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第29話 商人ハウル

翌朝、ガレスはまだ空気の冷たいうちに村を出た。


同行するのはミハル一人。

大人数で動く必要はない。

今回は戦いではなく、顔を繋ぎに行くための道行きだ。


「港まで行って、いなかったら?」


とミハル。


「いねえならいねえで、別の手を考える」


とガレス。


老剣士は相変わらずぶっきらぼうだったが、歩く足に迷いはなかった。

レオに頼まれたからではない。

それ以上に、自分でも分かっていたのだ。


村が次へ進むには、外との細い流れが必要だと。


塩も、鉄も、針も、布も。

人が生きるには、どうしたって村の外から入れなければならないものがある。


「…あの坊ちゃん、ようやく村の形を分かってきたな」


道を歩きながら、ガレスはぼそりと呟いた。


「レオ様ですか?」


「ああ」


「最初から分かってるように見えましたけど」


「最初は生き残る形だ」


「今は?」


「回る形を作り始めてる」


ミハルは少し考えてから、頷いた。


確かにそうだ。

巨猿を倒し、火尾鶏を狩った。

パン炉ができ、卵も取れる。

水路の話も出ている。


だが、それら全部を村の外と繋ぐところまで考え始めたのは、ここ最近だ。


「そうなると、商人は要りますね」


「嫌でもな」


ガレスは鼻を鳴らした。


「金にがめついやつの方が、辺境じゃむしろ話が早えこともある」


「そういうもんですか」


「そういうもんだ。欲があるやつは、利益が見えりゃ来る。来るやつは口も固くなる」


「なるほど」


話しているうちに、道の先に海の匂いが混じり始めた。

港が近い。



港へ着いた時、二人は少しだけ足を止めた。


「…運がいいな」


ちょうど船が入っていた。


大きくはない。

武装商船のような立派なものでもない。

だが、見慣れた辺境向けの小回りの利く船だ。

帆は少し煤け、船腹には補修の跡があり、いかにも儲かるところだけ嗅ぎつけて回る小規模商いの匂いがする。


埠頭では、荷下ろしが始まっていた。

そして、いかにも扱い慣れた小規模商隊の人間たち。


ガレスはその顔ぶれをひと目見て、口の端を少しだけ歪めた。


「…いるな」


「知り合いですか」


「ああ」


その声には、珍しく確信があった。


埠頭の端、帳面を片手に荷の数を見ていた小太りの中年男が、こちらに気づいて目を細める。

最初は怪訝そうだった。

だが次の瞬間、その顔がみるみる変わった。


「…おいおい」


男が声を上げる。


「ガレスか?」


「よお、ハウル」


「生きてたのか、このクソ爺」


「そっちこそ、まだ荷を誤魔化して食ってんのか」


「人聞きの悪いこと言うな、きっちり利益を乗せてるだけだ」


言いながらも、男は笑っていた。


ハウル。

年は四十くらいか。

腹は出ているが、目つきは鋭い。

上等な商人というより、道と人を見ることで生き残ってきた辺境商いの獣みたいな男だった。


服は地味だが、汚れてはいない。

靴もよく手入れされている。

荷を運ぶ手代たちも、どこか小慣れていた。


「懐かしい顔だな」


とガレス。


「こっちの台詞だ。お前、何年音沙汰なかったと思ってる」


「数えてねえ」


「俺は商売柄、覚えてるよ。借りも貸しもな」


「そういうとこは昔から変わらんな」


「お互い様だろ」


ミハルは少し離れた場所から、そのやり取りを見ていた。

口は悪い。

だが空気は悪くない。


なるほど、とすぐに分かる。


この二人、ちゃんと知り合いだ。

しかも、ただの顔見知りというだけではない。

命のやり取りの近くで何度か会ってきた相手の距離感がある。


「…こっちの若いのは?」


ハウルがミハルを見た。


「村のもんだ」


「村?」


「話は後でする」


「その話ってやつが、ろくでもないんだろうな」


「ろくでもない、だが金にはなる」


「そう言え」


ハウルの目が細くなる。

がめつい。

だが、それだけに話が早い。



港の端にある小さな倉庫みたいに使われている場所。

そこで、三人は腰を落ち着けた。


ハウルが酒瓶を取り出そうとして、ガレスに睨まれる。


「今はやめとけ」


「なんだ、真面目だな」


「真面目な話だ」


「じゃあ余計に酒が要るだろ」


