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第25話 生後数日で産みました

パン炉を中心に、村の仕事は少しずつ組み替わっていった。


朝一番に炉の様子を見る者。

湯を絶やさない者。

パン生地を仕込む者。

乾燥棚へ肉や薬草を回す者。



たかが炉ひとつ。

だが、村の真ん中に消えない熱ができると、人の動きまで変わる。


前なら、朝はまず火起こしだった。

今は違う。

朝はもう、火があるところから始まる。


それだけで、仕事の順番が変わる。

余裕が少し増える。

余裕が増えれば、次の一手を考えられる。


「炉の前が、村の心臓みたいになってきたな」


ある朝、バルドがレオにぽつりとこぼした。


広場の中央ではパンが焼ける。

隣では湯が沸く。

その少し先では、乾燥用の棚へ薄切りの肉が並ぶ。

さらに脇では、子供たちが椀を持って順番を待っている。


「村ってのは、真ん中に何があるかで変わるもんだな」


「前は何があった」


「不安だな」


「…違いない」


その返答に、小さく笑いが起きた。




一方で、雛たちも確実に育っていた。


まだ小さい。

だが、もう最初の両手に乗るだけの何かではない。


足取りはしっかりし、嘴でつつく力も強くなった。

尾の赤みは少しずつ濃くなり、興奮すると先端がじんわり熱を持つ。

時折、小さな火花みたいなものまで散る。


「こりゃ本当に番鶏になりそうだな」


ガレスが腕を組みながら言う。


三羽のうち、レオに懐いた二羽は特に人の気配に敏感だった。

見慣れない人間が近づくと、まだ小さいくせに首を伸ばして警戒の声を出す。


ぴぴ、ではない。

少し低い、きゅるる、みたいな音だ。


「鳴き方が変わってきてるな」


とレオが言う。


「縄張り意識が出始めてるのかもしれません」


とテオドールが記録を見ながら答えた。


「エルマー様に懐いた一羽は、警戒より好奇心が強めですね」


「飼い主に似たな」


「誰が飼い主だ」


「お前だろ」


「それは否定しないが、不本意だな」


そう言いながらも、エルマーは自分に懐いた一羽を肩へ乗せていた。

雛はそこで誇らしげに胸を張り、尾の先を赤く明滅させている。


「…本当にお前に似てきたな」


「やめろ」


レオの足元にいる二羽は、こっちはこっちで性格が分かれてきていた。


一羽は気が強く、何にでも先に嘴を出す。

もう一羽は少し慎重で、だが人の後をついてくる。


名前も、結局ついた。


レオのところの気の強い方が「アカネ」。

慎重な方が「スミ」。

エルマーのところの一羽は、本人の雑な命名で「ヒイロ」になった。


「もっと他になかったのか」


「十分だろ」


「雑だ」


「魔法使いの命名に何を期待してる」


「最近そればっかりだな」


それでも、名前がつくとますます飼っている感が出る。

村の人間も、もう三羽を単なる魔物の雛とは見なくなってきていた。


もちろん油断はしていない。

檻は頑丈にし、見張りもつける。

近づく時は必ず大人がいる。

だが、少なくとも今はうまくいっている。


そう思っていた矢先だった。



「レオー!」


「来て!」


「なんか産んでる!」


昼前、またしても子供たちが騒ぎながら走ってきた。


その時点で、レオは半分嫌な予感がしていた。

「なんか産んでる」は、たいてい碌でもないか、とんでもなく面白いかのどっちかだ。


「今度は何だ」


「アカネが!」


「お尻の下に!」


「白いの!」


レオと、すぐ横にいたエルマー、テオドール、マルタが一斉に立ち上がる。

檻の前へ行くと、そこには確かにあった。


卵だ。


普通の卵サイズ。

火尾鶏の巣から持ち帰った、あの大きな卵とは違う。

鶏卵に近い。

少し赤みを帯びた白で、殻にはごく細かな橙色の斑点がある。


その卵の横で、アカネがどこか得意そうに胸を張っていた。


「…おい」


レオが思わず呟く。


「生後数日だぞ」


「さすが魔物ですね」


とテオドールが、半ばあきれ顔で言った。


「常識で測るべきではありませんでした」


「そういう問題かい!」


とマルタが言う。

だが、次の瞬間には全員の視線が卵へ集まっていた。


「食えるのかい」


その第一声がそれだったのは、やはりこの村らしい。

エルマーがしゃがみ込み、目を細める。


「魔力反応は…薄いがあるな」


「危なくないのか」


「たぶん大丈夫だ」


「またたぶんか」


「かなりのたぶんだ」


もう聞き飽きた返答だったが、それでもレオは少し安心する。


「無精卵なら、孵らんか」


「たぶん」


「お前、今日はそれしか言わんな」


「未知の雛が数日で産んだ卵だぞ。断言できる方がどうかしてる」


それは正論だった。

マルタは腕まくりしながら卵を見た。


「とりあえず、一つなら試すよ」


「早いな」


「こういうのは鮮度が大事だよ」


アカネは檻の中でぴっと鳴いたが、卵を取られても怒る様子はなかった。


「…本当に鶏だな」


「火尾鶏ですけどね」


「分かってるよ」



早速、卵はパン炉の脇で焼かれることになった。


変に凝る必要はない。

まずはシンプルに、目玉焼きだ。


鉄板代わりの平石を炉の上へ置く。

少し油を引く。

温まったところで、マルタが卵を割る。


中身は予想より普通だった。

黄身が少し濃い。

