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第18話 魔法狂いの初鑑定

レオに連れられて、エルマーが通されたのは村の中央にある一番ましな家だった。


といっても、旧大陸の貴族屋敷と比べるような場所ではない。

壁板の隙間は藁で塞がれ、机代わりの板は少し歪み、椅子も三本のうち一本は脚の長さが微妙に違う。


だが、その家の奥には、今この村で一番価値のあるものが集められていた。


巨猿の珠。

火尾鶏の赤い魔石。

そして、まだ藁の上に置かれたままの卵。


エルマーは部屋へ入った瞬間、その空気に気づいた。


「…あ」


声が半ば漏れた。


布をかけられた卓の上。

そこにある二つの包みを見た途端、目の色が変わる。


レオはその横顔を見て、案の定だなと思った。


「先に言っておく」


「なんだ」


「いきなり触るな」


「……」


「その顔は触る気だな」


「少し」


「少しじゃないだろ」


「かなり」


「正直すぎる」


そこまで言われて、エルマーはようやく卓の前で足を止めた。

止まっただけでも上等だ。


レオは最初の布を取った。


巨猿の珠。

焦げ茶色の欠けのない、美しい球体。

大地そのものを丸く磨き上げたような色合いのそれは、薄暗い部屋の中でも奇妙な存在感を放っていた。


エルマーは息を止めた。

それが大げさでないことは、見ている全員に伝わった。


「…これか」


声が、少しだけ低い。


ふざけてもいない。

斜にも構えていない。

ただ真正面から、魔法使いとして見ている時の声だった。


「巨猿の腹から出た」


エルマーは卓の縁へ手を置き、じっと珠を見つめた。


近づく、角度を変える。

光の入り方を見る。

何歩か横へずれて、また見る。


触りたいのだろう。

その衝動が、端から見ていて分かるくらい露骨だった。


「…変だな」


やがて、エルマーはそう呟いた。


「何がだ」


「ただの魔石なら、もっと中に寄る」


「中?」


「石の中に光や流れが閉じて見えるんだよ。小粒でも、大きいものでもな」


エルマーは珠を指さした。


「でもこれは違う、中へ閉じてない」


「どう見える」


「石というより…場だな」


「場?」


「中にあるんじゃない。表面から中身まで、全部がひとつの塊として均一に馴染んでる」


テオドールが少し目を細めた。


「つまり、結晶ではない?」


「少なくとも俺が知ってる魔石の結晶化とは違う」


エルマーはそこで、ようやくレオを見た。


「触っていいか」


「駄目だ」


「なぜだ」


「今のお前の顔が危ない」


「魔法使いが未知の魔石を前にして危なくない顔をするわけないだろ」


「そういうとこだよ」


だが、レオは少し考え、それから短く言った。


「一回だけだ」


エルマーはようやく小さく息を吐いた。

それから、まるで壊れ物に触れるように、指先だけで巨猿の珠へ触れた。


その瞬間、エルマーの表情が変わった。

驚いた、というより。

思考の向きが一気に変わった顔だ。


「…重い」


第一声がそれだった。


「重い?」


「重さじゃない。いや、重さでもあるが…違う」


エルマーは指先を離さず、ほんの少しだけ角度を変えた。


「圧に近い。地面の魔力が固まってるみたいな感触だ」


「大地、か」


「たぶん。少なくとも火でも風でもない。流れない。暴れない。沈む感じだ」


レオはそこで、巨猿との戦いを思い出した。

重い一歩、太い腕。

土ごと沈めるような力。


たしかに、この珠の性質がそこへ寄るのは納得できる。


「これ、面白いぞ」


エルマーが珠から目を離さずに言う。


その声は静かだ。

だが静かな方が危ない。


「魔石っていうより、もっと前の段階かもしれない」


「前?」


「魔力を溜め込んだ石じゃない。魔物の中で性質そのものが練り固まった核、って感じだ」


「核…」


テオドールがその言葉を反芻する。


「魔石の成長体ではなく、変質体に近い?」


「成長もしてる。だが、途中で別物になってる」


「やっぱり古龍記録寄りか」


「ああ。たぶんその線は正しい」


そこでようやく、エルマーは指を離した。

離した、というより、無理やり自制したようにも見えた。


その指先を少し見つめ、それから小さく笑う。


「危ないな、これ」


エルマーはそこで、珍しく真面目な顔のままレオを見た。


「お前がこれをそのへんの魔法使いに見せなかったのは正解だ」


「おう」


「腕の足りないやつが触れば、たぶん術式の方を食われる」


「食われる?」


「制御を持っていかれるって意味だよ」


「…厄介だな」


「最高に面白いけどな」


最後の一言で、少しだけいつもの調子が戻る。

だが、それでも目は珠から離れきっていない。


レオはため息をつき、次の布へ手をかけた。


「もう一つある」


「知ってる、赤い方だろ」


「反応が早いな」


「さっきからそっちも見えてる」


布を取る。

拳より大きい、少し角張った赤い魔石。


火尾鶏の腹から出たそれは、巨猿の珠とはまるで違った。

丸くない。

整いすぎてもいない。

だが、赤い。

見ているだけで、内側に小さな火が灯っているような気がする。


エルマーは今度こそ、一歩前に出た。


「…これは分かりやすいな」


声に明らかな熱があった。

レオが眉をひそめる。


「触るなよ」


