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第30話 商隊が来た日

翌日の昼を少し回った頃、村の見張りが少し弾んだ声で叫んだ。


「来た!」


「馬車!」


「港の方から!」


その声で、村の空気が一気に動いた。

最初に外へ飛び出したのは、意外にも男たちではなかった。

女たちと、子供たちだ。


「ほんとかい!」


「布ある?」


「お菓子ある?」


「塩!塩きてる?」


マルタを先頭に、女たちが手を拭きながら門の方へ向かう。

子供たちはその横をすり抜けるように走り、見張り台の下へ群がった。


男たちももちろん動く。

だが、反応の熱量が違った。


レオはその様子を見て、少しだけ目を丸くした。


「…女衆の方が嬉しそうだな」


「当たり前でしょう」


横にいたテオドールが、少し呆れたように言う。


「塩も布も針も鍋も、日々の暮らしに直結しますから」


「子供は?」


「珍しいものが来るだけで楽しいんですよ」


「なるほどな」


「男は何を売るかいくらになるかを先に考えますが、女と子供は何が来るかを先に見るんです」


「…分かる気がする」


門の方を見ると、たしかにそうだった。


先頭で馬車を止めたのはガレスとミハルだ。

その後ろに、小さな荷馬車が二台。

さらにその後ろから、小太りの中年男ハウルが周囲を見回していた。


「おいおい」


と商人は笑う。


「着いた瞬間に囲まれるとは思わなかったぞ」


だが、その声音は悪くない。

むしろ、辺境の村で生きた顔に迎えられたことを面白がっているようでもあった。


子供たちはもう目を輝かせている。


「何積んでるの?」


「飴ある?」


「馬だ!」


「車輪でかい!」


女たちはもっと現実的だ。


「布は?」


「塩はあるのかい?」


「針は?」


「鍋の底打ち直せる金具はある?」


矢継ぎ早だ。


ハウルは一瞬だけ目を瞬かせたあと、腹を揺らして笑った。


「はは、いいねえ」


「何がだい」


とマルタ。


「生きる気のある村は好きだ」


「商売人らしいこと言うじゃないか」


「商売人だから言うんだよ」


そう言いながら、ハウルは馬車の荷台を軽く叩いた。


「塩はある。布もある。針もある。鍋の補修材も少しは持ってる」


「ほんとかい!」


「ただし、ただじゃないぞ」


「当たり前だよ!」


その返しに、女たちの間で笑いが起きた。

レオはそこへようやく歩み寄った。


「よく来たな」


「本当に面白い村にしてやがる」


ハウルはそう言ってから、改めて村を見回した。


新しい柵。

広場の中心のパン炉。

干された毛皮。

積まれた骨。

檻の中でぴぴ鳴く火尾鶏の雛。


「…おい」


さすがの商人も、そこは少し目を細めた。


「実物の方がいろいろひどいな」


「褒めてるのか」


「半分くらいはな」


「お前までそれか」


ガレスが後ろで鼻を鳴らす。


「ほら見ろ、来て良かっただろ」


「ああ、少なくとも退屈はしねえ」


ハウルはそこで、檻の中のアカネたちを見た。

雛たちは見慣れない匂いに少し警戒し、首を伸ばして鳴いている。


「…あれは何だ」


「村の未来だ」


とレオ。


「聞き方を間違えたかもしれんな」


とハウル。


だが、その目はしっかり商人の目だった。

珍しいものを見た時の、価値を測る目。

ただし、その視線をレオは見逃さなかった。


「そっちは売らん」


「まだ何も言ってないぞ」


「顔に書いてある」


「商人に顔を読むな、飯の種が減る」


そんなやり取りの間にも、女たちは荷台の方ばかり見ている。

子供たちは荷車の横をうろうろして、手代たちに軽く追い払われていた。


「順番だよ、順番!」


「ちょっと見るだけ!」


「駄目だってば!」


「何があるの?」


「お前ら、目が輝きすぎだろ」


ミハルが苦笑しながら言う。

だが、その気持ちは分かる。


村に外から物が来るのは、それ自体が久しぶりなのだろう。

食料や生活用品が補われるだけではない。

世界とまだ繋がっている、という感覚そのものが人を浮き立たせる。


「…嬉しいもんなんだな」


レオがぽつりと漏らすと、横のテオドールが静かに頷いた。


「ええ」


「そんなにか」


「外から物が来るというのは、この村が見捨てられていない感じがするんです」


