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第42話 汚れの先で、隣村は滅びず

数拍遅れて、村の空気が爆発した。


「名代様が!」


「近づくな、まだいるぞ!」


書記官が怒鳴り、男たちを押しとどめる。

その声には本気が混じっていた。

演技ではない。

今ここで混乱を広げるわけにはいかないと、本気で分かっている声だった。


「女と子供は下がれ!」


「水はこっちだ、火を消せ!」


書記官は、倒れたエーゴンのもとへ駆け寄った。

膝をつき、肩へ手を当て喉元を見る。


そして、そこで短く目を閉じた。


「名代様」


その声は深く、静かだった。

芝居ではある。

だが、嘘だけではない。


死んだのは本当に伯爵家の弟だ。

その重みは、分かっている。


「村を守ろうとなさったのに」


その言葉で、広場の空気がまたひとつ固まる。

そう見える。

そう見えてしまう。


火の魔物が来て、仔もいた。

名代が前へ出た。

そして倒れた。


その流れは、あまりにも綺麗に繋がっていた。


書記官が、村人へ叫ぶ。


「見た者は覚えておけ!」

「名代様が…」

「村を守るため、前に出られた!」


その声は、半ば村人たちへ刻みつけるためのものだった。

目撃は、今この場で形になる。



森の影では、エルマーがようやく息を吐いた。


「終わった」


ガラスも剣を納めながら呟く。


「こっからだぞ、坊ちゃん」


老剣士の言葉で、レオもすぐに気を戻す。


そうだ、死んで終わりではない。

ここから先を繋げてこそ意味がある。


「引くぞ」

「今のあそこは、ウェルナー村の人間だけで回させるべきだ」


ガレスとエルマーが静かに頷く。

アカネ達はよくわかってなさそうだが、村へ帰るということは理解したようだ。


「こっちが顔を出したら全部が濁る」


エルマーが最後に、森の際の火だけを静かに殺す。

焦げ跡は残熱り、も残る。

だが、これ以上は燃え広がらない。



広場では、すでにその後が動き始めていた。


伐採班の頭が男たちをまとめている。


「お前ら、立ってるだけか!」

「水を回せ!柵の外れを見ろ!」

「火が残ってたら潰せ!」

「子供は家へ戻せ!」


怒鳴り声は荒い。

だが、その荒さが今は必要だった。

混乱の中で、人を動かす声だ。


書記官は、倒れた名代の傍にいた。

膝をついたまま、周囲へ低く指示を飛ばす。


「担架を」

「遺体は丁重に運べ、見苦しく扱うな」


その一言一言が、名誉の戦死という形を作っていく。


オットーは、呆然とその一連を見ていた。


昨日まで口の中にしかなかった計画が、

今、自分の村の広場で現実になっている。


怖かった。

胃が捩れるほどに。


だが同時に、分かっていた。

ここで止まれない。

ここで受け皿側が立たなければ、本当にただの殺しで終わる。


「オットー!」


伐採頭の怒鳴り声が飛ぶ。


「立ってるだけか!倉の前を見ろ!」


「っ、ああ!」


その声で、ようやく身体が動く。

走りながら、胸の奥で何かが決定的に変わったのを感じた。


もう戻れない。

だが、それでもいい。

戻った先には、どうせ潰れる村しかなかったのだから。



その夕方、ウェルナー村に残ったのは、ひどく歪な静けさだった。


村人たちは、怯えた顔のまま働いている。

だが、何もかもが止まったわけではない。

むしろ逆だ。


死んだからこそ、動かなければならなくなった。


配給をどうする。

夜の見張りをどうする。

名代の遺体をどう整える。

伯爵家への報告をどう出す。


全部が一気に現実になった。


その中で、書記官、伐採頭、オットーの三人だけは、すでに次を見始めていた。


名代が死んだ、で終わらない。

名代が死んだからこそ、村を残す。


その一点でだけ、全員の目が揃っていた。


森を離れた場所で、レオは最後に一度だけウェルナー村の方角を振り返った。


煙は上がっていない。

火ももう見えない。

だが、ひとつの村の運命は確かに動いた。


アカネたちの尾の赤。

火尾鶏の熱と焦げた草。

倒れた貴族。


全部が混ざって、もう戻れない一日になった。


「汚れたな」


レオがぽつりと零した。


隣のガレスが、短く答える。


「最初から綺麗な話じゃねえ」


「分かってる」


「でも、終わらせ方はまだ選べる」


「ああ」


それが、せめてもの救いだった。


ここから先、ウェルナー村が立ち直るなら。

襲撃村ではなく、村として残るなら。

今日の汚れも、全部が無意味ではなくなる。


レオは静かに息を吐いた。

夜が来る前に、自分の村へ戻らなければならない。

そこにも守るものがある。


だが、今だけはひとつ分かっていた。

確かに終わったのだと。



ウェルナー村からの第一報が届いたのは、翌日の昼前だった。

走ってきたのはオットーではない。

伐採班の若い男だった。

息を切らし、泥を跳ね上げ、村の門をくぐるなり見張りへ叫んだ。


「レオ殿に!」

「ウェルナー村からだ!」


その声で、広場の空気が一瞬で変わる。


パン炉の前にいたマルタが顔を上げ、水路を見ていたバルドが足を止めた。

テオドールは紙を持ったまま立ち上がった。


レオは中央の家から出てきて、まっすぐその男を見た。


「どうなった」


「掌握、できたと」


「誰が」


「書記官と、伐採班の頭が」


その一言で、レオの肩からほんの少しだけ力が抜けた。