「お前だけ飲め」


「飲む」


結局、ハウルだけが薄い酒を一杯手にした。


「で?」


商人は、最初の一口を飲んでから言う。


「ただの昔話をしに来たわけじゃないよな」


「ああ」


「何を持ってる」


「直球だな」


「辺境商いは時間が金なんだよ」


その物言いに、ガレスは小さく笑った。


「相変わらず、金にはがめついな」


「金にがめつくなかったら、とっくに死んでる」


「違いねえ」


そして、ガレスは余計な前置きをしなかった。


「巨猿の骨と毛皮がある」


「…は?」


「この辺の森で出る大物だ、立てば三メートル級」


「待て待て待て」


ハウルが手を上げる。


「盛るな」


「盛ってねえ」


「辺境商人をなめるな。話を盛る貴族と傭兵の顔は山ほど見てきた」


「なら見に来い」


その返しに、ハウルが少し黙る。


そして、ガレスの顔をじっと見た。

老剣士の顔は変わらない。

冗談も、脅しもない顔だ。


ハウルの声色が変わった。

利益を嗅いだ時の声だ。


「そんなもん、どこから」


「新大陸の開拓村だ」


「どこの?」


「アルヴェイン侯爵家の名代が入った村」


「侯爵家か…」


そこで初めて、ハウルの顔に慎重さが混じった。


「上位貴族がらみは、面倒じゃないか?」


「面倒だ。だが、今いる坊主は話が通る」


「お前がそう言うなら、少しは信じる」


「少しで十分だ」


ハウルは杯を置いた。


「他には?」


「今はそれだけでいい」


「今はってことは、まだあるんだな」


「口が軽くなったか?」


商人はそこで、はっきりと取引の目になった。


「信用の話をしよう」


「おう」


「俺は金にがめつい」


「知ってる」


「だが、口は軽くない」


「それも知ってる」


「お前の紹介なら、一回は村まで行く」


「一回でいい」


「ただし、大商会みたいな値は出せん」


「今は流れの方が大事だ」


「…なるほどな」


その返しに、ハウルは少しだけ笑った。


「確かに、今の言い方は貴族っぽくない」


「坊主も貴族っぽくねえよ」


「面白そうじゃねえか」


そこが大事だった。


ハウルは小規模だ。

大商会のような資金力も、護衛も、政治力もない。

その分、珍しいものと利益の匂いには敏い。

しかも、昔の付き合いがある。


少し金にがめつい。

だが、信用はある。

口も硬い。


今の村には、ちょうどいい相手だった。


「村まで来れるか?」


とガレス。


「港の荷を一日で片づける。明日の昼過ぎなら動ける」


「護衛は?」


「最低限は連れてく、新大陸だしな」


「大勢はいらん」


「そんなに護衛を雇う金はねぇよ」


ハウルはそこで少し声を落とした。

それから小さく息を吐く。


「一回行ってみる価値はあるな」


「そうか」


「ただし、値切るぞ」


「その代わり、足元は見すぎるな」


「お前がいるなら、そこは加減する」


「珍しいこと言うな」


「辺境じゃ、長く付き合える相手の方が儲かるんだよ」


その言葉に、ガレスは少しだけ笑った。


結局そこだ。

目先の一回で絞るより、細くても流れを作る方が強い。

この商人は、そこをちゃんと知っている。


「じゃあ明日だな」


「ああ、昼過ぎに港を出る」


話は決まった。



倉庫を出る時、ハウルはふと足を止めた。


「ガレス」


「なんだ」


「本物なんだな、新大陸ってやつは」


「今さらか」


「いや」


商人は港の外、森の方角を見た。

その目には、欲と警戒と、商人特有の熱が混じっている。


「こういう匂いは、紙の上や噂じゃ分からん」


「来れば分かる」


「明日、見るさ」


そう言って、ハウルはまた小さく笑った。


「面白い荷になりそうだ」


その顔を見て、ガレスは思う。

こいつは大丈夫だ。

がめつい。

だが、それだけに足場を見誤らない。


辺境では、そういうやつの方が信用できる。


ガレスがミハルへ目線を向けた。


「戻るぞ」


港の空には、また潮の匂いが広がっていた。


明日、この村へ商いの流れがひとつやってくる。

細くても、確かな流れだ。


それはたぶん、開拓村にとって最初の外の血になる。

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