第38話 火尾鶏の名を借りて
レオは机代わりの板に指を置いた。
「名代殿は、村を襲ってきた魔物に立ち向かった」
「そして、村を守って名誉の死を遂げた」
部屋が、しんと静まる。
口調があまりに自然だったからだ。
だが、中身はあまりにも危うい。
「まさか」
テオドールが、少し乾いた声で言った。
「アカネたちにやらせるつもりですか」
その問いに、バルドが低く「おい」と唸る。
ガレスだけは黙ったまま、レオを見ていた。
レオは首を横に振る。
「今のアカネたちじゃ無理だ」
「今の、という言い方が不穏なんですが」
「事実だろ」
「事実でも怖いんですよ」
そこでようやく、レオは口元を少しだけ歪めた。
「勘違いするな」
「では」
「アカネたちに殺させるんじゃない」
「アカネたちを、魔物である証拠として使う」
テオドールが静かに息を吐いた。
「なるほど」
レオは続ける。
「火を持つ魔物は、この辺りの森に実在する」
「親はもう狩ったが、知ってる人間は少ねえ」
「ウェルナー村ならなおさらだ」
そこでレオは一拍置いた。
「なら使える」
「どう使うんです」
テオドールはすでに紙と筆を手にしている。
「火尾鶏に襲われた形を作る」
「名代殿は村を守るため、自ら前へ出た」
「その結果、火を持つ魔物と相打ちになった」
「そういう筋書きだ」
オットーはすぐには言葉を返せなかった。
最初に口を開いたのは、ガレスだった。
「筋は悪くねえ」
「だろ」
「伯爵家から見ても、弟が辺境で無様に死んだより、村を守って魔物にやられた方が飲み込みやすい」
「そういうことだ」
「しかも相手が火尾鶏なら、痕も作りやすいな」
「そしてアカネたちの存在が、この辺りにはこういう魔物がいるという下支えになる」
テオドールはそこで額を押さえた。
「理屈としては、ひどく嫌ですが通っています」
「褒めてるのか」
「褒めてません」
バルドが腕を組んだままレオを睨む。
「結局、あっちの領主を殺すって話だろ」
「ああ」
「そこを軽く言うな」
「軽くは言ってない」
「でも、やる気の顔だ」
「この顔は生まれつきだ」
そのやり取りに、ガレスが喉の奥で笑った。
だが、すぐに真顔へ戻る。
「問題は二つだ」
「一つ、火尾鶏の痕をどこまで本物らしく作れるか」
「もう一つ、誰が手を下したかを絶対に外へ漏らさねえことだ」
オットーが、ようやく絞り出すように言った。
「でも、本当にできるんですか」
レオはしっかりとオットーの目を見る。
「できるかどうかじゃない、やるんだよ」
「お前の村を守るにも、うちの村を守るにも、あの名代がいる限り全部が狂う」
オットーは唇を噛んだ。
理解はしているのだろう。
あの男が諸悪の根だということは、本人が一番知っている。
だが、だからといって殺す話をすぐ飲み込めるほど、心が死んでいるわけでもない。
「殺す以外の方法はないんですか?」
「あるかもしれんが、悠長に考える時間がない」
「あいつがいる限り、お前の村は襲うしかなくなる」
「そして一回襲えば、次はもっと酷くなる」
「だったら、止めるしかない」
静かな時間が落ちた。
そこでテオドールが、少しだけ声を落として言う。
「立て直しという言葉を使うなら、なおさらです」
「領主の座にいる人間が村を食い潰している以上、そこを残したまま改善はありえません」
「冷たい言い方ですが、構造の問題です」
ガレスも続ける。
「しかも、ただ斬りゃいいって話でもねえ」
「伯爵家の弟を野良犬みてえに転がしゃ、今度は伯爵家そのものが動く」
「だから名誉の戦死なんだろ」
バルドがまだ苦い顔のまま言う。
「アカネたちを使うってのは」
「直接じゃない、火尾鶏の親がいる証のためだ」
レオは、指を折るように並べた。
「アカネたちは、傍目から見れば鶏にも蜥蜴にも見えん」
「しかも、尾は火の粉を纏っている」
「アカネたちがいる以上、親が近くにいるって理屈が通る」
テオドールが少しだけ顔をしかめる。
「つまり、村に火尾鶏の雛がいる=親個体が近辺にいた証左、とするわけですね」
「そうだ」
「えげつないですね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてません」
オットーはまだ苦しそうだった。
だが、その目は少しずつ変わっていた。
目の前の話を、もう冗談としては聞いていない。
受け止め始めている顔だ。
「名代が排除された、うちの村は」
「立て直せる可能性が出る」
レオが頷く。
「お前らが、本当に立て直す気があるならな」
「名代が死ねば、次に誰が握る」