完全にではない。

だが、最悪の線はひとまず外れた。


「詳しく話せ」


「はい」


男は水を一口飲まされてから、息を整えた。


「昨夜のうちに、村の男衆は書記官が押さえました」

「女衆は伐採頭が落ち着かせて、子供は家に戻したと」

「書記官は、もう報告文を書き始めてるそうです」


「早いですね」


テオドールが記録を取りながら返した。


「名代様は村を守るため、火の魔物に立ち向かい、壮烈な戦死を遂げたって」


その文言に、ガレスが小さく鼻を鳴らした。


「ちゃんと形にしたか」


若い男はさらに続ける。


「伯爵家がどう動くかは、まだ分からないそうです」


「今の時点で、分かれば怖いな」


レオが腕を組みながら、男を見る。


「ええ。でも」


伝令の男は、そこで少しだけ顔を上げた。


「おそらく、名誉の戦死で片づけられるんじゃないか、と」


「理由は」


レオは、男の目を見たまま続きを促す。


「村人のほとんどが見てるからです、魔物の子供三体を」


「やっぱりそこか」


とガレスが頷く。


綺麗すぎるくらい、綺麗な筋書きだった。


火を持つ魔物の仔が三匹、村の外れに現れた。

親が興奮して襲いかかった。

名代が前へ出た、そして死んだ。


それは、貴族家の報告文にしても、村人の記憶にしても、あまりにも飲み込みやすい。


「アカネたち、働いたな」


とレオが小さく言う。


ガレスが横で答える。


「えらく綺麗に働いた」


「褒めてるのか」


「八割くらいな」


「またか」


だが、その口調は悪くなかった。

テオドールはすでに、話を次へ進めていた。


「伯爵家側の反応は、たぶん二つです」


「二つ?」


とバルド。


「一つは、面倒を避けてそのまま名誉の戦死で処理する」

「もう一つは、形だけ調査を入れる」


「どっちが濃い」


レオが聞き返す。


「前者でしょうね」


とテオドールは答えた。


「理由は」


「弟君の無能が露見する方が、本家にとって痛いからです」


「なるほど」


テオドールは淡々と続ける。


「本気で調べれば、なぜ開拓村がそこまで追い詰められたか、まで見ざるを得ない」

「そうなれば、名代の失政も、私的流用も、女への圧も、全部芋づるです」


「伯爵家としては、それは困るか」


「非常に」


「面子の問題だな」


「ええ」


ガレスも同意した。


「だったら、弟は村を守って死んだで閉じた方が楽だ」

「悲劇だが、恥ではない」


「その通りです」


テオドールが纏めだ。


レオは、そこでようやく少しだけ目を閉じた。

完全な安心ではない。

だが、最悪の報復一直線ではなさそうだ。

少なくとも、そう読むだけの材料はある。


報せを聞いたあと、広場の空気はすぐには緩まなかった。


それも当然だ、やったことが軽くない、終わったわけでもない。

だがそれでも、ひとつはっきりしたことがある。


ウェルナー村は、崩れなかった。

名代が死んだその夜に、受け皿側で村を掌握できた。

配給も、秩序も、最低限だが保てた。

それだけで、今回の賭けは半分以上勝ったようなものだった。


「本当に、やっちまったな」


バルドがウェルナー村のほうを見た。


レオは短く答える。


「隣村ひとつ、死なせずに済ませた」


その会話を、少し離れたところで雛たちが聞いているわけもなく、アカネは今日も得意げに卵を抱えていた。


ぴぴと鳴き、胸を張る。

何も知らない顔だ。


「お前ら、ほんとになあ」


レオがその檻の前へしゃがみ込み、ぼそりと言う。


「村ひとつ助けたぞ」


「ぴ」


「分かってねえよな」


「ぴぴ」


「だろうな」


スミは静かに寄ってきて、ヒイロは少し遅れて尾を振る。

アカネだけは、相変わらず一番前だ。


その姿を見ていると、胸の奥の重さが少しだけほどけた。



その日の夕方、レオは中央の家で、改めて主要な顔ぶれと短い確認をした。

テオドールは紙を整えながら言った。


「ここから先は、隣村の後始末ではなく、隣村の立て直し支援に移りますね」


「その言い方もだいぶ役所だな」


「ですが正確です」


「嫌いじゃない」


「珍しいですね」


「今回はな」


エルマーが椅子へもたれながら確認した。


「巨猿の珠の土壌試験と、水路の話も向こうへ持っていくのか」


「いきなり全部は渡さない」

「だが、水の引き方くらいは教える」


ひとまず、最低限の支援をすることで話はまとまった。


汚れた。

だが、その汚れの先で、ひとつの村が襲撃村になるのを止めた。

それなら、少なくとも意味はある。


パン炉の熱は今日も残り、

広場には温かい匂いがあり、

水路には細い水が流れていた。


アカネたちは檻の中で丸くなり、

ウェルナー村の方角には、まだ見えない不安が残っている。


それでも今夜だけは、少しだけ違った。


隣村が滅びずに済んだ。

それは、この村にとっても大きい。


新大陸では、隣が潰れればその歪みがいずれ自分のところへ来る。

逆に、隣が立てば、自分も少し立ちやすくなる。


レオは夜空を見上げながら、静かに思った。


開拓ってのは、土地だけじゃない。

人も、村も、流れも、全部ひっくるめて作るものなんだろう。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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