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第19話 消えない炉

エルマーを椅子へ座らせたままにしておけたのは、ほんの数分だった。


「尾だ」


「は?」


「まず尾を見せろ」


「おい」


「珠は危ない、赤い石は危ない、卵はもっと危ない、だから順番だ」


「その理屈で、一番危なくなさそうなものから触るのか」


「そうだ」


「全部危ないんだよ」


「知ってる」


言いながら、もう立っている。


レオは額を押さえた。

だが、言っていること自体はそこまで外れていない。

火尾鶏の尾は、死んだ後も熱を持ち続けていた。

赤い魔石との繋がりも、たぶんある。


「…分かった。だが、俺の前でやれ」


「最初からそのつもりだ」


「信用ならん」


「レオ相手にそこまで堂々と信用されてないのは、逆に珍しいな」


そう言って、エルマーは広場の端に置かれていた火尾鶏の尾のところへしゃがみ込んだ。


切り分けた尾は、昨夜より色を落としていた。

だがまだ赤い。

炭の芯みたいな、暗い熱を内側に抱えた色だ。


エルマーはまず触らなかった。


近づいて匂いを見る。

指先を数寸上へかざして熱を確かめる。

次に、赤い魔石を布越しに近づけてみる。


「…ああ」


その声は小さかったが、妙な確信がこもっていた。


「やっぱりそうか」


「何がだ」


レオが聞くと、エルマーは尾から目を離さずに答えた。


「連動してる」


「尾と石が?」


「ああ」


ようやく彼は振り返った。

その顔には、もう面白いものを見つけた時の魔法使いの光が宿っている。


「旧大陸にはないぞ、こんなの」


「そこまでか」


「そこまでだ」


エルマーは赤い魔石を手に取らず、その横へ尾を寄せるように並べた。


「見ろ」


そう言って、杖の先で尾の先を軽く持ち上げ、赤い魔石へ少し近づける。

すると、ただ置いてあった時より、尾の赤みがわずかに強くなったように見えた。


レオが目を細める。


「…気のせいか?」


「いや、上がってる」


「何が」


「熱の気配だ」


テオドールも、いつの間にか横へ来ていた。

いつもみたいに一歩引いた位置ではなく、かなり前のめりだ。


「分かるんですか」


「少しな。火の魔力の流れが、完全には切れてない」


エルマーはそこで、尾の付け根を指した。


「こいつ、ただ燃えるだけの尻尾じゃない。魔石で生んだ熱を、尾の内部で保持してる」


「保持?」


「通すだけじゃなく、留めてる」


「…そんなことができるのか」


「旧大陸じゃ見たことないな」


その声には、はっきりした興奮があった。


「火の魔石そのものはある。だが、魔石と生体素材がここまで素直に組んで、熱を持ち続ける機構になってる例は、俺は知らん」


レオは尾を見た。

ただの魔物の部位ではない。

たしかに、道具の一部みたいに見えてくる。


エルマーはそこで急に顔を上げた。


「で、だ」


「嫌な前置きだな」


「この村にない、だが絶対に必要な面白い物が作れそうだ」


「必要と面白いが同列に来るのがお前らしいな」


「褒め言葉だな」


「褒めてない」


だが、レオも少し身を乗り出した。


「何が作れる」


「炉だ」


「炉?」


広場にいた何人かが反応する。

パンを焼いていた女たちまで、手を止めてこちらを見る。


エルマーはもう止まらなかった。


「この赤い魔石、全部は使わなくていい。そうだな…四分の一程度で十分だ」


テオドールが眉を上げる。


「削るんですか」


「いや、割るより削る方がいいな。粒を殺したくない」


「待て」


レオが即座に言った。


「お前、さらっと言ったが危なくないのか」


「危ない」


「おい」


「だが、やる価値がある」


きっぱりしていた。


「この石を丸ごと使うのは強すぎる。火力が出すぎる。だが四分の一なら、制御できる可能性がある」


「可能性か」


「未知の素材に確実なんて言葉を求めるな」


その返しは正しかった。

エルマーは続ける。


「で、その削った魔石を芯にする」


「芯?」


「そうだ。その周りに、火尾鶏の尾の繊維を巻く」


そこでレオは尾を見た。

毛というより、尾の先には細い赤い繊毛のようなものがいくつも残っている。

火の粉が散っていたのは、そのあたりだ。


「毛をむしれってのは、それか」


「そうだ、全部じゃなくていい。少しでいい」


「それで?」


「それを中心にして、パン焼きの炉を作る」


広場が静まり返った。


パン焼きの炉。

その単語が、思っていた以上に重かったからだ。


今の村にあるのは焚き火と簡易鍋だけだ。

パンを焼くのも、たまにまとめてだろう。

火の番も面倒だし、燃料も要る。


今度はマルタが口を開いた。


「つまり、その石と尾を使えば」


「ああ」


「炉の火が保つってのかい?」


「保つどころじゃない」


エルマーは少し笑った。


「俺がちょっとだけ火の魔力を込めれば完成だ。恐らく、炉から火が消えない」


「は?」


その場の全員が、一度は固まった。


「そんな馬鹿な」


「たぶんいける」


レオが眉をひそめる。


「たぶん、ってのが気になるな」


