15話
またまた遅くなりまして申し訳ありません。
それでは15話目どうぞ。
-帝国領:帝都:ギルド総本部:酒場「束の間の休息」-
一方的な約束ではあるがユウと指定した酒場へと昼前から待つルルアとアルテア。
時間前に待ち合わせ場所にいるとは何とも律儀なものではあるが、ルルアはともかくアルテアの顔には不快であることがはっきりと見て取れる。
「アルテアさん。」
「あ?どうした?」
「兄さんに対してイラついていることは僕にはどうしようもないのですが、もう少し抑えていただけるとありがたいです。重い魔力が漏れ出ていて周りの方に負担がかかっているんです。」
「…わりい。」
ルルアのお願いのような指摘に納得はいかないが従うアルテア。
その様子に酒場にいる者は皆驚かずにはいられなかった。
そもそも、アルテアが他人と共にいること自体が滅多にないことであり、更にはその相手に謝罪するなど誰が想像できたであろうか。
アルテアから漏れ出ていた魔力が徐々に治まってくると、2人の前にジュースと酒が置かれた。
「俺たちゃ頼んでねえぞ?間違いじゃねえのか?」
特に注文した覚えのない品物がテーブルに置かれたのだから、当然と言えば当然の行動であった。
そこに睨むという動作がなければではあるが。
だが、店員はにこやかに答える。
「いえいえ、ユウ様から、昼前にアルテア様とルルア様がいらっしゃった場合にはドリンクを…と承っておりますので間違いではございませんよ。アルテア様には陽光の街アジールより取り寄せました陽酒の15年ものを、ルルア様には搾りたてのフルーツジュースになっております。どうぞご賞味ください。それでは失礼いたします。」
一通りの説明をすると、見本とも言えるほど姿勢を正した足取りでテーブルを離れる店員。
他の店員からの呼び名を聞いていると酒場のオーナーらしく、アルテア相手に堂々としていられたのも納得がいく。
例え酒場の裏で震えた足腰を必死に抑えようとしているような精一杯の虚勢だったとしても立派なものだ。
事実、部下からの視線に尊敬がちらほらと見える。
その様子を見ていたルルアはアルテアが恐れられていることを改めて認識し、そのことに苦笑いをする。
(あんな態度と言葉遣いじゃ怖がられるのも無理はないよね…。不器用なのかな?)
「せっかく入れていただいんですからいただきませんか?」
「ちっ、あの野郎の手の平の上って感じが気にくわねぇがもらってやるよ。」
陽酒を見つめはすれど全く飲もうとしなかったアルテアであったが、いざ飲み始めると喜んでいることがよくわかる。
どうやら、感情表現自体はなかなか豊かなようだ。
(やっぱりどこか不器用なんだろうなぁ。さてと、僕も飲もう。)
どうにかアルテアの機嫌が和らいだことに安心するルルアも濃厚なフルーツジュースを味わっていく。
(あ、美味しい。何を絞ってるのかな?今度オーナーさんと会ったら訊いてみようかな。)
「それは、ゴリンと呼ばれる果物を絞ったものです。採集難度はSランクとされており、巨大な亀である討伐難度Sのメガトロンの甲羅の苔でしか成長しない希少価値の高いものとなっています。」
ルルアがフルーツジュースについて考えていると、その思考を見透かしたかのようにわかりやすい丁寧な答えが聞こえてきた。
「ミーナさん?」
「はい。」
答えを述べたのはギルド受付嬢の顔、ミーナであった。
普段ルルアが見る姿と違って受付嬢の制服ではなく、私服なのであろう当たり障りのない一般的な街娘が着ていそうな質素な造りの服を着用していた。
それでもミーナの美しさは変わらず、むしろ私服が新鮮に感じるためかより映えて見える。
恋愛といった感情がまだ理解できないルルアであってもそういった感情を抱いたのだから相当なものである。
「突然の説明失礼いたしました。」
「いえ、考えていたことにピンポイントでした。ありがとうございます。」
「恐縮です。」
やはり、プライベートでの会話でも敬語を用いているようでミーナの態度は仕事時と全く変化がない。
もっとも、態度が悪いなどといったマイナス的なものではないため特に気にする必要はないのだが。
「受付嬢の顔のお前がこんな昼間っから酒でも飲みにきたのか?」
「アルコール類は好んで飲むほどではありません。本日はユウ様からお話があるということで参りました。」
「ミーナさんもですか?」
「はい、3人揃えば来ると仰っていたのでもうまもなくかと思います。」
