0-0 いざ異世界へ
俺は、二階にある自分の部屋でゲームをしていた。
レベル上げの作業を行っているために、じゃっかん停滞感がある。
「シン。次、どこ?」
背中から女の声がかかった。
シンというのは、俺の愛称みたいなもので、本名は、有馬真一郎という。
ありがちなようで、ありがちではない名前だ。
ちなみに容姿の方は、黒髪黒目、平均身長という、ありがちである。
「本棚にあるだろ」
俺は、振り向くことなく、答える。
「知ってる」
「なら、とれよ」
「とって、って言ってるの」
「やだよ」
「あ、そう。まあ、いいけど」
「言っとくけど、読んだ本はちゃんと、戻せよ」
俺は振りむいた。
ベッドから起きあがる女が視界に入る。
一六〇センチ後半の、女としては高い身長――でも、俺の方が、二センチ上だ。
ナチュラルに栗色がかった長い髪、小さな顔に、バランスよく配置されたパーツ。
鳶色の瞳は大きく、鼻筋はすっと通り、硬質な唇は形よく整っている。
雪のような白肌で、華奢な体格。
まあ、いわゆる美人である。
それも、その場にいるだけで、ぱっと華やぐ、人目を惹くタイプだ。
下駄箱からあふれるラブレターという、冗談のようなあの光景を、地で行く女である。
それが、俺の家の隣に住んでいる水沢美由紀だ。
部屋の窓を開ければ、ちょうど正面にお互いの部屋が見える、という位置関係。
幼なじみ、というやつである。
まあ、普通は、腐れ縁という。
「なおしてないじゃないか」
「先に、とってから、なおすほうが効率的でしょ」
言っていることは正しいが、正しい行動をしないのが、この女なのだ。
今だって、読んだマンガの影響を受けて、七つのボールを探しに行く、などと言いかねない。
ある意味、尊敬するほど、他者に左右されず、自分が思ったことを、行動することができるタイプなのだ。
そんなものに、つきあわされるのは、ゴメンだ。
俺は、監視する。
「何よ」
「見てるだけだ」
「暇人ね」
「お互い様だ」
高校二年生が、休日に、部屋でゲームをしたり、マンガを読んでいたら、暇と言われるだろう。
「どうした?」
ミユキの視線が、俺からはずれた。
テレビを見ているようだ。
いつになく真剣な彼女の表情に、俺は身体を戻そうとする。
その時だった。
でっかい掃除機で吸引されるような力で、身体が引っぱられた。
強引な力に抗い、俺は、何とか身体の向きを変える。
テレビのモニターには、ゲーム画面は移っておらず、真っ黒な奥行きが生じていた。
どこまでも続く深淵がのぞいている。
何かが起こっていた。
何かが失われてしまうような恐怖が、俺の心臓を凍らせる。
日常が崩れいく。
赤い警鐘が、俺の脳裏で、乱雑にランプを灯した。
誰であろうと、終わりを感じるであろう暗闇。
だが、
「おもしろそう!」
すぐ傍で、危機感ゼロの声がした。
聞きなれた幼なじみの声に対して、俺は叫んだ。
「リアクション、間違がっとるから!」
身体は暗闇へと引きずりこまれながら、なぜか俺の心は、すっきりと晴れわたっていた。