第28話 外へ繋ぐ
水路と試験区画の話が動き始めたのと並行して、もうひとつ現実的な問題が浮かび上がってきた。
村の生活に必要なものだ。
パン炉ができた。
卵もある。
素材も取れ始めた。
だが、それで全部が揃うわけではない。
塩、針、糸、布らの生活用品
暮らしを少しずつ立て直すには、どうしても外から入れなければならないものがある。
その日の夕方、広場の端で、レオ、ガレス、テオドール、バルドが顔を突き合わせていた。
「結局、物々交換でも何でもいいから、外と繋がらねえと駄目だな」
バルドが腕を組んで言う。
レオも同意を返した。
「金になるものは、もうある」
「巨猿の毛皮、骨、火尾鶏の鱗…」
バルドがアカネたちを見ながら、唸る。
「卵は出さない方がいいか?」
テオドールがすぐに頷いた。
「卵は、村の中で回す方が先です。今はまだ生活を安定させる資源として使うべきでしょう」
レオも頷く。
だが、巨猿の骨や毛皮の一部なら話は別だ。
全部を抱え込んでも使い切れない。
売れるなら、生活必需品へ変えた方が早い。
「問題は売り先だ」
レオがそう言うと、その場が少し静かになった。
そこが一番の問題だった。
この村には、まともな商人との繋がりがない。
前任の侯爵家の連中は、自分たちの利益しか見ていなかったのか、村に商流らしい商流を残していない。
港へ来る船も、多いわけではない。
いたとしても、どこの誰へどう売ればいいのか分からない。
「商人の宛でもあればな」
とバルド。
「そんな都合のいいものが」
と言いかけて、レオはふと横を見た。
ガレスは腕を組み、少しだけ目を細めていた。
この爺さんが黙っている時は、だいたい何かある。
「…師匠」
レオがそう呼ぶと、ガレスは面倒くさそうに片眉を上げた。
「お前が師匠呼びするときは、面倒なんだよな」
「傭兵時代に、商人のつてとかは?」
「そう来るか」
「ありそうだと思って」
「…まあ」
そこでガレスは鼻を鳴らした。
「ないこともねえ」
「あるのか」
「大きな商会とかじゃねえぞ」
「十分だ」
「いわゆる行商の隊商だ。荷馬車何台かで回る、辺境相手の小口の連中だ」
「それでいい」
「良くはねえが、今はそれしかねえだろうな」
テオドールが少し身を乗り出した。
「信用は置けますか」
「信用、ねえ」
ガレスは少し考え、それから答えた。
「金に汚えやつもいる。口が軽いやつもいる。だが、俺が知ってるやつは辺境で無茶しない程度には賢い」
「大事ですね」
「大商人みてえにでかくはねえが、その分鼻は利く。珍しいもんや辺境の掘り出し物には食いつく」
「巨猿の骨は?」
「食いつくだろ」
「毛皮は?」
「もっと食いつくかもしれねえ」
「火尾鶏の鱗は?」
「見せ方次第だな」
レオは少し考え、それから頷いた。
「なら、それでいい」
「簡単に言うな」
「今欲しいのは、正規の商会との太い繋がりじゃない。まずは流れだ」
「…それもそうか」
バルドも渋い顔のまま認める。
「塩と針と布が入るだけでも違う」
「紙も欲しいですね」
「お前のか」
「私のもですが、村の記録にも使います」
「さりげなく自分の分を混ぜるな」
「必要経費ですよ」
ガレスは、そんなやり取りを横目で見ながら肩を回した。
「とりあえず、連絡は取ってやる」
「本当か」
「俺の名前で一回は会うだろ」
「それで十分だ」
「期待しすぎるなよ、向こうだって命と荷を張ってる。巨猿の骨と聞いて飛びついてくるかは分からん」
「見せる価値はある」
「あるな」
「なら一回呼ぶ」
テオドールがそこで静かに口を挟む。
「取引するにしても、全部は出さない方がいいですね」
「ああ」
「村の手札を、最初から全部見せる必要はありません」
「どこまで出す」
「まずは巨猿の骨と毛皮の一部、火尾鶏の鱗、卵は伏せてもいいでしょう」
レオは短く頷いた。
雛と卵は、まだ村の中の力だ。
軽々しく見せれば面倒が増える。
「売るのは、あくまで余り始めた分だけだ」
レオが言うと、バルドが目を細めた。
「余り始めた、か」
「使うべきものは村で使う。その上で余る分を金に換える」
「…前の連中とは逆だな」
「前の連中は、目の前の村を削って金にした」
「そして逃げた」
「俺はそうしない」
その言葉に、バルドは何も言わなかった。
ただ、ゆっくり頷いた。
ガレスが話を戻す。
「で、呼ぶなら港まで誰か出す必要がある」
「師匠が行くのか?」
「俺が一番顔が利く」
それで話は少しずつ固まっていく。
ガレスが港の近くで顔見知りの行商を探す。
来ていたらラッキー程度だ。
居ない場合は、来ている商船に手紙を預ける算段だ。
見せる素材は絞る。
買うべきものの優先順位も決める。
売るものがある。
買うものも分かっている。
そして、細くても外へ繋がる可能性が見えた。
それは大きい。
完全な孤立は、人をじわじわ殺す。
だが、たとえ小規模でも流れができれば、村は息ができる。
「…こうして見ると、ちゃんと村になってきたな」
レオがぽつりと言う。
広場の向こうでは、パン炉が静かに熱を抱き続けている。
檻の中ではアカネがまた卵を抱え、スミとヒイロが子供たちを見て鳴いている。
テオドールの紙束は増え、エルマーは巨猿の珠とにらみ合い、ガレスは行商を呼ぶ算段をしている。
壊れた開拓地だった場所に、少しずつだが循環ができ始めていた。
「村、か」
ガレスがその言葉を繰り返す。
「まだ半人前だがな」
「半分か」
「お前ら、ほんとそれ好きだな」
「ちょうどいい言葉だからな」
ガレスはそう言ってから、ふっと口元を歪めた。
「まあいい、行商の件俺が当たる」
「頼む」
レオは頷いた。
やることは増える一方だ。
だが、それでいい。
増えるということは、生き延びるだけの場所から、一歩先へ進んでいるということだから。
続きが気になる方は、ブクマお願いします!
また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!




