2-5 自分のことはわからない
アホ王子の案内のもと、俺たちは、急ぎ足で、白龍の聖殿へと向かった。
途中から来た道をそれて、森の中へと進んでいったが、そこには、多数の人間が通った跡が確かに残っていた。
白龍の聖殿へ、けっこうな人数が移動したのは間違いない。
ドラゴンと聖殿。
いかにもな名詞が並んでいる。
しかも、三下が、カタカナ名を様つきで叫んでいた。
かなり歯ごたえのあるやつがいる悪臭が、ぷんぷんとする。
ミユキは、大丈夫だろうが、俺は、大丈夫なのか。
まったく、ステータスはあがっていない。
HP 28/28
MP 292/340
攻撃力 19
防御力 28
ほとんど初期状態。
実はすばやさはそこそこある。
後は、魔法関係のみ秀でているが、それ以外は、圧倒的に弱いままだ。
敵の攻撃を受ければ、一発で、生命ゲージは数字の色が変わってしまうレベルだ。
下手をすれば、一撃死もあるだろう。
だが、俺には、隠し玉と呼べる身体強化がある。
身体強化 発動にMPを30要し、五秒でMPが1減っていく。全ステータス三割増し。
身体強化2 発動にMPを40要し、五秒でMPが2減る。全ステータス五割増し。
身体強化3 発動にMPを50要し、五秒でMPが4減る。全ステータス一〇割増し。
全ステータスと言っても、HPとMPに変化はない。
身体強化3を使ったと仮定する。
攻撃力 30
防御力 46
となる。
何も魔法を使わなかったとして、およそ五分間継続できる。
だが、魔法は必ず使用するだろう。
すると、あまめに考えても、三分ほどしかもたない計算だ。
というか、だ!
ミウターの数字になおすと、俺の戦闘力は76である。
最初のボスである王様さえこえていないのだ。
どうしたものか、と、俺が悩んでいる内に、聖殿はその姿を俺たちの前に現した。
アホ王子の言葉は正しかった。
そこにあったのは、廃墟だ。
その廃墟を、大勢の人間がよってたかって壊していた。
「何をやってるの?」
ミユキは形の良い眉をひそめた。
ちょろまかと視界に入ってくるアホ王子が、うざったい。
「聖殿を壊しているんだろ」
「愚か者。そんなことは、見ればわかる!」
「うるさいアホ」
「何だと――」
「いいか、壊しているということは、それがジャマだということだ。少なくとも、これを指示しているやつにとって、不利益を被る何かが、いまだに、存在しているということだろ」
「聖殿というくらいだから、清浄な働きがあって、魔物には、触れられないのかもしれないわね」
「だな。だから、人間にやらせている」
「あの建物自体というより、その中に、何かがまだある、と考えた方がいいかも――とにかく、中に入りましょう」
「魔物が、どこにいるのかは、わかっているのか?」
「ええ、人間にまじっている。化けているんでしょうね」
「どこだ?」
「ちょうど正面のあたり」
「そうか」
どいつかは、わからないが、あの辺りにいるやつは、要注意だな。
「殿下は、ここで、待っていてください」
「いや、民が苦しめられているのだ。私も行くぞ」
「そうですか。私は、あなたを助ける余裕はありません。ちなみに、周囲に、魔物が潜んでいるので、充分に警戒してください」
「え?」
「できれば、私たちが戦っている間に、逃げる人たちを誘導してもらえれば助かります」
「そうか。わかった。私は、皆をここから連れだそう。無事を祈っているぞ」
あっさりと王子は、意見を変更した。
ミユキは頭をさげた。
俺はさげない。
王子と別れると、俺とミユキは、森の中を、気配を殺しながら、進んでいった。
「うまいこといったな」
「何が?」
「あれだよ。魔物が周りに潜んでいるってやつ」
「本当よ」
「だろ。本当のわけ……本当かよ!」
「ええ、ちなみに、戦闘力は、150から250の間くらいね。王様より強いみたい」
「みたいじゃなくて、強いんだよ」
ザコ敵で、この数字。
ザコ以下の俺は、どうなるんだ!
