18話
1ヶ月更新できませんでした。
更に内容もなかなか納得のいくものができずにあまり良い出来とも言えません。
それでは18話目どうぞです。
帝国領:帝都:中央広場:訓練場:似非空間-
空気は焼けただれ、土は融けだし、屈強なモンスターであろうと何の対策もしなければあっけなく命を奪われかねない環境と化した訓練場の戦闘区域。
それはさながら焦熱地獄のようであり、戦闘を知らない者が見れば現実だとは考えにくいものであった。
そのような環境下で、一見すれば泣いている少女を片腕の男性が抱きしめているという変わった光景が広がっている。
無論、少女とはルルアの事を指しており、実際のところは誤った表現なのだが訂正するほうが違和感を感じる程、か弱く可愛らしくルルアの姿が映る。
対して、力強くルルアを抱きしめるアルテアの表情は非常に険しいものであった。
それも仕方ないことだ。
片腕を失ったのだから平然としている方が異常だろう。
実のところ既に出血はしておらず、鍛え抜かれた肉体は瞬時に筋肉による止血を試みており、鮮血が飛び散った後には1滴も血を流すことはなかった。
だが、切り落とされた肘から下はそうはいかない。
全身を魔力や気で覆っているからこそルルアもアルテアも問題なく活動できているが、現在の訓練所の環境ではその枠から出るとたちまち環境が牙を向けてくる。
つまりは、切り落とされた部位は含まれていた血液も水分も全て蒸発し、マグマのように煮えたぎる大地へと飲み込まれていったのだ。
切断面が非常にキレイであるため、無事に残っていれば接合手術をすればまだ希望はあったことが更にアルテアの表情を険しいものへと変えていく。
良い結末を迎える可能性がありながら、最悪の可能性へとたどり着けば誰であろうと苦虫を噛み潰すだろう。
だが、そんなアルテアに対して救済が舞い降りる。
「仲良く抱き合っているところ悪いが、収拾がつかなくなる前に腕を治療するが良いか?」
天の救いとなる言葉を発したのは、観客席から降り立ったユウであった。
背後からかけられたその言葉の内容を何度も心の中で反復し、理解したうえでゆっくり振り向き問いかける。
「…できるのか?」
その心情は信じたいが信じられない、正に半信半疑であった。
ユウの常識外れの能力を直に感じたことがあるとはいえ、全てを真に受けることはできないと判断したためであろう。
「できないことをわざわざ言うほど捻くれてはいない。」
「そうか…頼めるか?」
「ああ、すぐに済むからじっとしていろ。それと、この区域を正常に戻しておこう。」
ユウの堂々とした返答はアルテアの心に沁み込んでいき、不思議と不安や疑いが完全に拭われていた。
安心した表情へと落ち着いたアルテアがユウへ治療を依頼すると、大地へ飲み込まれた片腕が透明な膜に包まれ浮上しユウの元へゆっくりと近づいてくる。
もはやただの肉の塊と化した片腕は見る者によっては吐き気を催すほどの醜くさと悪臭を放っていたのだが、ユウとの距離が縮まるにつれ治療され、死滅している細胞は再構築されていく。
それとともに、周囲の地獄とも見間違える環境は嘘のように消え去り戦闘前の草原が再び息づいていた。
「…マジで妙な力だな。それは魔力や気以外の力なのか?」
「力と言えば力だが、別段力という程のものではないな。枠を超えれば誰でもとはいかないが、ある程度はできることだ。」
「枠?何の枠だ?」
「答えを言ったらつまらないだろ?だがヒントぐらいは出しておこうか。人それぞれで枠を超える道は違うが、アルテアの場合は間違いなく強さを求める心が重要になってくるな。」
「…意味がわかんねえ。」
「わかる方がおかしいから気にしなくていいぞ。そもそも、その境地に到達するまでには時間が足りないしな。さて、腕の治療は終わったぞ。後は接合だけだな。」
会話自体は短いものであったが、その間にアルテアの腕は完全に元の形を取り戻していた。
鍛え抜かれた筋肉は当然として、神経の1つ1つも完全に復元されている。
「さて、ここから先はルルにやってもらおうか?」
「…ぼぐが?」
アルテアに包まれ、ある程度の落ち着きを取り戻したルルアだったが、予想だにしない指名に完全に頭の上に疑問符がついている。
「はっ?ちょっと待て!お前がやるんじゃないのかよ!!」