ミーナがそう告げると周囲の音が全て止み、人々の姿も確認できなくなっていた。
飲んでいた陽酒とフルーツジュースは手元にあり、酒場の内装も窓から見える外の景色も先程までと全く変わらないのだが、ただただ人がいない。
音すらも完全に消え失せているのならば酒場の外に出ても結果は同じであろう。
さすがに異常だと判断したアルテアが椅子から立ち上がろうとすると酒場の入口が軽快に開かれた。
「ようこそ、現実とは似て非なる造られた世界へ。」
現れたのは3人を集めたユウ本人と、その背中に抱きつき密着しているユキであった。
-帝国領:帝都:ギルド総本部:酒場「束の間の休息」:似非空間-
初めは陽酒とフルーツジュースしか置かれていなかったテーブルではあるが、現在はユウのお茶が、そして多数の食器が追加で置かれている。
厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってきており、ユキとミーナが調理に励んでいる姿が確認できる。
もっともユキはユウの食事分しか作るつもりはなく、それを公言したことでミーナがユウ以外の料理を全て担当することとなった。
尚、食材は全て酒場にあったものを使っているのだが、似非空間での行動は現実に影響を及ぼすことはないため何も気にする必要はない。
「さて、料理ができるまでにミーナには関係のない話を済ませてしまうか。」
「うん。」
「ああ、構わねえ。」
ルルアとアルテアの了承を得ると、ユキが淹れたお茶を啜るユウ。
その際目を閉じているのはお茶をより味わうためなのだろう。
しばらくするとゆっくり目を開け、ルルアとアルテアと視線を合わせ話が始まる。
「ん、まずはアルテアの質問への答えだな。どうしたら強くなれるのか…だったか。強者と戦い、或いは闘い、或いは技術を盗むといった実践形式で鍛えていく自己流の開発といった鍛え方。後はしっかりとした流派に師事し、鍛えなおすの2通りだな。誰でも思い付くような内容で悪いが劇的に強くなれる方法なんてのはない。あったとしてもそれは身体に悪影響を及ぼすような邪道に他ならないしな。」
「なるほどな…。だとしても今更習うなんてできるかよ。」
間髪入れずに語られる答えと説明ではあるが、ユウ自身が言っている通り誰でも思いつくような内容である為、アルテアも特に問題なく理解できた。
だが、ユウの答えに強くなるための希望を持っていたためにダメージは大きいようだ。
「となれば強者とやりあうしかないだろう。もっとも同等かそれ以上の実力を持つ人材なんてそうそういないだろうがな。」
「だったらどうすればいい!俺は強くなるんだ!強くならなきゃいけねえんだ!!」
「アルテア、俺はお前が強さを求める理由に興味はない。だが、少なからずお前自身に興味を持った。だからこそ昨日すぐには答えず今日この場を設けたんだが…何故だと思う?」
「知らねえよ…俺を絶望させるためとかじゃねぇのか?」
「随分と落ち込んでいるようだな。だが、少しは頭を働かせて昨日と違う点を考えろ。」
完全にネガティブ思考へと陥ってしまったアルテアへ対して遠慮のない言葉を投げつけるユウ。
当事者ではないルルアから見ても非情に見えるが口出しはしない。
ユウが行動する時はどこかに必ず意味がある。
それを理解しているからだ。
「昨日と違うっつってもルルアがいるってことぐらいしか…まさか、ルルが俺よりも強いとでも言いたいのか?」
「よくわかったな。」
「えっ?兄さん、何を?」
突然の話の展開にルルアが驚き混乱してしまうが、ユウはさも当然だと言うかのように再びお茶を啜る。
「ふざけんじゃねえ!!俺がガキよりも劣るっていうんなら今すぐそれが間違いだって証明してやるよ!!表に出ろ!!」
魔力がいかに多くあろうと満足に扱えず、経験も乏しい子供よりも弱いと認識されているとなると誰でも黙ってはいられないだろう。
酒場の壁を破壊し、そのまま外へと飛び降りていくアルテア。
現実に影響を及ぼさない似非空間だからこそ、大胆に破壊したのだろうがこれが現実ならば、かなりの額の請求が発生することは見てわかる。
だが、突然当事者になってしまったルルアからしてみれば壁の破壊など目に入らなかった。
「ちょっと兄さん!僕の力量はアルテアさんよりも下だって兄さん自身が言ってたよね!何であんな挑発したの!!」
