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導きを導く者  作者: もち
10/21

9話

申し訳ありません、随分と遅れてしまいました。


それでは9話目。

どうぞです。

-帝国領:帝都:ギルド総本部-

モンスターの討伐や、材料の採集などには常に危険が付き纏う。

ギルドから公表されている依頼遂行中の死亡数は、帝都全体の死亡数のおおよそ4割を占める程である。

では、それらの依頼を受け渡す立場の受付嬢の心境はどうであろうか。

まず、間違いなく良い気持ちではないはずだ。

だからこそ、私情をはさまないことが受付嬢としての絶対条件としてあげられている。

だが、それが想い人であればその条件を守れるはずもなく、だからこそ彼女は深くふさぎこんでいた。

彼女の名前はノースノルア・リメイバー。

最近受付嬢としてギルドに就いた新人であり、毒の覇者のリーダーであるクルスにモンスターに襲われていたところを救われた過去をもつ。

そして、毒の覇者にグラムの討伐依頼を斡旋したのも彼女である。

初めての高ランクの斡旋であった。

だからこそノースノルアは考えてしまう。

クルスを殺したのは自分なのだと。

自分の判断の誤りがクルスを殺したのだと。

毒の覇者が帝都へ帰還したのは昨日の夜のことであった。

だが、その中にクルスの姿はなく、他のメンバー3人も異常に怯え、そして悲しんでいた。

それはクルスの死亡を認識させるのに十分な光景だった。

そんな、心中は仕事どころではないはずの彼女だが、それでも普段通りに動こうとする姿は痛々しいものがある。


「入金の手続きが完了しました。どうぞご確認ください。」


「あ…ああ、ありがとう。」


普段の彼女からは考えられない程、顔に生気がなく一気に老けこんでしまった印象を受ける。

健康的な肌はどこか青みを帯び誰が見ても体調が悪いのではないかと疑ってしまい、茶色の少し癖のある艶やかな髪は、セットされておらず瞳に被さってしまっている。

着用している制服は上着のボタンを1つかけ間違えており、下手をすれば下着が見えかねない状態だ。

これでは何かあったと言っているようなものである。

事実、先程までノースノルアが担当していた者も異常に気付きどう接していいのか測りかねていた。

見るに見かねたミーナが指摘しようとするも、その異常な陰の気に近寄ることもできず、あえなく失敗したのはつい先程のことである。

そのまま誰も手を出せない状態が続き、気がつけば昼を示す鐘の音がギルドに、帝都全体に響き渡る。

となれば当然昼食をとる必要があるのだがノースノルアは一向に動く気配がない。

その様子をミーナともう1人別の女性が見ていた。


「ねぇねぇ、ノースどうしちゃったんだろ?」


「今朝からあの調子だからグラムの討伐関係だと思いますよ。」


ミーナと彼女はベテランのギルド受付嬢であり。ノースノルアの先輩となる立場にある。

亜麻色の長い髪と活発なイメージを持つミント。

そして、藍色のショートカットで落ち着いた雰囲気を持つミーナ。

仲間内での会話だからだろうか?

ミーナの言葉づかいはユウやルルアに対してよりもくだけたものとなっている。

それでも敬語なのは真面目なミーナの性格故だろう。

自然と話す2人だが、その光景は周りの者の目を集めてしまう。

それぞれがギルド本部受付の顔と言われるほど有名であり、各々の実力にあった依頼を的確に斡旋する為、彼女らが担当し死者が出たことは過去に一度としてない。

その上お互いに目を惹くような容姿が更に拍車をかけているのだろう。

だが、2人は周りを気にせず会話を続ける。


「グラムの?それって毒の覇者のクルスさんを殺したっていう…?」


「そうです。討伐難度A…確かに全員Aランカーの毒の覇者なら可能と判断できますが少々依頼内容に不明確な点がありました。おそらく今はその点に気付いて、それで余計に後悔しているのでしょう。」


「なるほどねぇ、私もさっき依頼書類を見てみたけどグラムらしくないね。特異な個体かもしれないってところかな?クルスさん以外の人も命からがら逃げてきたって感じだったらしいし…でも何でミーナはその難度Aの討伐依頼をFランカーに斡旋したの?いくら能力値とかが高くても経験がなきゃさすがに無理だって思うでしょ。」