「俺が?俺は腕の治療をするとは言ったが接合するとは言っていないぞ。あくまでも人の手に負えないことをやっただけだ。」
「なんだその屁理屈は!!」
「腕を切り落としたのはルルだが、死なせたのはこの環境だ。だからルルが責を果たせるよう環境の責は俺が持つことにしただけなんだがな。何かおかしいか?」
確かにユウの言動は納得しがたいもので屁理屈と捉える事もできるが、内容を聞けばしっかりと筋の通ったものであった。
だが、それでもアルテアは納得しない。
「ルルアは暴走したばっかなんだぞ!身体を休めねえと今度は魔力が枯れて障害が残るぞ!!」
非常に乱暴な言葉遣いではあるが、自らの腕ではなくルルアの身体を心配しての発言であることが、アルテアの周囲からは知られていない優しさとしてルルアへと届く。
「…だい…じょうぶです。魔力はまだ残ってます。アルテアさん、僕に治療させてもらえますか?」
確かに魔力は残ってはいるが、今回の治療に必要であろう魔力量を考えると心身ともにかかる疲労は凄まじいものになるであろう。
それでも、犯した過ちを清算するためにルルアは自ら志願した。
「だ、そうだが?」
企みがうまくいったかのような満足げな顔をしたユウがアルテアへ確認の意を込めた言葉を投げかける。
おそらく、まだ成熟しきっていないルルアの心に責任の念を教え込んだのだのだろう。
「ちっ、わあったよ。だが無理だと感じたらすぐに中止しろ!それで倒れたら許さねえからな!!」
「はい。」
渋々ではあるが、治療について納得したアルテアが抱きしめていたルルアを離すと体内に巡らせていた気を解除した。
すると左腕の切断部から大量の血液が噴き上がる。
気と筋肉により止血していたものが解放されたのだろうが、接合するにあたって止血している状態では血管も細胞も気の循環器も繋げるのが非常に難しくまず成功しない為、ルルアも驚かずにいられた。
「すー…はー。…では、行きます。」
ルルアが深呼吸をし患部と腕を魔力の糸で遠隔操作し結びだす。
難しい術式などはいらない。
ただただ、血管と細胞と気の循環を寸分違わず繋ぎ合わせるだけの単純かつ繊細の作業となる。
それ故に難しい。
魔力の糸を持続させ、常に同じ精度に保つ技術。
人体の構造を、気の特性を網羅する程の知識。
それらが揃ってようやく接合は完了する。
医療を専門とする者でもベストな体調でなんとか成功する程の難度だが、ルルアはそのような世間でのランク付けなど完全に無視するかのように接合していく。
驚くべくはその集中力である。
曇りなき眼で患部を視、淀みなき魔力で糸を精製し、止まることなく糸を操作していく。
やがて、血管も細胞も気の循環も全て繋ぎ合わせることに成功し、残るは外部の皮膚のみとなった。
ここまでかかった時間は5分。
だがルルアにしてみれば途方もなく長い時間に感じただろう。
内部を接合し終えた瞬間に溢れでた汗と、隠しようもない疲労がそれを物語っている。
「はぁ…はぁ…これで終わりです。」
皮膚の接合は非常に速く終わった。
特に気をつけることもなく、ただ縫い合わせるだけなのだから当然と言えば当然である。
「今は僕の魔力で繋ぎとめているだけなので、後はアルテアさん自身の自己治癒力に頼ることになりますが、1週間程安静にしていただければ大丈夫かと思います。」
「…動く。医療が専門でもないのにすげえな。ありがとな。」
「いえ、僕が仕出かしたことですから。」
「まあ、これで俺に負い目を感じる必要はなくなったわけだ。」
「そうなりますね。これかれもよろしくお願いしますね。」
先程まで顔をくしゃくしゃにして泣いていたとは思えない程に爽やかな、そして美しい笑顔を浮かべるルルア。
その笑顔を前にしてルルアが男であることを認識していても顔が赤く染まるアルテアを誰が責められようか。
「?アルテアさん、どうしたんですか?腕の調子が悪いんですか?」
内心で苦しんでいるアルテアへ追い打ちをかけるかのように顔を覗き込むルルア。
もちろん本人は心配故の行動なのだが悪意がない分、余計性質が悪い。
「とりあえずは一件落着か。見つめあっていないで酒場へ戻るぞ。」
そんなアルテアを救ったのは蚊帳の外状態のユウであった。
ルルアもアルテアもそれに了承し、戦闘前となんら変わりない姿で酒場へ向かって歩き出す。
けれども間違いなく壮絶な戦闘はつい先刻まで行われていた。