「まだ触ってない」


「まだって言ったな」


「言った」


「素直すぎる」


エルマーは赤い魔石の周りを一周するように見た。

角度に色、光の反射。

そのすべてを、舐めるように。


「火だ」


「やっぱりか」


「ほぼ確実だな。しかもかなり素直な火」


素直、という言い方にテオドールが反応する。


「素直?」


「土は溜めるし、風は散るし、水は流れる。面倒な属性は多い。でも火は、行き先が単純だ」


「燃やす」


「出る、走る、喰う、そういう方向へ行く」


エルマーは赤い魔石を見ながら、うっすらと笑った。

そのまま、ぐっと一歩近づいた。


レオが即座に肩を掴む。


「待て」


「まだ触ってない」


「その前傾姿勢が危ない」


「観察だ」


「欲望の前傾だろ」


「否定はしない」


ガレスが後ろで小さく笑う。


「本当にお前しか止められねえな、そいつ」


「だろうな」


エルマーはそこでほんの少し黙った。

だが黙り方が危ない。

諦めていない黙り方だ。


レオはさらに釘を刺す。


「その赤いのは、たぶんお前の好物だ」


「そうだな」


「だからこそ、まだ駄目だ」


「…理屈としては正しい」


「だろ」


「でも感情が反発する」


「知ってる」


テオドールが横で言う。


「火尾鶏の尾と一緒に見るべきでしょうね」


「尾?」


「あれ単体でも熱を持ち続けている。赤い魔石との接続関係を見るなら、先にそちらの構造も確かめるべきです」


「…お前」


「はい?」


「まともなこと言うな」


「普段から言っていますが」


「今のは特に良かった」


そこでエルマーは、ようやく少しだけ引いた。

だが、目の熱はまったく引いていない。


「つまり、尾と石を並べて、どこまで熱が残ってるか見る」


「そうだ」


「切断したらどうなるかも知りたい」


「知りたいのは分かる。だが村を燃やすな」


「俺を何だと思ってる」


「魔法狂い」


「否定できない」


そこで、レオはふと思い出したように言った。


「あと、卵もある」


「…卵?」


その瞬間、エルマーの視線が跳ねた。


藁の上に並ぶ三つの大きな卵へ向く。


少し青みがかった灰色の殻。

赤茶のまだら模様。

火尾鶏の巣から持ち帰ったものだ。


「何でそんな面白いものを後回しにした」


「後回しにしたんじゃない、順番だ」


「順番がおかしい」


「お前基準で言うな」


だが、その言い争いの間にも、エルマーの目は卵を見ていた。

巨猿の珠、赤い石。

熱を残す尾に卵。


刺激が多すぎる。

本人が一番危ない顔をしている。


エルマーは少しだけ笑った。

その笑いには、明らかに理性と欲求が混ざっている。


「いいな、ここ」


「またそれか」


「珠がある。火の石がある。熱を残す尾がある。卵まである」


「そうだな」


「最高だ」


「最低だよ、お前が来たからな」


「その評価は不当だ」


テオドールが冷静に付け足す。


「いえ、かなり妥当かと」


「お前までか」


「ですが、戦力として歓迎もしています」


「それは嬉しいな」


「半分くらいです」


「お前たち、半分好きだな」


そこで、レオは改めて二つの石を見下ろした。


焦げ茶の巨猿の珠。

赤い火尾鶏の魔石。


どちらも村にとって大当たりだ。

そして、扱いを誤れば厄介事の種にもなる。


だが、その価値を見抜き、使い道を探れる男が今ここにいる。

厄介だが、本物だ。


レオが言う。


「どう見る?」


エルマーは即答した。


「巨猿の珠は、魔石の上位個体というより性質核に近い。術を通すより、術そのものを土へ寄せる」

「赤い方は、火の魔石として見ていい。尾との組み合わせ次第で、熱源にも武器にもなる」


そこまで言ってから、エルマーは少し真顔になった。


「あと、もうひとつ」

「その二つを近づけすぎるな」


「…理由は」


「嫌な予感がする」


「勘か」


「勘だ、魔法使いの勘はそう馬鹿にするな」


その声は、さっきまでと違って軽くなかった。

レオもすぐに頷く。


そこでようやく、エルマーは大きく息を吐いた。

それでもまだ、目は二つの石と卵を順番に追っている。


「少し落ち着け」


レオがそう言って肩を押すと、エルマーは不満そうな顔をしながらも椅子へ座った。

座らせることに成功しただけで、今日は上出来だろう。


テオドールがその様子を見て、しみじみと呟く。


「本当に、ぎりぎり抑えられるんですね」


「ぎりぎりだがな」


「見ていてよく分かりました」


「分かったなら、次から手伝え」


「理屈では手伝えますが、たぶん勢いでは負けます」


「正直だな」


「それが私の美点です」


ガレスが部屋の入口にもたれ、笑いを噛み殺している。


「面白えのが来たな」


「前から面白かったぞ」


「悪い意味でか?」


「半分はな」


その半分に、今度はエルマーまで笑った。


狭い部屋の中に、焦げ茶の珠と赤い魔石、それに魔法狂いの熱が渦を巻いている。

面倒だが、悪くない。


レオはそう思いながら、布をかけ直した。


今日一日は、まず止めることが仕事になりそうだ。

この金髪の魔法狂いを。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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