったが、すぐ側に家があった。
俺は、カールじいさんの家へと招かれた。
非常に混雑というか、簡単に言えば、汚い部屋だった。
物があふれている。
そこで聞かされた話は、まあ、たいしたことではない。
ありがちだという意味でのことだが。
この大魔導師のじいさんは、ようは、封印の結界を維持するために自らの魔力をもちいているということだ。
そのために、普段は、魔力がすっからかんに近い状態にあるということらしい。
ということは、ここに魔物を連れてきたのは、けっこう、やばかったということだ。
ローザさんもあんがい適当だな。
まあ、それはともかく、封印しているのは、当然、魔王である。
この封印を強化するために、五つの宝玉を集めなければならない、などという、俺には無関係な話を、じいさんは力説する。
狙いは丸わかりで、そんなことを引き受けるつもりは、さらさらないが、とりあえず、俺は話を聞いていた。
それは、転移の霊符のためである。
転移の霊符というのは、すべて、場所指定がなされているらしい。
ということは、たとえ、ドルアンに行けなくても、ドルアンにもっとも近い場所へ行ける転移の霊符をもらえれば、ミユキに会う難度はかなりさがる。
霊符を譲ってもらうために、俺は、じいさんの機嫌を損なわないように、行儀よくしているのだった。
人は利によって動くのである。
「どうも、他人事のように聞いておるようじゃの」
「いえ、そんなことはありません」
見すかされている。
なかなか鋭いじいさんだ。
「そういえば、シンとか言ったか。おまえは、どこの人間じゃ」
「どこのって、普通の人間ですけど」
「もしや、異界から来たのではないか?」
「よくわかりますね。大魔導師補正ですか?」
「やはりか、ならば、おまえに良い情報を与えよう」
「何ですか?」
上からの物言いに、じゃっかん、いらっとくるな、じいさん。
俺のウイットに富んだ会話もけっこう無視するし。
「宝玉を集めれば、わしは自由になる」
「おめでとうございます」
「ふむ、おかしな男じゃ。そうではない。おまえを元の世界へ戻してやれると言っておるのじゃ」
「ああ、そういえば――」
ごく一部の高位魔法使いの中に、この大魔導師のカールのおじいさんは、入っているということか。
魔王を封印しているというのが、本当の話であれば、頷ける話ではある。
「ローザさんと連絡とれませんか?」
「なぜじゃ?」
「向こうに俺といっしょにこっちに来たやつがいて、そいつと話したいんですよ」
「そんなことをするよりも、宝玉を集めよ」
「だから、向こうでも、宝玉を集めてもらえばいいでしょ、っていう話です」
「魔法使いか?」
「似たようなもんです」
「おまえが無事であることと、宝玉を集めることを伝えればよいな」
「ですね」
「わかった。何とかしよう」
「じゃあ、何とかしてください」
「今は、無理じゃ」
「何なんですか、大魔導師さん。期待はずれすぎでしょ、大魔導師さん」
「バカにしておるな」
「してませんけど」
つかえねーな。
「さっきも言ったように、わしには魔力がない。故に、昔作った霊符を捜して見つけだすのじゃ。そのための時間が必要だというだけの話じゃ」
「ああ、なるほど。たいへんですね。魔力がないのも」
「まったく、心がこもっておらんな。それで、おまえにも、プレゼントをやろう」
「プレゼントですか?」
おじいさんからのプレゼントか……。
もらえると言うなら、もらうけど。
「待っておれ」
じいさんは、部屋から出ていった。
二〇分以上の時間を待たせて、ようやく戻ってくる。
「こいつを持っていけ。おまえでも、少しはマシになるじゃろうて」
装備品を渡された。
期待していなかっただけに、うれしい。というか、展開を考えれば、王道だ。
むしろ、俺は、おじいさんから何をもらえると考えていたのやら。
装備品は、ローブや杖、さらに、指輪だった。
ローブや杖には、何かしら雰囲気があるというか、上質の一品に、素人の俺にも思えた。
だが、いかにも、あやしい輝きを放つ、指輪だけは遠慮する。
呪いの指輪にしか見えない。
「あやしいから、これは、いらない」
まんま、感想を言ってみた。
「あやしいとは、何という言いようじゃ!」
少しばかし、じいさんが切れた。
そりゃ、そうだ。
せっかく好意で用意したものに、いちゃもんをつけられたのだから。
実は、その他の装備でいえば、俺は、この部屋に通された時から、目をつけたものがあった。
ケースにいれられて、非常に大事にされている。
「これもいいでしょう」
俺は、手を伸ばした。
「それは――」
「もう、もらった」
宣言する。
「……まあ、よかろう」
あきらめたように、じいさんが言った。
それは、両手首にはめる、細い金のリングだった。
「効果は?」
「そんなものは、忘れた。自分で調べることだ」
「まあ、いいか」
後で実験しよう。
魔法についての実験と、ステータスをあげることは、俺にとっての急務である。
「転移の霊符はないんですか?」
「ああ、それならば、そこにある。私が、用意しよう」
そういって、一〇枚ほど渡された。
二つの町へ行くためのものが五枚。内訳は、各町に二枚と三枚。三枚三枚にしろとは思う。
ここに戻ってくるためのものが、五枚である。
予備を与える親切心はあっても、数字をそろえる几帳面さは、持ちあわせていないようだ。
「この二つの町に、宝玉があるんですか?」
「青龍と紅龍の聖殿があるはずじゃ」
白龍の宝玉と同じパターンか。
「この霊符、古いですね」
「昔作ったものだからな。今では、封印で力を削られて、とても無理じゃ」
「それじゃ、行ってきます」
じいさんの苦労話が始まりそうだったので、俺は、さっさと、外へと出た。
「もう、行くのか?」
「ええ」
「せめて、二つあれば、何とかなるかもしれん。期待しておるぞ」
「連絡してくれることを、俺は、期待していますよ」
「わかった。心置きなく、行ってくるがよい」
「はい。発動」
「外で、やらんか!」
俺の身体を光が包んだ。
ああ、MP回復してないや……。