2-4 黒幕にしては小物すぎたな
俺のマント、もとい、マブダチ特製ローブが風にはためいた。
まさに、仁王立ち。
運慶さんも快慶さんも、俺のフォルムに見惚れていることだろう。
異界でよくぞ、そのポーズをやってくれた、と拍手喝采を送っているかもしれない。
「いつまで、そこにいるつもり?」
「けっこう、遅かったな」
「遅い? 何が?」
時間などというものは、不定なのだ。
ミユキにとって、一秒でも、俺にとっては、一〇秒ということもある。
「いや、それより、見たことある人たちがいる」
ふもとにいる人間の中に、さっきまで一緒にいた兵士たちがまじっていた。
俺は冷静だ。
アホ王子の存在を感じたからには、バカをやっている暇はない。
やつに笑われるのは、我慢ならない。
「そうね」
「ということは」
俺は、振りかえった。
「………」
「………」
見つめあう、おっさんと若者。
「バーサルさんよ」
「バーサルさん、事情を説明してもらえますか?」
「何のことだ?」
「殿下がさらわれた時、さぞ、激しい戦いがあったんでしょうね。でもその割に、犠牲者やケガ人がろくにでていないようですけど?」
犠牲者が出た上であの人数になっていた可能性もあるが、ここは勢いである。
「バーサルさん自身も、たいしたケガをしていない」
「シン、私、あっちを蹴散らしてくるから」
小さな土煙を残して、ミユキの姿が消えた。
この場を任すというミユキの信頼を感じる。
「はいよ。殿下には命を賭けるほどの価値がないということですか? それとも、最初から、彼らとグルだったんですか?」
俺たちを、本拠地に導いたのは、仲間の敵討ちと、禍根を残さないためだろう。
だが、こいつは見誤っている。
主に、ミユキの力を。
「何を言っているのか、わからないな」
「そうだぞ、きさま。バーサルが、私を裏切るはずがないだろう。だいたい、バーサルだけは、私を助けにここまで来てくれている。それが、何よりの証拠だ」
王子が、バーサルをかばうように、俺の前に出てきた。
めんどうな……。
「殿下の言うとおりだ」
勝ち誇った顔がムカつく。
だが――と、俺は思う。
今、ここで戦うと、やられるのは、俺じゃないのか。
バーサルに余裕があるのも、魔法使いの俺なら、呪文を唱える前にやれる、と考えているからじゃないか。
俺の呪文は短いものだが、それでも、唱える時間はあるのだ。
呪文を唱えるそぶりを見せれば、容赦なく、剣を抜くだろう。
ミユキの信頼が重い。
弱気になったことは、空気を通して、伝わるものだ。
何しろ、アホ王子まで、顔つきを変えた。
やつは、今が口撃時だと、考えていそうだ。
こんなやつ、見捨ててしまおうか。
俺は、杖をおろしたままで、さも、王子に話しかけるようにして口を開いた。
「身体強化2」
内から何かが抜け、肉体に力がみなぎるという、不思議な感覚に、俺は捕らわれる。
王子の腕をとり、後ろに大きくステップした。
「いたい!」
王子が悲鳴をあげる。
どうやら、バーサルの剣がかすったようだ。
運の悪いやつ。
俺の隣を高速で影が駆けぬけた。
かろうじて、俺は、ミユキがバーサルを殴る姿を確認できた。
身体強化2をしていなければ、まったく見えなかっただろう。
そして、おそらく、ミユキは、これでも、手加減している。
下り道だったが、俺は、靴底を滑らせながら踏んばった。
余計なモノのせいで、体勢が崩れる。
やけに重い左腕を、俺は解放した。
「無礼な!」
同時に、身体強化2も解く。
MP消費がとまった。
俺は、戸締り確認のつもりで、後ろを振り向く。
ミユキに鍵のかけ忘れはなかった。
ふもとでは、すべての影が地面と熱烈なキスをしていた。
あれ以上の対処は必要ないだろう。
俺は、坂道をのぼる。
おっさんとミユキが対峙していた。
「何か言うことはありますか?」
「勝ったつもりか?」
おっさんは、座りこんだまま、ミユキに反論した。
「確かに、つもりじゃないですね。完璧な勝利です」
俺は言ってやった。
「何もしてないくせに、よく言える」
「何もしてないのは、あなたも同じでしょう?」
ミユキのカミソリは切れ味抜群だ。
何しろ、味方まで切りすてている。
「勝ち誇るのもいいが、すでに終わっているんだ」
「何のこと?」
「王子も、おまえたちもしょせん、おまけ。本命は別だ」
「三下の強がりね」
「違う! 白龍の聖殿は、ゴンドーラス様によって、破壊された後だ」
「ありがとう」
「なに?」
聞きだしおえれば、御役目ごめんとばかりに、ミユキは、容赦しなかった。
俺の幼なじみは、足癖もなかなかのものなのだ。
彼女に蹴られたバーサルは、館の壁に頭から突っこんだ。
ぴくぴくと足が動いているので、息はあるものと思われる。
「殿下」
「は、はい!」
ミユキの呼びかけに、アホ王子は過剰に反応し、気をつけの姿勢をとった。
アホ王子が惚れるには、荷が重い相手なのだよ。
「何しているの、シン?」
「何が?」
「いや、やけに姿勢がいいから」
「そうか、気のせいだろ」
俺は身体の力をぬいた。
幼なじみだろうと、怖いものは怖いのだ。
「アホ……殿下に聞くことがあるんだろ」
「アホだと――」
「そうね。殿下、白龍の聖殿とはどこにあるんですか?」
「あ、ああ、聖殿か……あれは、すでに、廃墟となっているはずだが。よかろう、私が案内しよう。まずは、この者たちを縛って――」
「そんな時間はありません。先を急ぎましょう」
「そ、そうか。そうだな。先を急ごう」
アホ王子はふもとに行った時に、さらに気がつかされるだろう。俺の幼なじみの怖さというやつを。
倒れた者たち全員が、足を骨折しているという事実に。
抜かりがないよ、ミユキさん。
だが、俺の予想は外れた。
ミユキのことではない。
ふもとの状態を見て、アホ王子は、憧憬の視線をミユキに送ったのである。
こいつの正体は、アホで、うるさくて、うざくて、ヘンタイな王子だったのだ。
俺とミユキと、アホ王子は、聖殿へと向かった。
それは、来た道を戻る道程だった。