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第39話 腹を括る者たち

会議が終わったのは、もう夕方近くだった。


人が散り、紙が畳まれる。

見張りの交代を告げる声が、遠くでかすかに響いている。


レオはしばらく、その場から動かなかった。


頭の中で、段取りが何度も組み替わる。

誰が動く、誰が残る。

どこで切る、どこで止める。


だが、最後に残ったのはそこではなかった。

広場の隅、アカネたちだ。


雛たちは、もう眠そうだった。

それでも完全に眠りへ落ちる前の、妙な警戒心は残っている。

レオが近づくと、三羽とも小さく首を上げた。


アカネが小さく鳴く。


「起こしたか」


とレオは小さく言った。


スミは藁の中で丸くなりかけていたのに、のそのそと立ち上がる。

ヒイロは少し遅れて、檻の奥から出てきた。


最近はもう、三羽ともレオの声に反応する。

だからこそ、それが妙に痛かった。


レオは檻の前にしゃがみ込んだ。


火尾鶏の雛。

拾ったわけじゃない。

卵から孵って、自分たちを親だと思った。

だから飼っている。


それだけの話のはずだった。

だが、今は違う。


こいつらの存在が、これから先の筋を支える。

火尾鶏という魔物が、この土地に本当にいるという証になる。

その事実を、人間の都合で使う。


ひどく勝手で、親代わりとしてあまりにも情けなかった。


「お前たちにな」


三羽は意味も分からず、まっすぐレオを見る。

赤い目が、まだ幼いまま妙に澄んでいる。


「汚れ仕事をさせる」


ぴ、とアカネが鳴いた。

返事ではない、いつもの声だ。


それが余計に堪えた。


「不出来な親ですまない」


声は静かだった。


誰に聞かせるわけでもない。

謝ったところで、雛たちに意味が分かるはずもない。

それでも言わずにはいられなかった。


「お前たちは、ただ生きてるだけだ」

「飯食って、卵産んで、子供らと遊んで、それでいいはずなのに」

「こっちの都合で、お前たちの名前を使う」


スミが檻の隙間から嘴を伸ばしてきた。

つつくというより、指先へそっと触れるように当てる。


ヒイロも少し遅れて寄ってくる。

アカネはいつも通り一番前だ。

胸を張って、ぴ、と鳴いた。


「怒れよ」


レオが小さく笑う。

笑いになりきらない顔で。


「親が勝手だって」


「ぴ」


「そうだよな」


「ぴぴ」


「分かってないか」


「ぴ」


当たり前だ。

分かっていない。

分かっていないからこそ、こんなふうに寄ってくる。


それが、ひどく優しかった。


「坊ちゃん」


後ろから声がした。

ガレスだった。

いつからいたのか、気配が薄い。


「聞いてたのか」


「半分くらいな」


「また半分か」


「ちょうどいい数字だからな」


老剣士は、レオの隣までは来なかった。

少し離れたところで腕を組んだまま、檻の中の三羽を見ている。


「そんな顔するな」


ガレスは三羽を見た。


「こいつらを捨て道具にする気じゃねえだろ」


「だから謝ってる」


「なら、それでいい」


そこはあっさり認めた。


「だがな、世の中には、綺麗じゃないがやらなきゃもっと汚くなる話がある」


「今がそれだろう」


「嫌な顔してるうちは、まだ間違えねえ」


その言葉は、妙に胸へ落ちた。


嫌だと思う、汚いと思う。

できればやりたくないと思う。


それでも、やらなければもっと酷いことになる。

そういう場面は、戦場にも、開拓にも、たぶん何度もあるのだろう。


「お前たち」


レオはもう一度、雛たちを見た。


「終わったら、ちゃんと埋め合わせする」


「ぴぴ」


「伝わってないな」


「当たり前だろ」


ガレスが苦笑する。


そこで、ようやく少しだけ笑えた。

アカネがまた檻の隙間から顔を出し、レオの手の甲へ頭を押しつける。

温かい。

尾の先だけが、ほんの少し熱を持っていた。


その熱を感じながら、レオは静かに目を閉じた。

パン炉の火も、水路の水も、村人たちの笑顔も、全部守りたいと思った。


だから、汚れるなら自分が先だ。

そういう覚悟だけは、少しずつできていた。



オットーが村を発ったのは、夕暮れが始まる前だった。


空は茜色で、森の上に夕日がかかっている。

人目が少なく、動くにはちょうどいい刻限だ。


レオたちは村の外れまで見送った。

見送るといっても、別れを惜しむような空気ではない。

張りつめた、静かな見送りだった。


「話す相手は書記官だけだ」


「分かってる」


「名代には絶対に勘づかせるな」


「大丈夫だ」


返事はする。

だが、オットーの顔色は良くない。


そりゃそうだ、とレオは思う。