「普通ではないからです。あの子は特別なんですよ。それにあの方が一緒についていますので、今はまだ死ぬなんてことありえません。帝都を出発してから今日で4日目ですし、遅くても今日の夜ぐらいには帰ってくるでしょう。修行とおっしゃってましたので依頼の達成は怪しいところですが。」


ギルドで分類分けされるランクは不明瞭な点がいくつかある。

討伐ランクが高ければ強いかと聞かれれば、その答えは否だ。

では、能力値が高ければ強いかと聞かれても、これもまた否である。

なにせ、討伐ランクはグループを組んで達成してもランクをあげることができるものであり、個人の力量を測る上では判断要素が少なすぎる。

かといって、能力値だけを見ても経験がなければその力を活用することができず、結果として本来発揮できる力を下回ってしまうことも多々ある。

つまりギルドカードに記載されている内容はあくまでも基本値としてしかとらえることができない。

でなくてはC+程度の力量であるルルアが、いくらドートが傷を負っていようとも真っ向から闘えるわけがない。

重ねて言うならばミーナから見た、そう、あくまでもミーナから見たルルアの実際の力量はギルドの最高戦力に迫るものである。

これはミントも同じ結論に辿り着くであろう。

なにせ、2人の見る力はほぼ同格なのだから。


「あぁ…あのとんでもないドラゴンの角の採集をしてきたっていう人のこと?それなら納得だね。…あれ?特別って何かあるの?」


「…失言でした。今のは忘れてください。それよりも今はノースさんについてです。先程彼女に声をかけようとしましたが、さすがに今の状態で話しかけるには戸惑いがあります。」


ノースノルアに声をかけようとしたのは何もミーナだけではない。

同期の受付嬢はもちろん、ミントも声をかけようとした。

新人とはいえ、明るい態度や親近感を覚える人懐っこい性格が幸となりギルド内で高い人気を誇るノースノルアである。

心配する者はそれこそ百や二百で収まりがつかないほどいるのだが、その全員が陰の気に阻まれ声をかけるに至れなかった。


「特別ってのは気になるから保留ってことにしておくね。それとノースのことは私も手に余るなぁ。いざって時はおじ…マスターに頼むってことでいいと思うよ。」


「それには同意ですね。ですが…無理して言い直さなくてもいいと思いますよ?」


「それは放っておいて!…あれ?ノースは?」


「先程外へ向っていました。私たちにできることは限られてしまいますし、それが逆に彼女の神経を逆なでしかねないのでそっとしておくのがいいと思いますよ。」


結局、ギルド本部受付の顔である2人が出来るのはただ見守るだけであった。



-帝国領:帝都:紅の丘-

墓…それは生きていたという最後の証明。

有名なものでは初代皇帝フェイルの墓や、モンスターを完全に統治していた獣王ラヴィンの墓などがあげられる。

また、悪名という意味で有名な大盗賊パンデミックの墓や、ドラゴンが天寿をまっとうする場所と言われるドラゴンの墓などもあり、世界中には人々に広く知られる墓が数多く存在する。

なお、例としてあげられた墓の共通点に同じ時代だったということが明らかになっている。

ブルトゥラ大陸を1人で統一した語る必要もない認知度である、初代皇帝フェイル。

ドラゴンとも対立しえた、聖なる力を宿した獣王ラヴィン。

宝石や貴金属はもちろんのこと、当時の皇族の心すらも盗んだと言われる盗賊王パンデミック。

ドラゴンの墓には、かの伝承にでてくるドラゴンが最後に眠りについた場所故にその名がついたという話しがある。

時期に数年の差異はあるが、ほぼ1500年前の墓であることに間違いはなく、歴史に大きく関係する忘れられることのない墓である。

そして、紅の丘にも広く知られる忘れられることのない墓がある。

弔われし者は複数…いや、膨大。

討伐依頼にて死亡した人々、その中でも遺体のない者を弔う墓。

大きく刻まれし言葉は勇敢なる者、小さく刻まれるは眠る人々の名。

そこに今朝新たに刻まれた名。


「クルス・エト・エアテリア…クルス・エト・エアテリア…クルス・エト・エアテリア…。」


愛しい想い人の名を呟くノースノルア。

現実を受け入れていたはずだった、だがやはり信じられないから、信じたくないから何度も何度も繰り返し呟く。

が、それでも現実は変わらない。

変わらなくとも繰り返し呟き、事実をかみ砕き心に定着させていく。


(…そう、クルスさんは死んじゃったの。私が…悪いの。私がクルスさんを殺したの!ミーナ先輩の言ってた通り私があの時グラムらしくないって気付けていれば。それで先輩に相談していれば…そうしたらこんなことになんかならなかったのに!!)