「シンは、47だけど、まあ、魔法を使えば、大丈夫ね」
「おまえの自信が、俺には謎だよ。で、ボスの、数字は?」
息が苦しい。
「572――でも、もっと、あがりそうな気がする」
「あの人、たちは、どうする? 今、やり、あえば、巻きこ、む、ぞ」
限界の速度で走っているわけじゃない。
なのに、俺は、早くも息切れをはじめていた。
「まず、中に入る。そして、魔物が狙っている物を手に入れて、逃げる」
ミユキは、自分がこの場から遠ざかることで、魔物を引きつけるつもりだろう。
確かに、こいつは強い。
でも、そこまで積極的にやる必要はないんじゃないか。
大丈夫だろうか。
チートとはいえ、ちょっとばかし、心配だ。
「――なかったら?」
「やるしかない。魔物が周囲にいるんだから、用が済んだら、人間を始末するつもりだと思う」
「――わかった」
本当に息が苦しい。
ちょっと、休憩したい、俺がそう考えた時、ミユキのスピードがいっきにあがった。
森という隠れ蓑がなくなったので、いっきに駆けだし、彼女は勝負に出たのだ。
おい、幼なじみよ。
魔法使いが完全に置いてけぼりをくらっているぞ。
ミユキは、どうやら、うまいこと、聖殿に突入したようだ。
俺の足は、走ることをやめ、すっかり落ち着いていた。
俺には、ミユキのマネはできない。
「冒険者か。何のつもりだ」
ガラの悪いやつが、一〇人、俺の周囲に集結した。
二〇〇人くらいの人が作業をしているのだが、彼らは、俺のことを見ないふりをしている。
助けは期待できない。
助けにきた俺が、期待するのが、そもそも間違っている。
たぶん、こいつらは、普通の人間なので、身体強化をして、距離をとり、炎の矢で、ぶっ放せばどうにかなる。
俺は、すばやさには勝手に自信を持っているから、身体強化をすれば、普通の人には負けないはずだ。
距離が三メートルになる。
普通にこわい。
魔物のボスは何をしているんだ?
そもそもどいつが、ボスなのか、俺には見分けがつかない。
下手に攻撃して、怒りを買いたくない。
どいつだ?
この中にはいないよな?
だいたい、こいつら、どっから現れた?
見てなかった!
軽いパニックである。
ミユキは、まだ、聖殿から出てこない。
そりゃそうだ。
凶暴な男たちが、四、五メートル歩くだけの時間しかたっていないのだ。
時間稼ぎが必要だった。
でも、これ以上の時間稼ぎは、俺がボコられることくらいしかない。
それは、嫌だ。
俺程度が暴れたところで、ボスクラスは、見逃してくれるんじゃないだろうか?
魔物を動かしたりはしないだろう。
動かさないといいな。
とりあえず、魔法は、いざという時のために節約しておこう。
普通の人間に対して、身体強化はお預けだ。
「炎の矢」
炎の矢が四本出現し、もっとも近くにいた男たちへと直進する。
「魔法使いだ!」
「やっちまえ!」
戦闘開始だ。
俺は、後ろにさがりながら、さらに唱える。
「炎の矢」
よし、完璧だ。
炎の矢は、すべて、敵に命中し、撃沈した。
だが、順調なのは、ここまでだった。
俺が倒したのは、八人。
二人は無事で、そして、すでに剣を抜いていた。
一人目の攻撃を、何とか杖で受ける。
衝撃が強いが、こらえることができた。
上出来すぎる防御だ。
だが、二人目がまだいた。
痛みが脇腹に走る。
焼けるような熱が、一瞬こもった。
「炎の――」
「させるか」
杖が弾かれた。
それだけのことで、俺の集中は解けた。
俺の身体は完全に無防備になっている。
さっき、俺を斬った男が、今度は、剣を突きだしてきた。
見えてはいたが、反応はできない。
左の脇腹に、異物がもぐりこんだ。
なんだ、これ?
息が苦しい。
いてえ。
「調子にのるな、ガキが」
ゆっくりと剣がぬかれ、俺は地面に倒れこんだ。
何かが、どくどくと俺の中から、流れていく。
なんだよ、これ?
「魔法使いがこんなところに何の用だ?」
「さあな。そんなことよりも――」
男たちが離れていく気配がした。
助けろよ……。
なんで、俺が。
「ただの木じゃねーか」
「いや、魔法使いが使ってるんだ。俺らには、わからない、何かがあるんじゃねーか」
熱くてだるくて、寒い……。
回復しないと……。
「回復2」
ぼそりと呟く。
痛みが引き、悪寒もなくなった。
血もとまったようだ。
魔法凄すぎ。
俺は立ちあがると同時に呪文を唱えた。
「炎の矢」
炎の矢が出現して、二人の男をフルぼっこにした。
杖がなければ、魔法が使えないと思ったか! アホめ!
俺は、そこらの魔法使いとはわけが違うのだ。
恨むのなら、俺の天才性と、とどめを刺さなかった、自分の甘さを恨め!
ああ、なんだ、これ?
何か、揺れている。
俺の足が、大きく震えていた。
全身から汗がびっしょりとでて、身体全体ががくがくと震え始める。
鼓動が異常に速い。
恐怖?
あの瞬間、俺は、死という恐怖を、初めて身近に感じたのだ。
吐き気がする。
抑えられない。
なんだよ、これ?
なんなんだ……。
「魔法使いか。おまえが、時間稼ぎをして、中に入った女が、宝玉を手に入れるということか。つまらない邪魔をしてくれる」
表情の欠けたおじいさんが、俺の前に立っていた。
俺の感情は、すでに飽和状態にあり、目の前の危険に対して、何も反応することができなかった。
俺は、胃の中のモノを、ぶちまけた。