白身にうっすら透明感が強い気もする。

だが、ぱっと見はそこまで異常ではない。


「見た目は普通だね」


「逆に怖いな」


「お前は何でも怖がるな」


「新大陸で普通ってのは、一番信用ならん」


レオのその言葉に、エルマーとテオドールが同時に頷いた。

卵の焼ける音が立つ。


白身が固まり始める。

黄身の縁が少しぷっくりと盛り上がり、香りが立つ。


「…ん?」


とマルタが首を傾げる。


「なんだい、この匂い」


「またか」


とレオが言う。


そう、まただった。

ただの目玉焼きのはずなのに、匂いがいい。


いや、いいどころではない。

普通の卵を焼いた時の、あの単純な油と白身の匂いではない。

もっと濃い、もっと香ばしい。

黄身の甘い匂いが前へ出ていて、それでいてくどくない。


「…おいおい」


とバルドが思わず顔を近づける。


「卵までかよ」


「やっぱり炉のせいか?」


「それもあるでしょうね」


とテオドール。


「でも卵自体の質も高いのかもしれません」


エルマーは腕を組みながら、妙に真面目な顔で焼け具合を見ていた。


「黄身に魔力が乗ってるな」


「見て分かるのか」


「分かる」


「そういうのも分かるんだな」


「魔法使いを何だと思ってる」


「魔法以外はだいたい雑なやつ」


「否定しづらい」


焼き上がると、白身の縁は軽く色づき、黄身はつやつやしている。

マルタは木皿へ滑らせると、小さく塩を振った。


「ほら、坊っちゃん」


「また俺か」


「最初はね」


「さっきのパンと同じ理由か」


「そうだよ」


レオは皿を受け取り、しばらく目玉焼きを見た。

ただの目玉焼きだ。

見た目は。


だが匂いが違う。

ありふれた料理の顔をして、まるで別物みたいに香る。


ナイフ代わりの薄刃で黄身を割る。

とろりと流れた黄色は、普通の卵より色が濃い。


「…うまい」


素直に言葉が出た。


広場だ。

皆が聞いている。


「本当かい?」


「お世辞じゃない?」


「卵なんてどれも似たようなもんだろ」


「いや」


レオはもう一口食べてから、はっきり言った。


「普通の卵じゃない、明らかにうまい」


「どんなふうにだ」


とバルド。


レオは少し考える。


「黄身が濃い」


「濃い?」


「味がはっきりしてる。でも重くない。白身も変な水っぽさがない」


「…なるほど分からん」


「食えば分かる」


その答えに、皆が一斉に納得した。


マルタもすぐに次を焼く。

今度は自分で食べる。

その瞬間、目を見開いた。


「…ああ、これだよ」


「何がだ」


「ちゃんと卵の味がする」


当たり前のようでいて、妙に核心を突いた言い方だった。


「普通の卵より、ちゃんと卵だ」


「意味分からんぞ」


「食えば分かるって!」


それからは早かった。


小さく切って、皆で回す。

子供たちにも少しずつ。

ガレスも、バルドも、ミハルも、テオドールも、エルマーも食べる。


そして、全員が同じ顔をした。


「…うまいな」


「うまいですね」


「なんだこれ」


「卵って、こんな味したか?」


「火尾鶏のくせに、やりやがるな…」


エルマーなどは、食べてすぐに目を細めた。


「やはり少し火の魔力に寄ってる」


「味で分かるのか?」


「熱の回り方が違う、黄身のまとまりが強い」


「また分からんことを」


「分からなくていい、とにかくうまい」


「そこは分かる」


それが一番大事だった。

雛の生後数日で取れた、普通サイズの卵。

しかも、ただの目玉焼きでこれだ。


「…大きいな」


レオがぽつりと言う。

今度は誰も軽く流さなかった。


「ええ」


とテオドール。


「かなり大きいです。継続して取れるなら、食料としても商品としても優秀すぎる」


「売れるか?」


「旧大陸は、卵自体が高価なんでしょう?」


「ああ」


「ならこれは、それ以上を狙えます」


「魔物の卵だぞ」


「だからです。珍味にもなる。上流が食いつく可能性も高い」


「…面倒な匂いがするな」


「でも金の匂いもします」


バルドが腕を組み、アカネを見る。


「生後数日でこれか」


「魔物だからな」


「育てる価値は、もう十分すぎるな」


女たちも頷く。

子供たちは単純だ。


「また食べたい!」


「明日も産む?」


「毎日目玉焼き!?」


「それはまだ分からん!」


だが、誰の顔にも少し笑みがあった。

雛は番鶏になるかもしれない。

卵も産む。

しかも、その卵が明らかに美味い。


もちろん不安はある。

魔物である以上、成長してどうなるかはまだ分からない。

だが少なくとも、今この瞬間、この三羽を飼う判断は正しかったと、全員が思った。


レオは最後の一口を飲み込み、檻の中のアカネを見た。


アカネは、どこか得意そうに胸を張る。

偶然そう見えるだけだとしても、少し腹が立つくらいには誇らしげだった。


「…お前、すごいな」


「ぴ」


その返事に、広場のあちこちから笑いが漏れる。

パン炉は村を変えた。

そして今度は、雛が卵で村を驚かせた。


新大陸は、本当に手を緩める暇をくれない。

だが、その面倒さの分だけ、得るものも大きい。


それはたぶん、いいことなのだ。


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