「…ぅ…っぅ、ひっぐ…。」


耐えることもできずに溢れ出す大粒の涙。

1粒1粒に込められる後悔、懺悔、悲哀。

流せど流せど止まることもなく、ノースノルアの足元を濡らしていく。

モンスターに襲われた時ですらこれほどの涙を流してはいなかっただろう。


「ひっぐ…ぐる…ずざん、ぐるずざん、っ…うぅ。」


もはや涙を止めようともせず、墓に刻まれたクルスの名を霞む目で見つめながら、声にならない声で呟きながらただただむせび泣く。

そんなノースノルアの背に大きな影が現れる。


「…ここにいたのか、探したぞ。」


「おどう…ざん?」


声の主は毒の覇者の最前衛であり、ノースノルアの父でもあるシェル・リメイバーであった。

帝都内という安全な土地にいるためか全身鎧を外しており素顔もうかがうことができる。

若干のしわが見られる落ち着いたを過ぎた寡黙なイメージを持つ容姿、張りのある鍛え抜かれた肉体が目に留まる屈強な男である。


「…、どうしたの?」


いくら父であろうと、泣いている姿を見られたくないのだろう。

平然を装い微笑みながら返事を返すノースノルア。

だが、涙は止まらず唇も震えている。


「すまない。」


ノースノルアの顔も見ずに話すシェルの言葉は謝罪であった。


「クルスを護れなかった。それどころか…今度は俺が護られてしまった。」


シェルがクルスと共に行動していた理由。

それは、ノースノルアを救ってもらったことに対する恩返しであり、ノースノルアの恋路を応援するためにもクルスを死なせないという思惑があってのものであった。

それを知るはずのないノースノルアだが、父の行動にある程度の予想もついており、自身もクルスには生きてほしいことから特に咎めるようなこともなかった。

だが、今このタイミングでの謝罪はクルスの死という事実が更に心に突き刺さる。


「っ!!?ぁ…ぁぁ。」


懸命に抑えていた感情が再び溢れ出す。

止まらない、止めたくない、泣きたい、全てを吐き出してしまいたい。

そんな感情に支配され、シェルがいることも忘れて先ほどよりも更に大きく身体全体を使ってむせび泣く。

そんなノースノルアにシェルから更に残酷な言葉がかけられる。


「俺はクルスの仇をとるつもりだ。」


クルスがいた万全な状態の毒の覇者が挑んで敗北した相手。

ならば、そのクルスが欠ければ今度こそ全滅もあり得るだろう。

つまりはシェルの言葉は死と同義であり、それに気付かない程愚かなシェルではない。


「駄目…!駄目だめダメ!!絶対にダメ!!!お父さんまで死んじゃうなんて、そんなの嫌!!私を1人にしないで!!!」


もちろんノースノルアも言葉に含まれる死の予感を感じ取っており、子供が駄々をこね、けれど烈火のごとく激しくシェルの決意を拒否する。

シェルの分厚い筋肉によって構成された胸元に身体をもぐらせ必死に引きとめようとするも、シェルは一向に口を開こうとしない。


(こうなることはわかってはいた…だから、覚悟を決めてきたというのに…俺はどうすれば?)


シェルは父であり、戦士でもある。

故に悩んでしまう。

父として娘とともに生きるか、戦士として死が決まりきっている復讐に生きるか。

どちらを選んでも後悔が残るだろう。

答えを決めかねていると、紅の丘に来て初めてノースノルアと視線が合い、同時に驚きの為か目を見開いてしまう。


(っ!?…アリーナ?)


心中で呟いたのは最後を看取ることもできなかった妻の名であり、表情に、泣く仕草に、妻と娘が重なって見えるのだろう。


「…わかった。お前を1人にはしない。」


家族をどれだけ大切に想っていたか改めて気付き、結果、シェルが選んだ答えは娘とともに生きるという決意していたものとは正反対のものであった。

その答えに泣いている点はそのままで、悲しみから喜びへと表情を変化させ、より強くシェルの胸元へ抱きつくノースノルア。


(…これでいいんだ。もう、この子に悲しい想いはさせたくはない。だが…サザーブとミシュはどうするだろうか?)