如何にユウの行動に意味があるとはいえ、納得のいかないルルアがユウへと疑問をぶつける。
だが、返ってきた言葉はその疑問等聞いていないかのように全く関係のないものであった。
「面白い奴だな。」
「へっ?」
「さっきの様子は俺に喧嘩を吹っ掛けてきた時とほとんど変わらないんでな。どうにも笑ってしまう。」
「…どこが面白いの?」
「さてな。ほら、外でアルテアが待ってるんだ。行くぞ。」
「もう…わかったよ。」
結局はユウの思惑もわからないまま、アルテアとの闘いを強いられるという納得のいかない形でまとめられてしまった。
大きく穴の開いた酒場の壁から外へ出て、アルテアの魔力を追っていくと中央広場の訓練場で待っていることが把握できる。
酒場から出た時間と距離を計算すれば、討伐SSランカーである力を存分に使って移動したのであろう。
力と言っても様々だが、アルテアの場合は気を用いた単純な脚力となり、魔力に頼る部分の多いルルアとは正に対極に位置する実力者なのである。
そのためどのように戦闘を展開するか、移動の最中に思案を巡らし頭を抱えるルルアであった。
-帝国領:帝都:中央広場:訓練場:似非空間-
「ルルア!悪いが手加減なしだ!!恨むなら馬鹿な兄貴を恨みな!!」
「いきなりですか!?」
中央広場の訓練場へ着くと、突然のアルテアからの斬撃が真上からルルアを襲う。
だが、その斬撃はギリギリのところで空を切り、大地を真っ二つに切り裂いた。
できる限り早く中央広場へ着くために、身体能力変化魔法を展開していたのだが、もし平常時であれば反応する間もなく死んでいたであろう。
「戦場にイキナリもクソもねえ!敵は待ってくれねえし、死人なんていくらでも出る。わかったらさっさとかかってこい!!」
大地に深く沈んだ大剣を肩に担ぐと、まるで棒きれでも扱うように片手で軽々扱い連撃を繰り出すアルテア。
重心を安定させた上で身体全体を用いて振われる大剣類は、本来ならば連続で振い続けることのできるような代物ではない。
それは気を用いて強化した肉体でも然り。
要は技術次第といったところであろうが、これほどの境地に達する上級職:剣師は広い世界にも片手で足りる程度であろう。
「逃げてんじゃねえ!!」
「嫌です!当たったら確実に死ぬじゃないですか!!」
「安心しろ!俺も鬼じゃねぇからな、半殺しで済ませてやるよ!!」
「どちらにしても嫌です!!」
さて、剣士としての実力ならば間違いなく最強クラスのアルテアに対してルルアがとれる行動であるが、それは回避以外選択はなかった。
以前、『スライムマザー』の討伐の際に展開していた反射神経を上昇させる身体能力変化魔法を、現在展開可能なレベル5まで用いての本当にギリギリの回避行動である。
だが、アルテアの高速の連撃に反応すればするほど体力は確実に削り落されていく。
(10秒後には当たるな。…いや当たりに行くな。)
観客席にて観戦していたユウの思考内容はまるで予知であるように的中した。
アルテアが放った斬撃は完全にルルアを捉え、そのまま吹き飛ばしてしまったのだ。
地面を削りながらも尚吹き飛ばされ、ユウが座っている観客席とは逆の観客席へ叩きつけられるルルア。
これではもはや戦闘の継続などまず不可能であろう。
とは、ユウもアルテアも微塵も思うことはなかった。
一見すればアルテアの攻撃に反応はすれど疲労によりバランスを崩してしまった末に直撃してしまったかに見えるが、実際にはユウの思考通りルルアは自ら当たりに行ったのである。
となれば、何かしらの対策をもって攻撃を受けたことが予想される。
「無事だってことは知ってんだ!さっさと起きやがれ!!」
土煙があがっている方向へアルテアが叫ぶと、土を踏みつける音が訓練場に響き渡る。
やがて、土煙からは全く傷を負っていないルルアが姿を現した。
「ちっ、兄弟揃って妙な力を持っているようだな。」
「兄さんには遠く及びませんけどね。…それでは、今度は僕が攻めさせていただきます。兄さんが何を考えてるのかはわかりませんが開き直りました。」
ルルアが観客席のユウを視界へおさめ、再びアルテアへと向き直ると小さく呟く。
「期待には応えてみせます。」
不敵な笑みを浮かべローミスリルを構えるルルア。
ルルアにとって2度目の格上との戦闘がようやく幕を開ける。
次話はルルア?が少しだけ覚醒する予定です。
次話も読んでいただけると嬉しいです。