「書記官がいます」
「まともか」
「平民ですし、少なくとも名代よりは」
「なら足場はある」
ガレスが補う。
「村人側のまとめ役は」
「年寄りが二人。あと、伐採班の頭が一人」
「そいつらは話が通るか」
「通る…と思う」
「思うじゃ困る」
「でも、少なくとも襲撃には反対してた」
その声には、必死さが滲んでいた。
レオは頷いた。
「ならいい」
「名代が消えた後、そいつらで場を繋げる」
「その間に、こっちが少し手を貸す」
レオが目線でテオドールに続きを促す。
「食料、水路の知見、あるいは商隊との線か」
「この辺りは、支援できるでしょう」
ただ殺して終わりではない。
村を救うなら、その後まで見なければならない。
だからこそ、面倒で、重い。
「やるんですね」
オットーが最後にそう聞いた。
誰にともなくではない。
まっすぐ、レオへ向けて。
レオは少しも逸らさなかった。
「やるなら、きっちりやる」
「中途半端にして、うちの村もお前の村も危険に晒す気はない」
「その代わり」
「お前も腹を決めろ」
オットーは、俯いたまましばらく何も言えなかった。
だがやがて、ゆっくり頭を上げた。
声は震えていた。
それでも、言葉ははっきりしていた。
「分かりました、腹を決めます」
作戦会議は、そのまま開かれた。
誰一人、軽い顔はしていなかった。
それも当然だ。
話しているのは、ただの戦いではない。
ただの狩りでもない。
ひとつの村を救うために、ひとりの貴族を死なせる話なのだから。
レオは、机代わりの板の前に立ったまま言った。
「最初に確認する」
声は低い。
静かだが、よく通る。
「これは、気に入らない貴族を消す話じゃない」
「うちの村を守るためでもある」
「ウェルナー村を、襲撃村にしないためでもある」
「だから、やるなら中途半端にはしない」
誰もすぐには返さなかった。
だが、その言葉は全員の腹へ落ちた。
「条件を整理しましょう」
最初に口を開いたのは、やはりテオドールだった。
机の上へ紙を置き、筆を取る。
こういう時、この男はまず話を形にする。
「今の話を成立させるには、少なくとも条件が四つあります」
テオドールは指を一本立てた。
「一つ。伯爵家にとって、名誉の戦死として飲み込める筋書きであること」
「二つ。ウェルナー村の民にとって、あの男が確かに死んだと納得できること」
「三つ。こちらの村の関与が外に残らないこと」
「四つ。死んだ後、ウェルナー村が即座に崩壊しないこと」
部屋が静かになる。
どれか一つでも崩れれば終わる。
「四つ目が一番面倒だな」
ガレスが声を上げる。
「消すだけなら、もっと話は簡単です。ですが、その後に村が崩れれば意味がない」
「名代の代わりを誰が握るか、か」
「そうです」
そこで、全員の視線がオットーへ向いた。
男は一瞬だけ肩を強張らせたが、逃げはしなかった。
レオは、オットーに確認するように問いかけた。
「書記官、それから伐採班の頭がいると言ったな」
「はい」
「その二人は、少なくとも襲撃に乗り気ではない」
「名代がいなくなった後、場を繋げるならその二人か」
「たぶん」
「たぶんじゃ困る」
「腹を括る話だ、そこは切り分けろ」
オットーは唇を噛み、それから頷いた。
「書記官は、数字と帳面を握ってる。現実が分かる人間だ」
「伐採班の頭は」
「村人側で一番顔が利く」
テオドールがすぐに書き足す。
「ウェルナー村、暫定の受け皿候補二名」
「呼び方が役所だな」
バルドが少し茶化すように言った。
「今はそれでいいでしょう」
そこでエルマーが腕を組んだまま言った。
「で、本題だ」
「名誉の戦死の部分を、どこまで本物に近づけるかだ」
全員の視線が、今度は魔法狂いへ向く。
「半端な筋書きは駄目だぞ」
「伯爵家の弟が、ただ突然死にましたじゃ話にならない」
レオもそこは頷く。
「だから火尾鶏の仕業に見せる」
「ああ、そこはいい」
エルマーは頷いた。
「この土地には、火を持つ魔物が実在する」
「雛がいる。親個体が近辺にいた証拠になる」
「問題は、その火尾鶏が村を脅かしたという場面をどう作るかだ」
そこへ、オットーが不安そうに口を挟んだ。
「本当に、火尾鶏とやらで通るのか」
「通る」
ガレスは力強く頷く。
「少なくとも、お前らの村じゃ火を持つ魔物なんざ詳しく知らねえだろ」
「知らないな」
「だったらなおさらだ。見たこともねえものは、噂と焼け跡で十分に本物になる」
テオドールがすぐに補足する。
「ただし、雑な嘘にはしません」
「村の外周、火、混乱、緊急時の応戦。そういう流れの中で、名代が前に出たと見える必要があります」