穏やかな道を選んだシェルが心配するのは、同じ毒の覇者の仲間である2人のことであった。



-帝国領:帝都:ギルド総本部-

夜も更け大半の子供が寝ている時間。

起きている子供と言えばギルドに属しているか、少しばかりやんちゃな反抗期を迎えたような子しかいないだろう。

もちろん、今ギルドに帰還したルルアは前者にあたる。

そして、今回の依頼の内容について包み隠さず報告する。


「なるほど…やはり特異な個体でしたか。」


もともと今回の依頼の不可解な点に気付いていたミーナは驚くことなくむしろ、納得しているようだ。


「そして、これ以上の被害を抑えるため討伐依頼を撤回してほしいということですね?」


「はい、そう約束したので。」


納得はしたが少しばかり頭を抱える。

そもそも、討伐依頼の撤回など過去に一度としてない。

なにせ、依頼としてあがる時点で人々の脅威と考えられており、その対象が生きている限りは期限などもないのである。

これで毒の覇者がドートと接触していなければルルアが討伐したとすることもできたかもしれない。

だが、毒の覇者はドートと闘い、敗北しつつも1つだけ決定的な報告をしている。

討伐対象であるグラムは森を抜けようとしていたと。

その事実を知っている者がいる限り、ルルアが討伐したと偽造するのは難しい。


「…大変申し訳ありませんがやはり依頼の撤回はできそうにありません。」


「やっぱりそうですか…僕が実際に闘った後で4人の方が接触していたみたいですから、その関係ですよね?」


「その通りです。ご存じだったのですか?」


「…はい。」


できれば知りたい事ではなかった。

ドートと毒の覇者の戦闘は魔力をあまり用いらない間接的な戦闘であり、だが、魔力質の入れ替えによる作用なのか魔力感知が異常に敏感になっていたルルアには容易に捉えることができたのである。


「ご存知ならばお分かりでしょうが気をつけてください。その4人は毒の覇者というグループなのですが、生き残った方々はおそらく再度グラムの討伐依頼を受けるでしょう。グラムと召喚の契約を成すことを知れば貴方も狙われる可能性があります。」


「そうですね…忠告ありがとうございます。」


依頼の報告が終わると、それを待っていかのようにユウが話しに加わる。


「報告は終わりだな。依頼のリストを貰えないか?」


「かしこまりました。討伐依頼だけでよろしいですか?」


「ああ。それと忘れないうちに迷惑料を渡しておく。貰ってくれ。」


ユウからミーナに手渡されたのは楕円形の光る石であった。


「これは…光玉石ですか?」


その名の通り魔力の作用で光る石であり、アジールの名産品として知られる魔法玉である。

ある程度安価な為、手に取ることは比較的多いのだが、ミーナの手の中で光る光玉石は一般的に出回っているものとはサイズそのものが違う。

通常2センチ程度の大きさなのに対して、これはゆうに10センチは超えている。

更に、内蔵された魔力の桁も大きさに比例して極端に増えている。


「このサイズなら好きなように加工できるだろう?これからも色々と秘密にしてもらうことが増えそうだからな。そういう意味での迷惑料だ。依頼で別の土地に行ったら色々と持ってきてやる。」


「あ…はい。そういった理由であれば頂いておきます。」


少しばかり顔を赤くしたミーナに疑問を感じるユウだが、途端に寒気を感じ思考が一時停止する。


(…ふぅ。今のはユキが睨んでいたよな?つまり女関係で俺が何か仕出かした…まさかミーナの件か?)


討伐依頼のリストを受け取り、ある程度の予想を立てているとルルアもミーナへ何かを渡していた。

それを受け取りにこやかにルルアの頭を撫でるミーナ。

遠目から見て仲の良い姉弟のようだ。


「さて…俺は酒場に寄ってから帰る。今日はもう何もするつもりはないからゆっくりしておけ。」


先程感じた寒気については、考えても仕方がない事だと諦めに似た答えを出し次の行動へ移るユウ。


「うん。ところで、兄さんお酒飲める歳なの?」


「飲めないぞ。そもそも酒を飲む為に行くわけじゃない。情報収集の一環だ。」


「あっ!なら僕も行くよ!」


「では、行ってらっしゃいませ。またのお越しをお待ちしておりますね。」


「はい!」


「ああ。」


揃ってギルドの受付を離れるユウとルルアに丁寧にお辞儀をするミーナ。

その手には光玉石と巨大な陽樹がパッケージに描かれた菓子箱が握られていた。

読んでいただきありがとうございました。


次話も読んでいただけると嬉しいです。

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