2-6 男ってのは単純なんだ
たとえば、変身もののヒーローに憧れる。
たとえば、ロボットものに憧れる。
たとえば、スポーツ選手に憧れる。
子供の頃に描いたかっこいい自分は、やっぱりヒーローなのだ。
年を経て、そんなものになれないとわかっていても、心の底では、俺はやれる、という思いがある。
誰だって、どこかに持っている思いだろう。
しかし、ヒーローなんてものには、なれないのだ。
まだ、そんな思いを抱いているとすれば、それは、たまたま現実に否定されることがなかっただけなのだ。
ドルアン国の王城で、宴が行われていた。
王子の盗賊討伐の成功と、勇者ミユキの魔物退治の祝宴である。
着飾った貴婦人や、派手な貴公子やらが、ダンスと会話で、会場を盛りあげていた。
「あなたも、勇者様の一行なのでしょう? こんな片隅におらず、中心においでになればいかが?」
「俺に話しかける人って、なかなかいないんですけど、あなたは、いったい何者ですか?」
俺は、壁によりかかって、ぼうっとしているところだった。
そこへ、話しかけてきたのが、目の前にいる派手な美人である。
「これは、失礼、私はローザ。そうね。あのバカの姉と言えば、わかってもらえるかしら」
ローザの視線は、明確にアホ王子に注がれていた。
「王族の方ですか?」
「そこで硬くならなくてもいいわ。私は、降嫁しているから、王族とは言えないでしょうし」
「そうですか」
「それより、あなたのお姫様を助けださなくていいの?」
「俺のお姫様は、凄すぎますからね」
じっと、ローザが俺の顔を見つめてきた。
「不倫は、お断りですよ」
「好みから外れるけど、悪くないわね」
「………」
「ウソよ。すねているというわけでもないし、落ち込んでいるのかしら」
「知りませんよ」
「私が、相談に乗ってあげましょうか?」
「年の功ですか」
「素直かと思えば、ひねくれているのね。かわいくないこと」
「かわいさとは無縁の人生ですから」
「あら、そう」
ローザは、俺から離れていった。
思ったより珍獣の相手は楽しくなかったのだろう。
ああ、思考がやさぐれている。
ローザから言われたからではないが、俺は、何となく、ミユキを探した。
アホ王子を筆頭として、若い男どもに囲まれている。
ダンスを所望されているのだろう。
ミユキがダンスを踊れるのかは知らないが、無難にこなしてしまいそうだ。
可憐な花の咲く場所に、派手な花が加わった。
今度は、勇者に興味をもったらしい。
俺は、その場を後にして、ベランダへと向かった。
空には雲がかかっているらしく、明かりは、王宮からもれてくるものしかない。
薄暗いことが影響しているのか、ベランダには誰もいなかった。
俺は、そのまま、手すりまで歩き、体重を預けると、暗闇へと視線を投じた。
「はあー」
外の空気を吸ってみたものの、沈んだ気持ちは浮かんでこなかった。
俺は、聖殿での戦いで、何もできなかった。
震えているだけだったのである。
あの後、すぐにミユキが現れ、老人に化けていた魔物は、狙いを変えた。
魔物に無視されたことで、俺は、危機から逃れた。
その後、俺は何もしなかった。
MPがなかったわけではない。
まだ、充分に魔法を使うことは可能だった。
火炎球や氷結雨だって、唱えられたのだ。
だが、俺は何もできなかった。
戦うことに、びびったのだ。
攻撃をすることで、魔物の気を引くことをおそれたのだ。
幼なじみの女の子は、一人で懸命に戦い、多くの命を救った。
一方で、彼女の幼なじみの男は、自分のことばかりを考え、隠れていたのである。
戦う力がないのなら、逃げたっていい。
だが、俺は、ミユキほどではなくても、充分チートな力があるのだ。
そう、俺だって、チートなのだ。
魔法使いは、充分に逸脱者だ。
――情けない。
いざという時、自分は、戦える男だと、どこかで思っていた。
やれば、できる。
本気になれば、もっと、うまくやれる。
それが、どうだ!