現実で行われていれば再び各国が警戒するであろう戦闘は人知れず終焉を迎えた。
-帝国領:帝都:ギルド総本部:酒場「束の間の休息」:似非空間-
アルテアの腕の治療を終えた一行が酒場へ戻ると既に料理が完成しており、テーブルの上を埋め尽くす程の数が並べられていた。
それらを囲むよう5人それぞれが自由に腰を掛ける。
ユキはユウの隣であり、尚且つ密着している状態であったことは言うまでもない。
そんな中始まった食事だったが、戦闘を終えたばかりのルルアとアルテアの胃へ瞬く間におさまっていった。
やはり、魔力にせよ気にせよ消費した分を補うにあたり食事は非常に効率の良い方法のようだ。
途中でユキがユウの為だけに用意した和を連想させる料理にアルテアが手をつけようとした際、張ってあった結界により死に直面するといった事もあったが無事に食事は終了した。
現在は、それぞれが食欲が満たされた心地良いまどろみを迎えている頃合いだ。
「さて、そろそろ話をしたいんだが良いか?」
やはり、いつ用意したのかわからないがユキが淹れたお茶を啜りながらユウが皆へ問いかける。
とはいえ、もともとの目的が今から語られるであろう話なのだから誰も異論を唱える者がいるわけもなく、皆無言でユウに視線を向け了承を伝える。
「良いみたいだな。あぁ、それとルルは知っていると思うが質問は話の最後にまとめて頼む。途中でされると面倒なんでな。まずは…そうだな、話の前に予備知識として知っておいてほしいことがある。帝国と共和国の関係についてだ。それぞれのギルドの関係だが簡単に言ってしまえば最悪な事この上ない。更に共和国のギルドはほぼベンター教に与する者で構成されているから、種族関係なく受け入れる帝国のギルドに良い思いを抱いていないというおまけまでついてくる。一応不可侵条約を結んでいるから敵対することはなかったんだが、最近裏でいくつかの小競り合いが起きている。ここからが本題なんだが…、つい先日その共和国のギルドから帝国のギルドに使者が訪れた。」
途端、目が見開かれ驚きを隠せない様子のミーナ。
何せ、共和国の使者が訪れたのは極秘中の極秘であり、本来ならば漏れてはいけない情報なのだ。
そんなミーナを横目に話を続けるユウ。
「わざわざ共和国から来た用件は帝国をベンター教で染め上げる為の布教活動だ。もちろん、その用件を拒否して追い返したらしいが、そうなると共和国がどう動くかが問題になる。今までこういった布教活動なんてなかったし、行えば不可侵条約を侵す形になる。それを恐れずに行う辺り、次は強硬な手段で来るだろう。考えられるのは2つ。1つは単純にベンター教を否定した帝国のギルドに対しての宣戦布告…まあ戦争だな。あと1つは戦争という名の名目での他種族狩りだ。どちらにしても争いが起きるだろうな。何にしても…ルルを人柱にするつもりはない。」
「っ!?」
再度の驚きを与えられたミーナ。
ユウの発言はギルドマスターが口にしていた言葉をそっくりそのまま否定したのだ。
もはや、脳内が現状に追い付いていない状態なのは明白である。
「もしもギルド側から強制的な出兵命令があった時には揃ってギルドから離反するつもりだ。その時に…ミーナ、お前はどちらに付く?」
先程まで潤っていた喉は渇きを覚え、心拍数が今までにない程高くなる。
判断するのは己だというのに判決を待つ罪人であるかのような恐怖。
ルルアに付けば快く受け入れてくれる。
だが、ギルドに付けばこの場で殺されるのではないか。
そんな考えすら浮かぶ程にユウからのプレッシャーはミーナの心を押し潰していく。
正常に働かない思考の線と線を無理矢理につなぎ合わせ、要領を得ない深い思考の波に何度も溺れかけながらもようやく得た1つの解。
「…捨子だった私は幼い頃にギルドマスターに拾われました。そこで孫にあたるミントと出会い、姉妹として育てられました。私にとってギルドは家族なんです。だからといってルルア様を利用しようとする今回のやり方は納得がいきません。もしもギルドマスターがルルア様を人柱として戦場に立たせようとするなら、私も共にギルドを離反しましょう。そうならないよう、説得するつもりです。」
それは要領の得ない中途半端なものであったが、ユウが最も求めるものであった。
いかがだったでしょうか?
次の話も読んでいただけると嬉しいです。