バルドが、難しい表情でテオドールに言う。
「自分から出るか?あの手合いが」
「出させるんですよ」
テオドールの声は静かだった。
「無能な権力者には、だいたい二つ特効薬があります」
「恐怖と、虚栄です」
「嫌な言い方だな」
とバルド。
「事実ですので」
テオドールは、紙へ新しく線を書き始める。
「魔物を恐れるのは間違いないでしょう」
「だが、自分が前へ出て村を守ったという形には酔う」
「名代本人に、これは手柄になると思わせる」
レオが相槌を打つ。
「出なきゃ?」
「その時は筋が変わります」
ガレスが鼻を鳴らした。
「要するに、あいつの性根を利用するってこった」
「嫌ですが、最も確実です」
オットーがはっとして顔を上げた。
「あり得る…手柄話に弱いんだ、あの人」
「村では何もしないくせに、伯爵家に報告する功績って話になると急に前へ出たがる」
「最低だな」
エルマーが薄く笑った。
「ですが、今回ばかりはその最低さが使えます」
そこでレオが机へ指を置いた。
「なら流れはこうだ」
全員がそちらを見る。
「まず、ウェルナー村の中で、火の魔物が出る話を作る」
「ただの噂じゃなく、実際に危険だと思わせる」
「その上で、名代に自分が前へ出れば手柄になると誘導する」
「そして、そこで魔物に立ち向かって死んだ形を作る」
「村人たちの目の前でな」
部屋の中が、また静かになる。
流れとしては綺麗だ。
テオドールが補足する。
「細かい手口は、この場で長く言わない方がいいでしょうね」
「漏れれば終わりです」
「そうだな、知ってる人間は絞る」
エルマーは、そこでようやく口を挟んだ。
「ひとつ確認」
「なんだ」
「俺の役目は?」
「火だ」
レオは即答した。
「だろうな」
「火尾鶏らしさを出すなら、お前が要る」
「当然だ、俺の魔法しかないよなぁ」
「だが、やりすぎるな」
「そこは毎回言うな」
「毎回必要だ」
そのやり取りに、ガレスが少しだけ笑う。
エルマーが杖を手に取って、軽く指から炎を出した。
「火を使うなら、傷も焼け跡も魔物がやった範囲に見せる必要がある」
「人間の火じゃ駄目だ」
「分かるのか」
バルドが。少し驚いたようにエルマーを見る。
「分かるやつには分かる、だから雑にはやらん」
レオがエルマーを見ながら笑みをこぼす。
「そこは信用していい、魔法に関してだけはな」
「魔法だけはやめろ」
だが、エルマーの目は真面目だった。
こういう時だけは、本当に本気だ。
「逆に言えば、火が雑すぎると全部が嘘になる」
「なら?」
「火尾鶏の尾も使う」
「尾?」
「熱の質が違う。あれがあると、生きた火に寄せやすい」
「それに雛の存在がある。親個体の痕跡として繋がる」
テオドールが少しだけ顔をしかめる。
「本当に嫌なほど筋が通るんですよね」
「そういう話にしたんだろ」
エルマーが返す。
「ええ。分かっています」
バルドが全員を見ながら口を開く。
「問題は、その名代が死んだ後だ」
「名誉の戦死にするなら、村全体が惜しい人を亡くした顔を作る必要があるだろ」
「そこは書記官の仕事ですね」
とテオドール。
「弔いの形、報告文、遺品整理。全部、立派に死んだ貴族の流れへ乗せでもらいましょう」
オットーが、そこで初めて少しだけ現実の顔になった。
「書記官なら、そういう文は書ける」
「村を守るために前へ出て、火尾鶏と相打ちになったと」
そこまで言って、オットーは何とも言えない顔をした。
良心が痛まない顔ではない。
だが、ここまで来ればもう理解している。
これが最も村を残す形だと。
レオが最後にまとめに入る。
「最後にもう一度確認する」
全員の視線が集まる。
「これは、気に入らない貴族を消して終わる話じゃない」
「ウェルナー村を立て直すところまで含めて、初めて意味がある」
「だから失敗は許されない」
オットーは、ゆっくりと頷いた。
「分かった」
「腹は決まったか」
「決まった」
その言葉で、ようやく会議は骨を得た。
まだ段取りは詰め切っていない。
細部も残っている。
だが、やることは決まった。
名代を消し、名誉の戦死にする。
その後の村を、受け皿側へ渡す。
レオは机の上の紙を見下ろした。
水路の図面、土壌試験の記録。
村の仕事の割り振り。
そして今度は、隣の村を救うための作戦。
やることは増える一方だ。
だが、それでいい。
生き延びるというのは、結局そういうことなのだろう。
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