「新大陸産の未知素材だからな。正確には読めん」


エルマーは赤い魔石を指先で示した。


「こいつ自体が熱を生むんじゃない。火の流れを維持する核になる」

「そこへ尾の繊維を噛ませれば、火を燃やすじゃなく持たせる方へ寄せられる」


「寄せる、か」


「巨猿の珠が土へ術を寄せるみたいにな」


「…なるほど」


テオドールが静かに頷く。


「魔石の性質を道具として固定するわけですね」


「そうだ。火尾鶏の尾は、そのままじゃただ熱いだけだ。だが赤い石と組ませれば、熱の保持材になる」


「で、炉か」


「そうだ」


エルマーはそこで、広場の隅にある簡素な竈を見た。


「パンを焼く日なんて決めなくていいぞ」

「毎日焼き立てだ」


その一言で、女たちの空気が変わった。


マルタだけじゃない。

パンを捏ねたり、火を見たりしている女たちが、はっきりと目を見開く。


「毎日?」


「焼き立て?」


「火を起こさなくていいのかい?」


「消えないなら…」


エルマーはその反応に、少しだけ満足そうな顔をした。


「そういうことだ。料理場に常設の熱源ができる。煮込みも、乾燥も、湯沸かしも楽になる」


「冬も、か」


「冬があるなら、なおさら便利だろうな」


「…すごいじゃないか」


ぽつりと漏れたその言葉は、広場全体の本音だった。

レオもすぐに理解した。


火の維持は手間だ、村ではなおさらだ。

薪も人手も要る。

雨の日は面倒が増える。


だが、消えない炉があるなら話は違う。


「やる価値はあるな」


「だろう?」


エルマーは得意げだった。

こういう時だけ妙に子供っぽい。


だが、レオはすぐ手綱を引いた。


「待て、条件がある」


「何だ」


「村を燃やさないこと」


「燃やさない」


「炉が暴走しないこと」


「そこは設計次第だな」


「たぶんいけるじゃ困る」


「じゃあ、かなりいける」


「言い換えただけだろ」


テオドールが小さく咳払いした。


「一応、段階を踏みましょう」

「いきなり本番の炉を作るのではなく、まず小型の試験炉を作る」


「試験炉か」


「小鍋が乗る程度でいい。熱量、継続時間、周囲への影響を見る」


「妥当だな」


「もし安定するなら、その後にパン焼き用の本命を作る」


「それでいこう」


エルマーは少し不満そうな顔をした。


「最初から本命でいいだろ」


「駄目だ」


レオが即答する。


「ここはお前の実験場じゃない、村だ」


「……」


「黙るな。分かったのか」


「分かった」


「今ちょっと不満だったな」


「少し」


「知ってる」


だが、それでも引き下がるあたり、レオが相手なら本当にぎりぎり抑えられているのだろう。

ガレスが後ろで腕を組みながら言う。


「で、削るのはどうする」


「俺がやる」


エルマーが即答する。

その声だけは軽くなかった。


魔法に対してだけは、こいつは本気だ。

ふざけてもいない。

そこは信用できる。


エルマーはそこで、もう頭の中で炉の形を組み始めている顔になった。


「外殻は土、中に石、芯に赤い魔石、間に尾の繊維。そこへ火の魔力を一押し」


「待て」


「なんだ」


「一押しって言い方が危ない」


「ちょっとだけだ」


「そのちょっとが信用ならん」


「レオ、お前ほんとに俺を信用してないな」


「魔法に関してはしてる。自制心に関してはしてない」


「…それは、まあ」


「否定しろよ」


「否定できん」


広場のあちこちで、小さく笑いが起きた。


さっきまで未知の素材に緊張していた空気が、少し柔らかくなる。

だが同時に、皆がちゃんと分かっていた。


これが成功すれば、村は変わる。


パンを焼く火を維持できる。

鍋を絶やさずかけられる。

湯を沸かせる。

寒さをしのげる。

肉や皮の乾燥にも使える。


ただ便利という話ではない。

生活そのものが、一段上がる。


レオは赤い魔石を見下ろした。


火尾鶏を殺して終わりではない。

そこからさらに、村の力へ変える。


それができるなら、こいつを呼んだ意味は十分ある。


「よし」


レオは顔を上げた。


「まずは小型の試験炉だ」


「今からか?」


「今からだ」


エルマーが口元を歪める。

その顔は完全に、面白い仕事を見つけた魔法狂いのものだった。


マルタが腕まくりしながら言った。


「できたら本当にパン焼けるのかい」


「焼ける」


「毎日?」


「たぶん」


「またたぶんかい」


「かなりのたぶんだ」


それでも、女たちの顔は明るかった。


子供たちは「パン!」「毎日!?」ともう騒いでいる。

村の男たちも、粘土だの石だのを運び始めた。


広場の真ん中に、新しい何かが生まれようとしている。


巨猿の珠、火尾鶏の赤い魔石と尾の繊維。

そして、魔法狂いの閃き。


面倒で、危なくて、でもたぶん価値がある。


「…本当に面倒なのを呼んだな」


レオがぼそりと呟くと、横のガレスが笑った。


「その面倒が、毎日パンを焼くんだろ?」


「そうなるかもな」


「なら結構だ」


それは、かなり説得力のある言葉だった。

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