俺は、いざという時、女が戦うのを見ているだけだった。
大切な存在を守れないばかりか、自分の命を守るために、女に戦わせたのだ。
「無様すぎる……」
俺は、腕に顔を埋めた。
「何してるの? 一人で」
「俺は、いつも、一人なの」
「ふーん」
隣に、俺がもっともよく知る気配が並んだ。
「一つ言っておくけど」
「……なに?」
「しっかりしなさい。あなたは、水沢美由紀が惚れた男なんだから」
言葉の意味を理解した瞬間、俺は反射的に顔をあげた。
「え……?」
「大丈夫。シンは、逃げている人たちを、誘導していたでしょ。だから、私だって、思いきり戦えたんだから」
「あれは――違う。俺は」
「違わない。それより、私待っているんだけど」
「何を?」
あ、告白の返事か。
なんだ、すげー、ドキドキしているんだが。
やべ、顔が熱を持っている。
「あなた、ここが、どこかわかっている? そして、今は、何をしているのか?」
「……何が? 王宮だろ」
「ほら」
ミユキが、白い腕を出す。
青色のドレスを着たミユキは、とてもきれいだった。
「きれいだ……」
「何言ってるの」
ミユキが怒ったように言った。
暗くて、顔色と表情はわからないが、照れているようだ。
かわいいやつめ。
「女から手を差しださせるのは、マナー違反でしょ」
おお、そうか。
「いや、踊れないぞ」
口では、否定しながら、俺は、ミユキの手を取った。
身体を寄せあおうとした瞬間、ふいにミユキが俺を弾く。
告白されたはずなのに、そっこう、振られたのか、と俺は焦った。
何を失敗した?
俺は、視線を感じ、広間の方を見る。
いくつもあるベランダへと続くアーチ状の出入り口は、俺たちを覗き見しているやつらであふれていた。
これか!
「シン、違う。凄い数の魔物がこっちに来てる」
「どれくらいの数で、戦闘力は?」
「一〇〇近い。そして、戦闘力は、500前後。二対くらい4000をこえているのもいる」
「4000! だと」
すべての相手をするのは、ミユキでも、絶対に無理だ。
少なくとも、ザコは、俺が倒さなければならない。
もう失態はごめんだ。
だが、その前に、皆を逃がさなければ――。
「魔物の大群が押し寄せてきます。戦う手段のない人は、早く避難してください」
俺は、皆に呼びかけた。
「彼の言うとおりです。早く、行動してください。私たちだけじゃ、抑えきれません」
「本当なのですか、それは?」
ローザが一歩進みでてきた。
「本当です」
二人の視線が、ぶつかる。
真剣さが伝わったのだろう。
宴に参加していた者たちの空気が一変した。
「焦らずに、皆、避難しましょう」
ローザが呼びかける。
だが、すでに、混乱の芽が、さまざまな人たちの間で生まれていた。
うまく、誘導しないとまずいかもしれない。
「あまり時間はありません」
ミユキは、ローザにだけ聞こえるように、小声で告げた。
ローザは、ミユキの意をくみとり、王宮内へと移動しながら、指示を出していく。
もちろん、一言も、時間がないことは言わない。
「シン、敵の狙いは、私が持っている白龍の宝玉だと思う」
ミユキが、聖殿で受けとったものだ。
幼なじみは、人間ではない存在から、五つあるという宝玉を集めるように、頼まれたらしい。
「ああ」
「だから、ほとんどの魔物は、私に来ると思うけど――」
「周りのことは、気にすんな、俺が何とかする」
「……わかった」
「心配するな。誰かのおかげで、完全復活してるから」
ミユキは、じっと俺の瞳を見た後に、今度は頷いた。
「わかった」
俺たちは、暗闇におおわれた夜空を見た。
闇の中から、影が生まれてくる。
魔物たちが飛行している姿が、確認できた。
多くの魔物たちが、王宮に近づいてきていた。