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最も恐ろしい事件

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/09/19

 

 以前、引退した刑事さんとお話をする機会がありました。

 如何せん、私は物書きですから不躾な質問をしてしまったのです。


「今まで見てきた事件で最も恐ろしい事件は何ですか?」


 尋ねた私は返答があるまでに様々な事件を想像しました。

 例えば数十人が亡くなったテロ事件だとか、あるいは未だに解決していない未解決事件だとか、もしくは何年も土地ぐるみで隠されていた事件だとか……。


 しかし、刑事さんは言いました。


「そうですね。自らの都合で子供に嘘をつかせる大人が関わったあらゆる事件です」


 刑事さんは語りました。

 その事件は実に有り触れた殺人事件だったと。


「痴情のもつれですよ。よくある内容です。浮気をした妻が居て、夫に問い詰められて逆上……」


 その末に妻が夫を突き飛ばしたら夫が階段から落ちて死亡。


「無論、殺すつもりなどなかったでしょうがね。けどまぁ、死んじまった。騒ぎを聞きつけた人が通報。私が現場に行った。妻は言っていたんですよ。夫が足を滑らせたって。そしてね――子供の方に言うんです」


『そうでしょ? あなたも見たでしょ? ね? ね?』


 睨みつけながら。

 両肩を思いきり掴みながら。


 お父さんはお父さんでしょう。

 お母さんはお母さんでしょう。

 どちらも大切なのに両方失ってしまった。


「いや。このままじゃ、失うと理解していたんでしょう。だからね、その子は言ったんです。お父さんが足を滑らせたってね」


 刑事さんはため息をついてました。


「両親だけじゃなく、心まで失っちまった。あれだけ残酷な事件は早々ない。少なくとも私はそう思いましたよ」


 聴き終えて私はため息をつく。

 少なくとも読者受けはしなさそうだ、と。

 すると、刑事さんは笑った。


「それでいい。あんたらは人間が想像できる限りの恐ろしいものを書くのが仕事なんだから。どこにでもあるような恐ろしい話なんざ、気づかない方がいいんですよ」


 例えば、その子の末路なんかとか――。

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