「…なるほど」


それは、少し胸に来る言い方だった。


見捨てられた村。

置き去りにされた土地。

そこへ、初めてまともな商いの荷が来た。


それを一番喜ぶのが、女と子供だというのも、なんだかよく分かる気がした。



広場の中央に、即席の荷見台が作られた。

ハウルの手代が一つずつ荷を下ろしていく。


塩の袋、丈夫な布。

針と糸に鉄の留め具。

陶器の壺もある。

それに少しばかりの干物や香草まで混じっている。


「おお…」


「ほんとに塩だ」


「布だよ、布!」


「針だ、ちゃんとしたやつ!」


女たちの顔が、見る間に明るくなる。

子供たちは子供たちで、荷の中の木箱や色のついた布切れ、干した果物の小袋なんかに目を奪われていた。


「それ、甘い?」


「甘いの!?」


「おい、勝手に触るなって!」


ハウルの手代が苦笑しながら子供たちを追い払う。

だが本気では怒っていない。

たぶん、こういう反応には慣れているのだろう。


「女と子供に先に喜ばれるの、悪くないな」


ハウルがぼそりと言う。

その声には少しだけ本音が混じっていた。


「男は値切る顔から入るからな」


ガレスが腕を組みながら、ハウルへ投げる。


「お前も男だろ」


「俺は値切らねえ。脅す」


「最悪だな」


「辺境じゃ普通だ」


「嘘つけ」


笑いが起きる。

そしてその中で、マルタが布を一反両手で持ち上げた。


「…ちゃんとした布だよ」


その声は、思ったより静かだった。


「前の残りと継ぎ足しじゃない、ちゃんと一枚の布だ」


それを聞いた瞬間、レオは少しだけ胸が詰まった。


布一枚、塩一袋。


帝都にいた頃なら、大して価値があるとも思わなかっただろう。

だが、この村では違う。

それが生活を作り、人間らしさを支える。


「…ようやく村らしくなってきたな」


とバルドが言う。

レオは頷いた。



もちろん、商売は喜んで終わるわけではない。

ハウルは荷を見せ終えると、きっちり商人の顔へ戻った。


「さて」


と腹を軽く叩く。


「こっちの札は見せた、次はお前らだ」


「そうだな」


レオは顎でガレスを示した。

老剣士が広場の端に積んであった巨猿の骨と、選り分けておいた毛皮の一部を持ってくる。


ハウルの目が、そこで本気になった。


「…本当に、持ってやがるな」


「言っただろ」


「言ってたな」


商人はまず骨を手に取った。

太く硬い。

木材より重く、金属ほど冷たくもない。


節を確かめ、軽く叩く。

音を聞く。

それから毛皮にも触れる。


硬いのに、しなる。

毛並みは荒いが、素材としての強さがある。


「…これは食いつく」


とハウルがぽつりと言う。


「辺境の鍛冶屋も、都市の商会も、金持ちの馬鹿も好きそうだ」


「最後のは余計だ」


「だが本当だ」


その視線は鋭い。

ただ珍しいと見ているのではない。

どこへ流せば一番金になるか、もう考えている目だった。


レオはそこで一歩前へ出た。


「全部は出さない」


「分かってる」


「まずはこれだけだ」


ハウルはそこで、少しだけ真顔になった。


「ガレスの顔で来たんだ。安く買い叩くつもりはあるが、村を売る気はねえよ」


「正直だな」


「正直に言っとかねえと、後で揉める」


「それもそうか」


ガレスが鼻を鳴らした。


「こいつ、金にはがめついが、その辺は線引きする」


「信用ってのは、そういうもんだよ」


とハウル。


その声に、レオはようやく少し肩の力を抜いた。


これならいける。

大商会ほどの力はない。

だが、今の村にはちょうどいい。

細いが、たしかな外への流れだ。



取引の細かい話が始まる横で、子供たちはまだ荷台の近くをうろうろしていた。

女たちは布と塩の分配で、すでに頭を回し始めている。

誰に何が優先か、どこへ使うか。

パン炉と卵で少し上がった生活を、さらにどう底上げするか。


レオはその光景を見ながら、静かに思った。


商隊が来る。

女と子供が喜ぶ。

その後ろで、男たちが素材の価値を詰める。


それ全部ひっくるめて、ようやく村なのだ。


生きるだけじゃない。

回し、繋がる。

少しずつ外とやり取りして、自分たちの足りないものを埋めていく。


この村は、ようやくそこへ辿り着き始めていた。

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