これから戻るのは、自分の村だ。

だがもう、ただ帰るだけではない。

嘘を飲み込み、腹の底に刃を隠して帰るのだ。


「怖いか」


とガレスが聞く。


老剣士の声は、変に優しくもなければ冷たくもない。

ただ、事実を確かめる声だった。


オットーは少しだけ笑った。

笑えていない顔で。


「怖い」


「だろうな」


「逃げたいくらいだ」

「でも、戻らないともっと駄目になる」


その言葉に、ガレスは短く頷いた。


「なら行け」

「腹を括った顔しろ。そういう時にだけ、人は少し強く見える」


「できるか分からない」


「できなくても、そう見せろ」


オットーはそこでようやく一度、深く息を吐いた。


「分かった」


オットーはそう言って、森へ歩き出した。

残して来た仲間と合流するのだろう。


その背は、来た時より少しだけましだった。

強くなったわけじゃない。

ただ、行く方向だけは決まった背中だった。



最終フェーズへ入ったのは、オットーが二度目に戻ってきた夜だった。


今度の顔は、前とは違った。


疲れてはいる。

追い詰められてもいる。

だが、ただ怯えているだけではない。


腹を括った人間の顔だった。


「揃った」


村へ入るなり、オットーはそう言った。

レオも、ガレスも、テオドールも、それだけで半分は察した。


「書記官のエーリヒさんは吞んだ」

「伐採班の頭もです」


短く、だがはっきりした返事だった。


ウェルナー村の受け皿側は揃った。

後はもう、迷っている時間の方が危険になる。


「…そうか」


レオは、深く息を吐いた。

ここまで来ると、不思議と胸の内は静かだった。

やることが、もうはっきりしているからだ。


「名代の様子は」


とガレス。


オットーは少しだけ唇を歪めた。


「食いついてる、火の魔物の話に」


そこで、テオドールが目を上げる。


「餌に乗ったわけですね」


オットーは頷く。


「最初は怯えてた。火を吐く魔物が近いって聞いて」


「だろうな、あの手合いはまず自分の身から考える」


ガレスが少しだけ肩をすくめた。


「でも、討ち取れば武名になるって話に変えたら、急に前向きになった」


「…見事なまでに想定通りですね」


テオドールが少し呆れるように言った。


オットーはさらに続けた。


「エーリヒさんが、村人の前で前に立たねば伯爵家の名折れになりますって言ったら」


ガレスが喉の奥で笑う。


「効いたか」


「かなり効きました」


「分かりやすいな」


「分かりやすすぎるくらいです」


部屋の空気は、そこで完全に切り替わった。

もう、準備段階ではない。

動かす段階だ。


その夜、レオは再主要な顔ぶれを集めた。


レオ、ガレス、テオドール、エルマー、オットー。


そこへ途中から、バルドも加わった。

ウェルナー村側の名前はここにはいない。

だが、向こうで受け皿側が動くことはもう決まっている。


机の上には、テオドールが新しく描いた紙が一枚あった。

ウェルナー村の簡易見取り図だ。


「最終確認です」


とテオドール。

その声に、誰も口を挟まない。


「今回の目的は三つ」

「名代を排除する」

「それを、村を守る名誉の戦死として成立させる」

「最後、その直後にウェルナー村の統制を受け皿側へ渡す」


紙の上に、炭の先が置かれる。


「どれか一つでも外れたら失敗です」


テオドールは、全員の顔を見てから続けた。


「時刻は明日、日が傾き始める頃」


「夜じゃないのか」


バルドが確認するように問う。


「夜だと混乱が大きすぎます」

「夕刻なら、村人も働きから戻っていて、見届ける目があります」


「なるほど」


「それに、火も映える」


エルマーがぼそりと言った。

火尾鶏による脅威。

その印象を村人へ焼きつけるなら、明るすぎず、暗すぎない刻限がちょうどいい。


レオが纏める。


「まずエルマーが、魔物の仕業に見せた火を放つ」

「それをオットーが煽る」


オットーが頷く、少し震えている。

今更ながら、重いという事実がのしかかっているのだろう。


「潜ませているアカネ達を、村人の前に出す」

「遠目だ、森に近い位置」


テオドールが、紙を見ながら補足する。


「夕刻でも、火尾鶏は火の尾という分かりやすい特徴があります」

「村人達でも、魔物と認識できるはずです」


レオが続ける。


「あとは、書記官とやらが名代を乗せて森のほうへ行かせればいい」

「あとは、親の仕業に見せかけて名誉の討ち死にをしてもらう」


全員が頷く。

そこまで揃えば、もう言葉は要らなかった。


最終フェーズ。

その名前通り、後戻りはほとんどない。

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